ツッコミが追いつかない
トウキョウ=ダンジョン第十層のエリアボスは七メートルほどの石の巨人だ。にっこり笑顔が気持ち悪い。
名を『走路の覇者』と言う。
実はこいつ、とある条件をクリアしないとまともに戦えない。
ダンジョンの不思議パワーなのか、あらゆる攻撃が無効となってしまうのだ。
とか言いつつ、シャルの第二スキル『魔力弾』で頭を吹っ飛ばされたけどね。
だがこれまたダンジョンの不思議パワーなのか、破壊された頭部がみるみる回復し、元に戻ってしまった。
そうしてヤツは不遜にも、シャルとユリヤに百メートル競走を挑むに至る。いやなんでよ?
「シャル、行くわよ」
「? どこへですか? まだエリアボスさんを倒していませんけど」
「じゃなくて、勝負をするの。あいつと」
「?? えっと、その……なんの勝負です?」
シャルちゃんは何もわかっていないようだ。ユリヤが何やら説明する。
〝わかってないのカワイイ〟
〝まあでも、初見でアレがわかるほうがすげえよ〟
〝あのエリアボス、かけっこで勝たなきゃ戦う資格がないもんなあ〟
そうなのだ。
このエリアボスとまともに戦うには、百メートル走で勝利しなくてはならない。
いちおう誰か一人でも勝利できれば、その場にいるパーティーメンバーも参戦できる親切設計にはなっているのだが、やっぱり初見でそれやるってふつうはわからんよなあ。
実際に俺、初見では面倒くさくて結界で囲ってつぶしたんだよな。とりま力業でも突破できるのは実証済みだが、ユリヤは手順どおりやりたがるタイプだ。
石の巨人がスタート地点で跪いた。
ユリヤはその横に降り立ち、説明を受けて納得したらしいシャルちゃんはユリヤの横に。
全体的に朽ちた場所だが、メインスタンドにある電光掲示板に文字が灯った。『READY』と出ている。
石の巨人が両手をつき、クラウチングスタートの体勢になる。
通常のスタートとは異なり、電光掲示板が『3』の表示になった。そこから『2』、『1』と下がっていき、
『GO!』
大音量が轟いた。
ほぼ同時に、轟っとうなりを上げて石の巨人が飛び出す。見た目に反して機敏に脚を動かし、大股の一歩でバカみたいに距離を稼ぐ。上体を起こし、まさにスプリンターな腕の振りでめちゃくちゃ違和感あるなコレ。
〝毎回走る姿で笑う〟
〝やっぱ速ぇー〟
それな。マジでめっちゃ速い。電光掲示板ではスタートからの秒数がカウントされているが、二秒そこそこでもう半分に達していた。
これ誰が勝てるんだ?
などと思うも、まあ要はやりようなわけで。
〝待って飛んでる〟
〝ありなんそれ?〟
遅れてスタートしたピンクの魔法少女シャルちゃんは、ずびゅーんと猛追。八十メートル付近でその背に迫った。
が、石の巨人も負けていない。さらに加速する。
はたしてどちらに軍配が上がるのか?
視聴者たちも固唾をのんで見守る中。
パッ、と。
ゴール手前に現れる黄金の魔法少女。ゴールを背にし、にっこりと笑みを浮かべると。
「お先に♪」
小さく手を振って、すいーっと後ろへ流れていった。
「はうわぁ! その手がありましたか!」
二着争いとなってしまったが、大接戦を制したのは空飛ぶ魔法少女だ。結果的にはわりと差をつけてシャルが石の巨人より先にゴールした。
〝やっぱ空間跳梁だよなアレ〟
〝この場合って勝ちになるの?ズルじゃね?〟
〝前にバイク持ちこんでスタートのタイミングを合わせて走り抜けるやり方でギリ勝ったのは見た〟
〝三十回くらい挑戦してたやつな〟
〝涙ぐましすぎる〟
というわけで、スキルやらなんやらを使って自分の脚で走らなくても勝ちは勝ち、という判定にはなるそうな。
事実――。
ゴールした石の巨人は四つん這いになって打ち震えている。だがその巨躯がゆっくりと持ち上がると、
『オワアァァァアアァァーーッ!』
雄叫びとともに、電光掲示板の上に炎の柱がぼっと上がった。聖火台に火が灯ったのだ。
ここからが本番だ。
〝初手がなあ、なければなあ〟
〝いったん引き返して仕切り直しだな〟
コメント欄がなにやら諦めムードになる。
その理由はすぐにわかった。
立ち上がった石の巨人の表情が、にこやかな笑みから変化していた。
〝出た、鬼の形相〟
〝めっちゃ怒ってますやん〟
〝ここまでの怒り顔は見たことねえ〟
競走前に攻撃していると、怒って脅威度が上がるらしい。通常の脅威度はBだが、この状態だとワンランク上がる。でもリザのスキル情報によれば、MAXで二段階アップするそうな。たぶん今はMAX状態だろうな。
石の巨人が戦闘態勢に入ったようだ。腰を落とし、半身になると、前に出した肩がぼこぼこと隆起する。そのままトラックを蹴った。
単純明快な体当たりだ。ただ単純なだけに脅威でもある。あの質量で、あのスピードだ。まともに喰らったらひとたまりもないだろう。
あの疾走を止めるのは至難。そうコメント欄が騒いでいる。ところが、だ。
ユリヤの赤い瞳が、ぼんやりと妖しく光った。
そうして、告げる。
「威圧」
『ッ――!?』
ぴたり、と。
石の巨人が急停止。自ら止まったというよりも、なにか強制的に動きを封じられたような感じだった。
実際にそうだ。
ユリヤの第二スキル『威圧』は、その名のとおり対象を威圧して委縮させ、行動を制限する。
〝いやでも威圧ってランクCだよな?〟
〝せいぜい動きを重くする程度だろ?〟
〝それもけっこうレベル差っつーか、使い手がかなり高レベルじゃないとそもそも効かんのよ〟
ところがどっこい。
ユリヤが魔力を絡めて発動すると、束縛系のスキルに昇華するのだ。いやマジでなんで? なんかこのダンジョン内のスキルって魔力を上乗せするとめっちゃ威力が上がるんだよなあ。
〝ちょっと待ってセカンダリーがスケアなら空飛んでるのはなんなのよ〟
〝そら魔法よ〟
〝おまえ絶対わかってないだろw〟
〝ダンジョンルールを捻じ曲げないで〟
疑心暗鬼に駆られるコメント欄をよそに、シャルちゃんが石像と化したエリアボスの正面に入った。
「きっとすぐに復活するのでしょうけれどあえて言います。どうぞ安らかに。『慈愛の聖域』」
魔法のステッキを掲げ、厳かに告げると、石の巨人の足元から光の帯が浮かび上がった。やがてオーロラに包まれたかのようになると、
〝なんか出たぞ〟
〝めっちゃ刺さってるw〟
〝容赦ねえww〟
〝慈愛とは?〟
帯から光の矢が無数に飛び出し、四方八方から串刺しにしていく。断末魔の叫びすら上げられず、しゅわしゅわと消えていった。
その最中、ぽわんと淡く赤い光が灯る。
やがて赤い灯火が弾け、瑞々しい月桂冠がぽとりと落ちた。
〝待て待て待て待て赤かったぞ今〟
〝エリアボスの超レアドロップだっけか〟
〝0.05%引いたんかよ……〟
〝ここは攻略回数多いけど初めてじゃないか?〟
「アイテムってどこかで内容を確認できるんだったかしら?」
ユリヤがコメント欄に問うと、ものすごい数の回答が返ってきた。
「ありがと♪ じゃあ十一層に進んだらいったん戻って、一層の鑑定装置っていうのでみんなで確認しましょう」
軽く応じるユリヤとコメント欄の熱量差がヤバい。早くドロップアイテムの詳細を知りたくて仕方がない様が伝わってくる。
と、そのときだ。
「おや? あーーっ!」
シャルちゃんが可愛く叫んだホント可愛いね。
「ユリヤ! ついにわたくし、上がりました!」
「上がる? あ、もしかして」
コメント欄は慣れたもの。〝レベル上がったんやな〟〝エリアボス倒したもんな〟〝よかったね〟などとほっこりした言葉が連なっていたが、シャルの次なる発言でぴたりと止まった。
「はい! ついにレベル2に上がりました!」
「それじゃあ、わたしももうすぐかしら」
やがて同じようなツッコミが入る。
〝君らレベル1やったんかい!〟
この時点で、同時視聴者数は十万を超えていた――。




