準備、完了
氷の巨槍が消える。
代わりに別の物が虚空に現れた。
濃紺のローブの少女が掲げた手の上に、禍々しく光る古びた大きな本が浮いている。
バンッ、と開くや、ぱらぱらと自動的にページがめくられ、最初のほうで止まった。
真っ白なページに、ぼぉっと何かが浮かび上がっていく。
「どうだい、リザ? 一体はボクが倒してしまったから、そこだけ漏れてしまったかな?」
「ん、大丈夫。複数のタイプがいるけど、全体として『アンサンブル・フロッグ』という一種の魔物」
「どれどれ……ふむ、たしかに五つのタイプが一種の魔物として登録されている。一体だと脅威度はC⁻、三重奏ならCか。で、五重奏だと……Bだって? 第十層で出るにしては脅威度が高いような?」
あごに手を添え首をひねる白髪ポニーの美少女。
そう、やはりおかしい。
アンサンブル・フロッグがMAX五体で出現することは知られているが、第十層では三重奏までしか行われないはずなのだ。
(というか、おかしいのはこいつらもだ。このスキルって『異形蒐録』だよな? ランクはたしかA⁺だ。じゃあ、さっきの氷の槍はなんだ?)
武器を具現化する、というスキルはある。わりと一般的なものでも、だ。けれどあれだけの威力を誇る武器を生み出すのであれば、かなり高いランクのスキルでなければ無理だろう。
最高ランクに近いスキルを所有しながら、第二まで高ランク? それこそあり得ない。
濃紺ローブの少女が高く飛んだ。
白髪ポニーは虚空に向かってなにやら独り言を始めている。
ぼんやり眺めながら思考に埋没しかけたとき、柔らかな声に引き戻された。
「具合はいかがですか? もう大丈夫だと思うのですけど」
顔を向けると、聖母のような笑みが飛びこんでくる。
すべてがどうでもよくなるような安心感があふれてくるも、理性を総動員して口を動かした。
「ぁ、ああ、ありがとう。助かったよ。ステータスも、肉体的な傷も、完全に回復している」
「それはよかったです。では、私は行きますね。みんなに置いて行かれてしまいますから」
と言いつつ、その動きが止まる。
苦笑いとともに目を向けた先では、別の魔物を見つけた赤髪の女剣闘士が突撃する背後から、濃紺ローブの少女が氷塊を無数に撃ち放つ異様な光景が見て取れた。
「あ、あんたら、いったい何者なんだ……? なんであんな……スキル、なのか? アレが……?」
知らず、疑問が漏れた。
考えてみれば、この少女も相当におかしい。
A⁺相当のスキルを使いつつ、これまた高ランクの治療スキルを行使していたのだ。高ランクのスキルをふたつ持つのも極めて珍しいのに、同時に使うなんてあり得ない。
聖職者風の金髪美少女は、きょとんとしたあと、悪戯っぽく笑うと。
「私たちは駆け出しの〝探究者〟ですよ。ただちょっと、『魔法』が使えるんです」
言って、片手を横に伸ばす。
少女の金髪がそよ風に踊る中、観客席を満たす水が、渦を成して立ち昇った。もはや唖然とするしかない。
遠く、叫び声が聞こえる。
「また私の獲物を奪ったなーっ!」
「それもまだ、登録してない。あっ――」
「今度はなんだ!? 次こそ私の獲物――」
「レベルが上がった」
「なんだとぉーっ!?」
やり取りを聞きながら、あははは……と困ったように聖職者風の美少女は笑っている。
そこへ、男装の美少女が歩み寄ってきた。
「ハル……じゃなかった、シヴァは二十層のエリアボスまで到達したそうだよ。また一人で先走っているね」
「もうそんなところまで? 相変わらずシャルちゃんのことになると本気度が違いますね」
今の会話だけでも大きな疑問が浮かぶ。
(二十層に単身で、だと? しかもそんなに離れた場所の人間と、どうやって話をしたんだ?)
謎が謎を呼ぶ中で、またも彼女らは不可解極まることを言い始めた。
「それにしても、リザがようやく、だね」
「彼女はスキルの関係で、一番たくさん魔物を倒していますからね」
「でもこんなに時間がかかるものなんだろうか? 他の探究者たちは数十レベルを超えているという話だけど」
「たしかに変ですよね。ハルト君もまだみたいですし。もしかして、レベル2までは長くて、そこからは早いんでしょうか?」
「そんな話は聞かないような……?」
本当に待ってほしい。
今の会話を正しく読み解いたなら、彼女たちは――。
背に怖気を感じながら、もう一度、改めて、彼女たちに目をやる。
見た目は十代にしか見えない美少女二人。
しかし彼女たちは、こう言っていたようなものなのだ。
――レベル1で、第十層に降りてきた。
しかも窮地に陥っていた探究者パーティーをひと組救い、魔物を不思議な力――『魔法』を使って粉砕していく。
はたして、彼女たちは何者なのか?
同じような疑問を抱く探究者たちが、この日の前後で、ぽつぽつと出始めていた――。
カタカタとキーを叩く音。
三面ある大型のモニターと、その上に張り付くように浮かぶいくつもの半透明ウィンドウに目を走らせているのはウラニスだ。
ラフな格好にヘッドセット、ゲーミングチェアに深々と座って手と目を忙しなく動かしていた。
「ああ、問題ない。目撃証言は多くなってきたが、配信者のカメラに写りこんでいるのは限定的だ。遠目か、一瞬横切る程度だな。魔法が直接映っているものはない。そこは徹底させている」
ウラニスは各種SNSと動画配信サイトをくまなくチェックしながら、ときには自身で複数のアカウントを使い分けて投稿もしていた。
「そろそろ最終段階に入っていいだろう。というか、ユリヤがもう限界だ。お前の妹もそうだろう?」
通話先が何やら話している最中、ウラニスはマイクをいったん切った。半透明ウィンドウのひとつに語りかける。
「ユリヤ、シャルロッテ、探究者パーティーが近づいている。そっちは切り上げて戻ってこい」
『はあー!? 今フロアボスのところにやってきたばかりなのよ?』
「ならちょうどいい。途中まで進んでいたならまた最初からになっていた。よかったな、無駄が省けて」
『言うようになったわね。というか、いつまでコソコソしてなくちゃいけないのよ!』
「今その話をハルトとしている。早ければ三日後には開始できるさ」
『本当ですか!?』
『シャル、そこで喜んではダメよ? 三日後なんて言わせず、明日にでも開始しなさーい!って交渉しなくちゃ』
『明日から!? それはちょっと詰めすぎでは?』
『日和っちゃダメ。楽しみは早く長く、がいいに決まっているんだから』
楽しそうなおしゃべりをする二人を眺めつつ、ウラニスは手を動かし続ける。
機材はそろった。
テストも十分。
打ち合わせも入念に行い、リハーサルもこなしている。
下準備も上々だ。
ウラニスは動画配信サイトNyaatube上に立ち上げて非公開にしていたチャンネルを、公開に切り替えた。
続けてチャンネル用に作った告知用SNSのアカウントも非公開から公開に変え、ただ動画チャンネルのURLだけ貼りつけて最初の投稿を行った。
フォロワー0のアカウントに、反応があるはずもない。
だがウラニスが次の一手を打った瞬間、投稿の表示数が一気に跳ね上がった。リプライも次々に送られてくる。
やがて動画チャンネルにすでに作ってある、雑談用のダミー配信枠にも視聴者が集まってきた。
〝ChikTackから来ました〟
〝シャルちゃんはどこですか?〟
〝これ、あの二人のチャンネルなんか?〟
〝なんでダンジョン配信なんよ〟
〝未成年ちゃうの?〟
〝いやあ、そんなことよりもさあ――〟
集まった視聴者たちは、その言葉に興味の大半が注がれていた。
――〝魔法少女ってなによ?〟




