お隣さんは尖りぎみ
明日はフレイとリズ、イリスが資格試験に挑む。
というわけで今夜はどこかで寝泊まりしなくちゃならないわけだが。
「つ、着きました。ここがみなさんが暮らす場所に、な、なります」
柊牡丹さん二十うん歳、190を超える長身と魅惑のボディの持ち主ながら、本人は卑屈で相手の目をけっして直視しない陰キャ仕草の残念美人さんが示した先。
ぼっろい二階建てのアパートだ。
上下三室ずつの計六部屋という小規模っぷりもさることながら、今どき木造で築年数は50年くらいではなかろうか。外階段の屋根、あれトタンかなあ。
二階の角部屋に案内された。
ドアを開くと、玄関直で控えめなキッチンがあり、そこを越えた引き戸の向こうは六畳ほどの一室だった。
「あ、あの、本当にこの部屋だけで、いいんですか? まだ三室余ってますけど……」
ふつうに考えて1Kの広さで八人は暮らせない。けどまあ、俺たちが欲しかったのは実在する『住所』であって、広さなんかは関係ない。
賃貸にしろ持ち家にしろ手続きやらなんやらで時間がかかるし、柊さんが所有するアパートならそこらへんうまいことできるしね。あと資金的にありがたい。まだ稼げてないですし。
てか半分空き部屋って経営的に大丈夫なんかな? 駅から遠いけどいちおう都内やぞここ。家賃収入は維持費で吹っ飛びそうだが。
「とりあえず全体的に変えとくか。俺たちしか中に入らんし」
言いながら結界魔法でせっせと部屋を拡張する。見た目もいい感じに高級感を出しとくか。なにせ一国の王女さまと貴族のご令嬢がいらっしゃるのでね。
「ハルト、いまさらボクがあれこれ言っても仕方がないとは思うのだけど――」
イリスさん、作業中に話しかけないでくれる?
「ボタンが困惑……というか混乱している。魔法を使うならせめてひと言あってもよかったのでは?」
ん? と顔を向ければ、柊さんが口をあんぐりして小刻みに震えていた。
まあ、説明はあとでしよう。面倒だし。
キッチンと奥の部屋は合体させ、広さを五十畳ほどに拡張した。天井は吹き抜けみたいに高くして、床は全面フローリングでシステムキッチンとダイニングテーブルを配置。すこし離れたところにばかでかいソファーとかローテーブルとかテレビとか。
ひとまずみんなの憩いのスペースを作り上げた。
「た、タワマン……」
お、柊さんも正気に戻ったっぽいな。
広々としたリビングの向こう、壁には人数分の扉を埋めこみ、その中に一室ずつを作る。プライベート空間は必要です。
個人の好みはあとで聞くとして、適当に家具を配置。トイレと風呂は別にして追加。水回りやもろもろの配線をあーしてこーして……うん、ひとまずこれでいいか。
「部屋は好きに決めてくれ。内装の要望があればあとでなんとかするよ」
「わたしはシャルの隣ね」
「ではこの辺りはどうでしょうか」
「ハルト様はどちらに? 私はすぐそばでいつでも掃除が可能な位置に!」
などなど、積極組からわーわー騒がしくなるも、
「なんなんですかこれ!? せ、説明、説明を求めます!」
なぜかキレぎみの柊さん。面倒だけど大家さんには誠意を見せとかないとな。
「魔法です」
「説明になってません!」
涙目の柊さんの肩に、イリスがぽんと手を乗せる。
「彼の魔法はボクたちにも理解が及ばない。もう『こういうものだ』と諦めたほうがいい」
もしかしてディスってます? てかリザまで気まずそうながら大きくうなずいてるやん。
まあ俺もなんでこんな魔法が使えるかは説明できんのだが。
「ともかく、だ。飯はさすがに結界で作れないからなんか買ってくるか」
なんとなく作れそうではあるが、作れたとして俺自身がよーわからん魔法の産物を口にするのは心理的になんか嫌なのだ。
「柊さん、コンビニって近くにあります?」
「ふへぇ!? ぁ、えあ、その、すこし歩きますけど……案内します、ね」
柊さん、これまで以上にびくびくしちゃったな。
「ではわたくしもお供します!」
「あ、じゃあわたしも行くわ」
それなら私も、ならボクも。フレイ以外(あいつはなぜか掃除をし始めた)で出かけることになりました。
「大人数で行ってもなあ……」
などとぼやきながら玄関のドアを開けたところ。
「――きゃっ!?」
ちょうど廊下を歩く人と鉢合わせしてしまった。
目をぱちくりさせているのは女の人だ。
見た目は十代。暗がりでも青みが目立つ黒い長髪。片方のこめかみ部分だけ編みこんで垂らしていた。
やや吊り目ぎみで青い瞳に吸いこまれるような美人さんは、不審者を見るような視線を向けてくる。
あれ? でもこの人ってたしか――。
「つっけんどんな受付のお姉さん?」
トウキョウ=ダンジョンの管理室だかの窓口で、さっき俺たちの資格試験の受付をしてくれた人に違いない。モノトーンの落ち着いた私服が受付の制服と似てるのもあって、見た目はほぼ一緒だ。
ただ一点、どうしても同一人物に思えないところがあるにはあるのだが……。
「? 貴方とは初対面のはずですけど」
目元がさらにきつくなった。リクルートスタイルなトートバッグを正面で抱き、半歩後ずさる。
そういや俺、試験のときは姿消してたな。どう誤魔化そうか考えていると、
「ノエルちゃん? 今日は遅かったんだね」
ぬっと俺の背後から上体を伸ばす八尺――じゃなかった、柊さん。
一転、『ノエル』と呼ばれた美人さんはぱぁっと子どもみたいに笑みを咲かせた。
「紹介するね、この人は、えぇっと……田中?ハルトさん、だったかな。今日からノエルちゃんのお隣さんだよ」
タナカ誰? 俺だったわ。書類周りで必要だから適当に日本名付けたんだった。
「それからハルトさん、この子は天由良ノエルちゃん、ダンジョン管理局の職員さんで、総合窓口の受付をやってるんです」
やはり受付のお姉さんだったか。
俺がどうも、と会釈したのに、ノエルさんはまたも怪訝そうな顔になって俺を見る。
「新しい入居者? 牡丹さん、まさか〝探究者〟なんてことはありませんよね」
「ぇ、ぁ、えっと、その、うん、この人は入居者であって探究者では、ないん、だけど……」
柊さんは間違ってはいない内容を口ごもる。
と、お子さま二人が俺たちの脇をすり抜けて部屋から出てきた。
「あら本当だ。さっき会った人ね」
「受付の方ですね。お隣さんというのも何かの縁。あらためてよろしくお願いいたします」
ユリヤがにこにこと、シャルちゃんは上品で愛らしい所作でごあいさつしたのにこの女め、表情を強張らせたままぺこりともしない。なんて失礼なのかしら。
「ま、隣同士でも俺らは干渉しないんで、そっちも気にしないでくださいよ」
どうにも仲良くできなそうなので、俺もぶっきらぼうに言って歩き出す。狭い廊下を半身になって通り過ぎるとき、どこか悔しそうに目を伏せているのが気になった、が。
「それでは失礼しますね」
「またねー♪」
「……」
「シャルロッテ様、階段に気をつけて」
「みんな待ってくれ、マリアンヌがまだ」
「す、すみません、靴紐が絡まって……」
次々に部屋から出てくる面々を見て、
「え、この人数で暮らすの? あの部屋に……?」
目をぱちくりさせるノエルさんだった――って、もう一人いるとは言わないでおこう。
ところで。
誰も何も言わないからあえて黙っていたけど、ノエルさんって変だよな。
つっけんどんだかは横に置くとして、見た目的にね。
資格試験の受付で会った(というか見た)ときは、確実に『変』ではなかった。だって変ならすぐに気づいたはずだ、今みたいに。
歩きながら振り返り、彼女の後ろ姿をチラ見する。
あー、やっぱりなあ。
ここからでも視認できるほど、その異常さは際立っていた。
外側へ伸び、先端に向け細く。
――まるでエルフのように、彼女の両耳は長く尖っているのだ。




