第三十四話 バカと外道が手を組む時
「じゃあセレスト、これから俺は別行動を取るが、その間にセレストは何をするかわかってるな」
「えーっとギルドに行ってエルフとの戦いを申請すればいいんだね」
「その通りだ」
早朝、まだ朝日も登りきっていない時刻、俺とセレストはこれからについて確認をしていた。
「ギルドでは、冒険者達を前線に赴かせている。セレストもそれに紛れ込めばエルフと戦えるはずだ」
「なんかちょっとワクワクしてきた。最初はアランと離れるのが嫌だったけど、考えてみれば私って、人間社会を一人で行動するのは初めてなんだよね」
昨日はぐずってたセレストだが機嫌が戻ってきたらしい。これは良いことだ。
「でもさーアラン、私って見た目が子供じゃん」
「そうだな、実力はともかく見た目は子供だ」
「じゃあ私みたいな子供が一人だけで戦いになんて行けるの? アランが一緒にいないと無理じゃない?」
なるほど、それはもっともな疑問だ。普通に考えれば子供を一人で戦場に行かせるなんてそんな事を許すわけがない。いくら冒険者ギルドと言っても、それはありえない。だが、それは普通の話だ。
「それについては問題ない、その問題をクリアーするために、俺がこの街のギルドについて調べておいた。子供を戦場に送り込んで囮役や肉壁にするような、心底腐った冒険者ギルドの場所を調べておいたから、この地図に書かれているギルドに行けば間違いなく戦場に行けるぞ」
「本当!! やったーアラン大好き!!」
普通のギルドでは子供一人で戦場には行けないだろう。だが世の中には例外というものが存在する。ギルドというのは基本的に一つの街で複数存在する。これは冒険者ギルドというのはその土地の地主や商人など、多数の権力者の影響を受ける暴力装置である以上、どうしてもしょうがないものだ。
そんな中でも本当に極悪な、人の心を忘れてしまった冒険者達が集う場所がある。裏社会や人道に外れた人間達が集まる場所。人の命なんて紙くず程の価値すらないと思っている、そんな奴らが集まる冒険者ギルドだ。
「ここに行けばセレストは、ただの世間知らずの亜人の子供だと思われるだろう。そんなセレストが戦場に行きたいと言えば、どれだけ邪悪な思考でギルド側がセレストの要求を飲むかはわからない。だがな、だからこそセレスト、お前は自由に動いてもいいんだ」
セレストが目を見開いてこちらを見ていた。
「自由……本当に?」
「ああ、ここからは自由だ!!」
実は俺と旅をする上で、セレストには大人しくするように言っておいたのだ。流石に人間社会の中に連れて行く上で、竜の本能そのままのセレストを連れて来るわけにはいかなかった。そこらへんはきつく言い含めて自制を促しておいたのだが、そういうの全部忘れていいぞと俺はここで言っているのだ。
「い、いいの? 私すっごい我慢してたんだよ」
「いいぞ、ただし相手はちゃんと見極めること。悪人と普通の人間の見分け方はわかるな」
「うん、ムカついたやつが悪人でそれ以外が普通の人だよね」
少し危うい考えだが、これから行くギルドは10割悪党だから問題ないか。目につく人間を片っ端から殺しても世界にとって特に損失もないだろう。
「よし、今回はそれでいい。行って来いセレスト!!」
「わかった行ってくる、じゃあねアラン!!」
そう言ってから全力突撃でセレストが駆け出していった。土埃を上げながら、昇り始めた朝日の方角へと向かって駆け抜けていく姿には、これから始まる大冒険と虐殺の予兆が見える。行けセレスト、天龍としての本能をむき出しにして来い。
弟子の独り立ちを見守る師匠の気分を味わいながら、俺もセレストに負けないように気を引き締める。そう、セレストが戦うにふさわしい人間の英雄共を見繕うのだ。しかし、問題が一つある。
「だが英雄達を探すと言ってもどうしたものか……」
実を言うと俺は人間の英雄には詳しくない。そもそもあいつらはただの冒険者であった俺とはちょっと立場の違う人間達で、いわゆる国が抱えているエリートとも言うべき存在だ。俺の交友関係の中にもいなかったし、そもそも名前すらしらない。
次に、このネストの街の広さだ。街と名前にはついているが、ここは要塞都市と言ったほうが正しい。西部の防衛の要であり、街の人口は優に数万を超える。この街の中をたった数人しかいない、名前も知らない英雄達を探すのはちと骨が折れる。
「一人で探すのは俺でもきつい、というわけで得意そうな奴に手伝ってもらうとするか」
距離は俺の背後150メートル。壊れた宮殿の瓦礫の影というところか。
トントンと踵で地面を踏むと準備を終える。
「フッ!!」
息を強く吐き出すと、目標の場所、宮殿の瓦礫の影めがけて駆け出す。一足目を地面が爆発させるほどの勢いで蹴り出して相手に反応すらさせない速度を出させる。
一足、二足、三足と跳びながら加速させると、瓦礫の影へと到着した。一見するとなにも存在しない瓦礫の影に手を突き出すと、影の中に隠れていた全身黒尽くめの男の襟首を掴み上げて引っ張り出した。
「ッッどうして!!」
「ジーナの仲間か? セレストは気づいてなかったようだがずーっと俺たちを監視していたな」
ここ数日、こちらを監視していた男だ。なかなか腕が立ちそうで見どころがありそうだから放置しておいたのだが、ちと人手が足りなさそうだからこいつに手伝ってもらうことにしよう。
「迷彩、いや姿を隠す系統のスキルか? 確か大陸の東方にそんな事が得意な奴らがいると聞いた事があるな、確か忍者だったか」
そうだ、東方にいる忍者とかいう奴らだ。東方とはこっちと文化の形態が違う地域で、地竜の配下に入っていない人類の生存圏の一つだ。まあ俺も東方出身の人間をこうして見るのは初めてだ。
「まあいい、こっちを監視していたのは水に流してやるから手伝ってほしいことがあるんだ、頼めるか?」
「……金銭次第だ、いくら持っている」
「いまちょうど金欠で手持ちは120ゴールド程度しかない」
最近、冒険者として活動もしてなかった上に、魔物を狩ったりもしていなかった。それに道中でセレストが買い食いを沢山ねだってきていたのもあってか、金欠気味なのである。特に、セレストは肉関係が好きだったのもあって食費にかなりの出費が掛かっていた。ここらへんの肉好きはジーナに通じるところがある。
「今週のメシ代を考えると、120ゴールド全部を渡すわけにはいかない。そうだな、涙を飲んで渡せるのは30ゴールドというところだ。手伝ってくれるか?」
「却下」
「30ゴールドではだめか?」
「町民の一日の食費代程度で俺を働かせようと思うな、その1000倍はもってこい」
困った。こいつは少々金に汚い性格みたいだ。まあ有能なやつにはよくあることでもあるが。
「ではこうしよう。足りない分は俺の代わりにジーナから受け取ってくれ、師匠のツケは弟子が払う。今までの授業料と考えればジーナにとっても安いものだろう」
「それは無理だ」
「どうして?」
「ジーナ様は今、英雄の一人に囚われている。しかも相手は生粋の変態だ。生きて戻って来る事は二度とないだろう」
「なんだと!!」
あのジーナが捕まっている!? 心根が腐っていて力も大してないくせに油断と傲慢の権化とも言えるあのジーナが!? 才能とずる賢さだけで生きているあのジーナが捕まっただと!?
ふむ、よく考えてみれば、あいつが誰かに捕まったとしてもおかしくないな。それはともかくとして、今の話を聞いて疑問に思ったことが少しある。
「ところで、なぜお前はその事を知っているんだ。ジーナが捕まった時に近くにいたのか?」
「俺がジーナ様をその英雄に売ったからだ。お前達に負けたジーナ様がどこに逃げたのかを教えて捕まえてもらった」
ほう。
「様付けということは、お前はジーナの部下で確定だと思うが、そんなお前がなんでジーナを裏切ったんだ」
「……ジーナ様はとても素晴らしい方だった。金払いもちゃんと良かったし、俺との契約の時にも金を多く払ってくれた。俺みたいな人間から見れば理想的な雇用主だったと言える」
「それなら、なんでジーナを裏切った?」
「相手の方が金払いが良かったからだ」
「そうか」
まあジーナの脇が甘かったということか。有能な手駒を扱いきれてなかったというところだ。
「それに少し言い訳をさせてもらえば、俺も善人を裏切る事には普通に抵抗はある。だが、ジーナ様の性格とやってきた事を考えれば、俺がジーナ様を裏切ることに抵抗を感じる必要があると思うか?」
「……ないな」
とりあえず、掴んでいた襟首を離した。もう捕まえておく必要もないだろう。
「お前の立場はよくわかった、それはそれとして俺の手伝いをしてもらいたい」
「何度も言うが金のない奴には用がない。俺に頼みたかったら3万ゴールドからだ」
うーん、現金はないから、3万ゴールドに値する物でも渡すか。そういやジーナが残してた黄金の部屋があったな、あそこから純金でも持ってくるか? いやセレストがあの部屋を気に入ってるから、勝手に弄ったらセレストがへそを曲げてしまうかもしれん。んーーーー……そうだ良い事を思いついたぞ。
「よしわかった、こうしよう。俺がジーナを助け出すから、ジーナから足りない分を貰ってくれ」
「英雄の一人に捕まっていると言ったはずだが」
「だから、その英雄を俺がぶち殺してジーナを助けると言ってるんだ」
「ふむ」
考えてみれば、俺がジーナを助ければ済む話だ。本来なら、俺は手助けせずにジーナが自力でなんとかするべき所であるが、今回ばかりはジーナにも涙を飲んでもらって俺に助けてもらおう。弟子の成長のチャンスを奪うのもどうかと思うが、今回は俺の事情を優先することにしよう。
「それに、ここでジーナが助かれば、またジーナを売り払うチャンスもできるかもしれないぞ。あいつは見てくれと才能だけは恵まれているから、いくらでもそういう機会に恵まれるはずだ」
「なるほど、キャッチアンドリリースという事か。一度売り払った後に助けることで、何度も売り払う事ができる、そういうやり方もあるのか」
俺の言葉を聞いて男がハッと気がついたような顔をした。
「良いだろう、契約成立だ。だが、まずは先にジーナ様を助けてもらう、お前の依頼はその後だ」
「それでいい、ところでお前はなんと呼べばいい」
「カゲと自称している。偽名だが、問題ないだろう」
カゲか覚えておこう。見たところ、こいつは昔の俺の仲間に匹敵する腕前の持ち主だ。その腕前とこの性格であれば、ジーナの傍に置いておけば必ずジーナにとって程よい程度の試練として存在してくれるはずだ。今後も是非とも仲良くやっていこう。
さて、ではそろそろ敵のことについて教えてもらうか。
「それで、そのジーナを拐った英雄は何という名前なんだ」
「奴か、やつの名前はロビン。この街で英雄としての正体を隠して死体を収集している変態だ。人間として良いと言える点は金払いの良さくらいで、残りはまあ俺でも外道だと思える程度には人間としての道を踏み外している。そんな奴だ」
「なるほど、よくわかった」
ロビン、その名前を俺は深く胸に刻んだ。




