つなげるのは得意です
「はあ? 二人だけでダンジョンに入る? 昨日資格を得たばかりの新人未満が? 貴方、正気ですか? というか資格を持っていない貴方はなんでここにいるんですか!?」
東京タワーの股下に鎮座するダンジョン管理局の総合受付で、つっけんどんなお姉さんにすごまれる俺。背後には我が天使シャルちゃんとそのお友だちの自称元魔神のユリヤがいる。
ちなみにマリアンヌお姉ちゃんはお留守番というか、やることがあるので来ていない。
あとウラニスはどこかへ消えた。まあ、あいつは自由にさせとこう。
さてさて。
カウンターの向こうにいる女性職員は、艶のある長い黒髪の片方だけこめかみ部分を編みこんである。吊り目ぎみの青い瞳がいっそう険しく俺を睨み据えていた。
俺は思う。なんだこれ? と。
昨日、同じく受付窓口で見たときは他の人と変わらないふつうのお耳だった。
でもアパートで再会したときは、まるでエルフのように長く尖った耳をしていたのだ。
そして今。
受付のお姉さんこと天由良ノエルさんの耳は、ふつうの耳とエルフ耳が薄ぼんやりと二重に見えているではないか。どゆこと?
気合を入れればまあ、エルフ耳がはっきりくっきり見えるんですけどね。
「私の顔になにか?」
やばいまた怒られる。ひとまず応対しておくか。
「試験を担当した人たちに聞いてませんか? この子たちは二人ともレベル30を超えてる柊さんよりステータスが高いし、スキルも高ランクのものです」
「だとしても、油断や慢心が死に直結するのがダンジョンです。だいたい、装備もなく普段着でなんて、ピクニックじゃないんですよ? そもそも最初は高レベルでベテランの〝探究者〟に随伴して慣らしていくなんて常識じゃないですか」
うちの事務所はみんなレベル1でんがな。柊さんは試験のお供があるし。
「でも、貴女にこの子たちを止める権利はないですよね」
「ぅ、それは、そうですけど……」
やべ、嫌な言い方しちゃった。
「ご忠告はありがたいです。ただ、この子たちなら大丈夫ですよ」
なにせついこの間まで魔法少女戦争なんてやりつつ、魔神とも戦ってたのだ。実戦経験はそこらの探究者の比じゃないのでね。
装備もしていないようで、俺ががっちがちに防御結界を張り巡らせているから安心です。
俺が必要事項を埋めた紙っぺらを渡すと、天由良さんは苦々しく……あれ? なんか哀しそうな……そんな表情で受け取ったぞ?
「ノエルさん、心配してくださってありがとうございます!」
「そのうちゆっくりお話ししましょう♪」
シャルとユリヤの無邪気さに、ようやく表情を和らげる。
さすがにエルフ耳のことを訊く雰囲気じゃないな。
てか、不思議なのはあのエルフ耳、見えてるのはどうやら俺だけっぽいんだよな。
柊さんに『お隣さんの耳って尖ってません?』と訊いたところ、『は? ぇ、それってスラングか何か、ですか? 私、若者文化には疎くて……ふへへ』などと困り果てていたし。
あとユリヤにも尋ねてみたら、『ふぅん、わたしにはそう見えないけれど、そうね。言われてみれば楽しいわ、あの娘』などと舌なめずりしそうな笑みで返ってきた。余計なことを訊いたかもしれん。
まあいっか。
この世界は俺が転生前にいた世界とは違うっぽいしな。ダンジョンなんてものが出現してるんだから、エルフ耳の女の子が暮らしていても不思議ではない、はず。
それにエルフ耳になったりふつうの耳になったりは、今の状況を踏まえればダンジョンの影響によるものなのは明白だ。
ダンジョンの不思議パワーでふだんはエルフ耳は隠されているが、そこから離れたり、俺みたいに注意深い人には効果が薄くなる。きっとそうに違いない。
納得した俺はシャルたちを引きつれ、ダンジョンに向かった。
ともかく今は、やることがあるのだ――。
俺は姿を隠してシャルたちとともにダンジョン内に入り、第一層の奥の方にやってきた。
地下なのに、頭上には『空』がある。廃墟と化した石造りの町並み。広場を越えると膝丈の草が生い茂っていた。
ちなみに柊さんにはフレイたちをお願いしている。今まさに、俺たちと同じ空間で資格試験の真っ最中なのだ! ……まあ、イリスがいるから大丈夫っしょ。
さて、周りには俺たち以外誰もいない。いつまでも姿を消しているのもアレなので、俺は光学迷彩結界を解除した。
「兄上さま、やはりそのお姿はしっくりきますね」
漆黒の衣装に全身を包んでいる俺。シヴァモードである。
「誰かに見られたら困るものね。というか、どうして資格を取らないのよ」
裏方が俺には合ってるんだよ。
などと反論するのは後回し。ひとまず大興奮しているこの人を落ち着かせるか。
『すごい! 地下なのに空がある! これほど大規模な幻影魔法を展開しつつ、地上の構造物はこれ、かなりの魔力で編まれたものだよ。いや、そもそもこのダンジョン自体がそうなのでは? ま、まさかこれって! 神話級を超えた! 創造魔法ってやつぅう!?』
板状結界に映し出されたちびっこが、小さなメガネの奥の瞳をきらっきらに輝かせていた。
俺たちを強制的に転移させた〝孔〟には俺が作った糸状の結界を通して、元の世界とはつながっている。こうして通信も可能なのだ。
『ひゃっほぉー! いつまで経っても協力してくれない誰かさんと違って、ここは研究資料という名の宝の山じゃないか! 捗りまくる! もう寝たくない!』
ちゃんと寝てね?
「観測データもちゃんと届いてるみたいですね。他に気になることってありますか?」
『気になることしかないよ!』
マジでちょっと落ち着こ?
ティア教授と連絡を取ったのは他でもない。
俺たちのミッションはこのダンジョンの最深部にあるらしい、元の世界に戻るための〝孔〟に到達することだ。そのためにはダンジョンを攻略する必要がありそう、ということで、いろいろ調査して攻略に生かそうと考えたわけ。
「とりあえずデータはばしばし送るんで、せっせと解析してください」
そこかしこに簡易版の魔法解析ツール『解析るんです』を散らばらせ、取得した魔法データを〝糸〟を通じて送りまくる。
「さて、俺たちは俺たちで確認しないとな」
俺が虚空からスマートフォンを取り出すと、シャルとユリヤもスマホを手にした。
「やっぱり圏外ですぅ。ChickTackが視れません……」
「電波、というのがなくても動画は撮れるのね。まだこの仕組み、よくわからないわ」
シャルはしょんぼりと、ユリヤは肩を竦める。
俺たちは今、切実なる問題に直面していた。
端的に言って『お金』である。
元の世界から持ってきた金目のものはあるにはあるが、大所帯を維持するには心許ない。
ぶっちゃけいずれいなくなってしまうのだから借金しといてバックレてええか、と思わなくもなかったが、俺たちに関わりまくっている柊さんに迷惑はかけたくない。
そんな中、シャルとユリヤが始めた短い動画投稿がバズった。
まあ可愛すぎるシャルが踊っているから当然だな。フォロワー数もうなぎ上りです。
今のところ収益があるわけではないが、俺はピンときたのだ。
SNSにアップする短い動画ではなく、がっつりとダンジョンの攻略動画を配信すれば大儲けできるんじゃね?
とくにリアルタイムで臨場感と手に汗握るワクワク感、どう進めるかをリスナーと情報共有しながら進めるなら大人気間違いなし!
だってこんな可愛い子たちだもの。俺なら毎日見る。引きこもって。
まあ、そんなのはみんな考えるだろう。
ぶっちゃけ『魔法少女』の付加価値がどれほどかにかかっている、と思ったのだけど。
ライバルたちの配信活動を調査したところ、おかしな点に気づく。
予想どおりダンジョンの攻略動画は探究者なら誰でも配信しているし、なんなら政府系の事務所も積極活用していた。
が、生配信をやっているところがひとつもない。
うっかり魔物にやられてグロ映像が流れるから? などと推測したが、問題はもっと単純だった。
柊さん曰く、「ダンジョン内は電波が届きませんから」
地下に降りて届かない、のではない。
地上の入り口付近ですら、なぜかスマホの通信網もGPSの電波もシャットアウトされてしまうらしい。
電波どころかなぜだか有線でも無理。物理的に配線を敷いても、データが中を通過していないようなのだ。
強力なジャミングに晒され、あらゆる通信が遮断されてしまうとか。
となれば、俺の出番である。
実際に今、確認してみよう。
「んじゃ、実験開始だな」
俺は小さな半透明の板状結界を作る。
あらかじめダンジョンの外(念のためスマホの基地局近く)に用意しといた結界と、こいつをつなげてみた。
これでダンジョンの外とはつながったはず。間に入るのは(たぶん)謎時空なので、ダンジョンの不思議パワーには影響されない、はず。
自分のスマホを見る。圏外表示のままだった。
ならば、と板状結界をスマホに重ねる。するとどうだろう。
「やった。アンテナが立ったぞ」
バリバリMAX、通信するには十分な電波をキャッチした。おー、動画もぬるぬる動くな。
すこし離すとやっぱりすぐ圏外になるので、スマホを覆うように結界を作ればよさげだな。
「よし、じゃあ次は――」
俺は二人からスマホを借り受ける。三台のスマホをカメラ起動後、ふわふわ浮かせた。
「そっちも準備してくれ」
「はい! 兄上さま」
「わかったわ♪」
応じると、ぺかーっと眩い光が辺りを包んだ。
魔法少女への変身シーンなわけだが、さすがにこれを録画して全世界に公開するのは……自慢したい気持ちと誰にも見せたくない兄心の葛藤。対策は考えておくか。俺が納得するかどうかの話だけど。
「準備ができました、兄上さま!」
「こっちもオーケー、いつでもいいわよ」
ピンクとゴールドの魔法少女が宙に浮いてステッキとトンファーを構えた。
俺は小さくうなずく。
ランクⅮの我がスキル『影薄』を解除した――とたん、
ガサガサ、ぴょーん!
さっそく魔物が現れたのだった――。




