第十八話 エルフの偽物
武力というやつは金になる。
俺は部屋の中にある金貨を数えながらつくづくそう思った。
きっかけはなんてことはない。エトナの街に鬼が現れて冒険者ギルドと自警団が大きな被害を受けたと騎士団がそう報告を受けたことだ。
犯人である鬼は自警団に退治されたと言う内容であったから、本来なら少数の団員に事実確認をさせて終わり、そういう流れで終わるはずだった。ただ、エトナの街にとって不幸だったのは、ちょっと最近出動の数が減って騎士団に不満が溜まっていたという事と、俺がその指揮にあたったことだ。
街から貰った資金が満足の行く額になったことに俺は喜びを覚えていた。
机の上に積まれた金貨は大部分が俺の懐に、そして幾ばくかは部下たちに分け与えるつもりだ。
これらの金貨は俺らが脅して手に入れた訳ではない、街の方から自主的に俺たちにくれた物だ。ただ、鬼族と戦闘状態になっているこの状況で俺たちがいなくなっても良いのかと一言だけ領主に向けて言った事実はある。
ここまで鬼族とこじれた原因となったのは確かに俺達だ。この街に来るまでの間に鬼族の領地に入っていくつかの村を焼き払ったのはエトナの街とは関係なしに俺達の独断で全てやったことだ。
だが、事実がどうであろうと俺たちが拠点にしているせいでこの街は、鬼族から見れば騎士団の仲間として見えてしまうのだ。この街に来るまで国境近くの鬼族の村をいくつも襲ってきた俺達騎士団の仲間だと。
とは言え俺達としても、この街から離れてとっとと帰ると言う手は取れない。ここまで人員を費やした以上、もう少し鬼族と戦う必要があるのだが領主の方はそこらへんのことはわからないのだろう、こっちの要求を素直に受け入れて自主的に支援金として金貨を払ってくれている。
だがそれにしても、街からの支払いがどうにも少ない気がする。もう少し脅してあいつらから搾り取るか。
そうやって一つ二つと金貨の枚数を数えていると部下である黒騎士がテントの中に入ってきた。全身を真っ黒な武具で揃えて頭に羽飾りなんかつけてるキザな野郎だ。
こいつは俺の直属の部下というわけではない。騎士団の本部から寄越された、まあ俺の監視役もかねた奴だ。
「……隊長、いつになったら森を抜けて鬼族の領地に攻め込むつもりだ」
「そのうち、そのうちだ。どうせあちらも待ち構えているから先に攻め込んだほうが不利なのはわかってるだろ」
「もう一週間だけ待つ。それ以上遅れるようならやる気が無いということで報告させてもらう」
扱いづらいと言ったらありゃしない。大体、そこまで鬼族とまともに戦う必要がこちらにはないんだ、ちょっと手をだしてそこそこ殺して戦果を出せばいいだけなのに。
だがそんなにやる気なら、いくらか仕事でも与えておくか。
「街のチンピラのいく人かが、この前の騒動で鬼族に手を貸してたと聞いた。しばらくはそっちの調査と始末をつけていたらどうだ」
「それならもう終わった。少しばかし街にも被害が出たが問題ない」
さいですか、それは仕事が速いことで。ああそうか、街からの献金が減ったのはそのせいか。こいつが頑張ってくれたせいで街に被害が出たから、その分の抗議も込めて金を少なくしたと、そういう事か。余計なことしてくれやがったなこいつ。
俺からの恨みの視線を軽く受け流すと黒騎士がテントから出ていった。
あいつはムカつく野郎だが、それでも必要な人材だ。俺みたいな地方の任務についてるミソッカスじゃない。騎士団の本部から来たガチガチの騎士団員だ。頭の先から足の爪先まで地龍様の為に生きている頭のおかしな野郎だ。
その分だけ腕もやる気も確かだが、あのやる気の高さはなんとかならんもんかね。
馬鹿とハサミはなんとやらと思っていると、外が少し騒がしくなった。
まーた街から女でも攫ってきたのか仕方のない奴らだな。つい先日も女を攫ってきて楽しんでたようだが……ああそれもか、それもあるから街から俺たちへの献金が減ってたわけだ。
しょうがない奴らだなと思っていると、騒ぎがだんだんと大きくなってきた。あまりにも喧しいので叱り飛ばすかと思い始めたその時、テントの中に人が飛び込んできた。
飛び込んできたそいつは先程、テントから出ていった黒騎士だ。ただちょっと出ていった時と違うのは鎧の真ん中が鈍器で殴られたのか大きく凹んでおり、口から血を流して白目をむいているって事くらいだ。
間違いない、これは鬼族からの襲撃を受けている!!
くそっ鬼族の奴らの方が先に攻撃をしかけてくるとは、少しのんびりしすぎたか。
警戒しながらテントの外に出ると、そこでは複数の団員たちが倒れ伏していた。怪我人だけではなくて、死傷者として首があらぬ方向に曲がってお陀仏になっている団員も幾人かいる。
そして、俺の視線の先にはこの惨状を作り上げた巨漢がいた。そう、俺が予想していた鬼族の手の者――ではなかった。
俺は何度も目をこすって眼の前の光景を見る。目をパチパチと開け閉じして、目に見えるこれは目やにか何かの影じゃねえかなと思い直すが、それでもやはり、目の前に見えるそれが現実だと理解するしかなかった。そう、俺の目の前にいたのは鬼族ではない、耳の長い、エルフと呼ばれる種族だ。
そのエルフの身の丈は二メートルを超えていた。人間の冒険者が装備してそうな革製の鎧だけを装備した素手のエルフ。耳が長いので多分エルフだと思うのだが、とにかくこんなエルフは見た事がない。とりあえず顔の作りそのものはエルフというかオーガとでも言うようないかつさがにじみ出ているし、正直なところエルフとオーガの間に生まれた新種の亜人ではないかと疑っている。
そのエルフ? が倒れ付した団員たちをひと通り見回してから大きく息を吸うと
「俺の名はエルフのアラン、お前たちに仇をなす者だ!!」
自分はエルフだと、そう叫んだ。
「こ、これはどういうことですか……」
今日もフード被って街へと行こうとしていた自分の目に飛び込んできた光景、それは騎士団員が街の周囲で口々にエルフへの呪いの言葉を叫びながら歩哨している姿でした。
それも一人二人ではありません。十人単位で小隊を作り、それら小隊が何十という数になってエルフ一匹逃さない布陣となって警戒しているのです。
一体何がどうして、昨日まではこんなこともなかったはず。街の入り口を見張っていた騎士団員もくっそやる気なさそうにあくびしながらケツをかいていた、そんな親近感あふれる奴らだったのに、一体どうして。
当然、これではフード被った程度の変装では街に入れませんから、私の生活からまた人の文明が遠ざかってしまいます。いけない、そう考えたらまた文明の毒が全身に回ってきやがった。
ショックで地面に這いつくばっていると、遠くの方で騎士団の奴らが何かを叫んでいるのが聞こえてきます。エルフの○○はどこだーとか言う声です、おそらくですが此度の原因になったエルフの名前でしょう。
おのれ一体誰が、この街には私とエリナさんの二人しかエルフはいないはず、それがまさか謎の3人目のエルフがいた上にそいつが騎士団を怒らせたとは……絶対許せん。
怒りで頭がフットーしそうになる中で私の体から魔力が噴出し始めました。
わかる、今わたしは壁を一つ越えた。ならば今ならできるはず、あの魔法が。
それは我がエルフの一族に伝わる秘技。風を介して遠くの音を術者へ正確に伝える魔法。優れたエルフの狩人であれば、この魔法を使いこなして数km先の獲物の位置どころか息遣いさえも把握できるという魔法。
長老の婆さんから、お前は才能があるから使えるように練習しとけよと私に伝えてくださったあの魔法。んなこと言われても面倒くせえやって、あれ以来一度も練習せずに放っておいたこの魔法が、ついに私のものになる時が来たのです。
魔力で風を操ると、そこに伝わる音の波を私の耳へと運び込みます。普通であれば拡散して消え行く音を掻き集めて、私の耳まで届かせているのです。そして、騎士団員たちが叫んでいる言葉が聞こえて来ました。なるほどエルフの――
「エルフのアラン、どこに行った出てこいと、そう言ってますね」
エルフのアランですか。なんでしょうかその不吉な名前の野郎は。いえ、アランという名前が不吉と言うよりその名前を持った不吉な人間がいるという意味なのですが、とにかくエルフにもアランとか言う野郎がいるんですね、それは知りませんでした。
ちょっとガッデムな予想が頭をちらつかせますが、ありえないと被りを振ります。マイナス思考というものは人生を狭めますからね、そんな物に囚われてはいけません。
そんな私をあざ笑うかのように背後に気配が現れました。先程まで何もいなかったその場所に誰かいるのがわかります。これが幽霊かなにかであったら普通は怖がるところなのですが、今の私ならオールOK。むしろ、幽霊、怨念、ゾンビ、死霊程度なら何も問題ありません。
どうか私の予想があたっていませんようにと思いながら後ろを振り向くと、そこに悪夢の結晶がいました。普段とちょっと違うアラン師匠が腕を組んでこちらを見下ろしてきています。どこらへんが違うかと言うと、奴の耳がエルフみたいに長いってところです。
「やはり俺の思ったとおりだなジーナ、お前は追い込まれれば追い込まれるほど強くなる」
私の思ったとおりの姿格好で師匠がそんなことを言ってます。とりあえず今回の騒動の犯人がわかった、騎士団を怒らせた謎のエルフのアラン、その正体が。
「なんですかその耳は、いつからエルフのコスプレをするようになったんですか師匠、そんでなんで騎士団に喧嘩売ったんですか師匠」
「これもすべて、お前のためだジーナ」
そう言うと師匠がつけ耳を取り外しました。無駄に質の高い付け耳で、確かに見ている限り本物のエルフの耳に見えます。耳以外はあらゆる意味でエルフではありませんでしたが。
「ジーナ、お前はもう街に逃げ込むことはできない、いやそれどころかここで野宿生活をすることすらできなくなるだろう。お前が俺の用意した試練に立ち向かわないというのならお前の逃げ道を俺は完全に塞ぐ、どんなことをしてもだ!!」
何という無駄に回りくどい手を使うゴミなんでしょうかね。ていうか、それならこの街そのものを捨ててもいいですね、どこか遠くのところにお引越ししましょう。
「ちなみに、この街から逃げ出しても、俺はどこまでもお前を追いかけていくからな」
困りました。私の人生に余計なものがひっついてくることになりました。何よりこいつを振り切るだけの能力が私にないのが問題です。
本当に馬鹿に力を与えるとろくなことがないですね。しかもその馬鹿が私をロックオンしているのが何よりの問題です。
私が頭を抱えていると、師匠がおもむろに地面に転がっている石を拾いました。そして大空に向けて指をさします。それにつられて上を見上げると、そこには騎士団のグリフォンが何かを探しているかのように上空を旋回していました。
「見ていろジーナ……フンッ!!」
と、師匠が気合一閃、石を上空にぶん投げると、そのグリフォンの頭に師匠が投げた石が命中。赤いザクロのような血しぶきを上げたグリフォンの頭部が木っ端微塵になると、そのまま森の方へと墜落していきます。あーあれは、乗っていた騎士も死にましたね。
てか距離としては数百メートルはあったと思うんですが、こいつどんな膂力で石投げてんだ。
「これから俺は今みたいにエルフとして騎士団の奴らをどんどん追い詰めていくつもりだ。そうすればどうなるかわかるな? 騎士団のエルフに対する敵意は更に激しくなるだろう。そして、これはお前が俺の試練を受けるまで止まることはない!!」
騎士団とエルフとの和解は無理どころか、こいつがどんどん悪化させていくというわけですか。師匠は今回マジですね、マジで私を殺しに来てます。
「師匠、なんでここまでするんですか、騎士団の奴らは死のうがなんだろうがどうでもいいんですけど、なぜ私を追い詰めるようなことをするんですか」
「お前に才能がなければ俺もここまでやる気はない。だがジーナ、お前には冒険者としての才能がある。その才能を腐らせているこの現状を俺はどうしても見過ごすことはできない。故に、お前にどれだけ嫌われようとも全力でお前の才能を開花させるつもりだ」
ぬぐぐ、なんと、なんと言うことでしょう!!
「なんて余計なことを……私はただ、努力や苦労とは一切無縁の生活の中でダラダラと歳を重ねて生きていきたい、ただそれだけなのに、そんな私のささやかな願いを師匠は奪うと言うんですか!!」
「その通りだ!!」
今わかった、私の敵はこいつだ、こいつこそが私の敵なのだ。おのれ、おのれアラン!!
「俺が憎いかジーナ、それなら正々堂々と俺の用意した試練を突破するんだ。俺はあの森の中で待っている、お前が本気で俺に立ち向かうというのなら俺は命を賭けてお前と戦おう!!」
そう言うと師匠がまた森の中へと去っていきました。あの森、つまり師匠が罠から何やらたくさん用意した死の森。あの中にです。
くっそむかつきますが、やはりあのゴミを倒すしか私の望む生き方ができないのは事実。あいつの思い通りになるのは癪に障りますし何よりもあんな見るからに危険な場所に生きたくはないのですが、ですが!!
ぐぎぎぎと悩んでいると、そこでエリナさんが帰ってきました。
彼女は師匠がトラップ満載で待ち構えている北側の森ではなく、安全な南側の森で夕飯の食材を採るためにでかけていました。竹製の大きな籠を重たそうに背負っていますが、今回もかなりの量を採ってきたのでしょう。
「ただいまジーナさん……どうしたんだ? 凄く悩んでいるみたいだけど」
「エリナさん、実はあの馬鹿師匠がーーー」
泣きつくようにすがると、先程の師匠とのやり取りをエリナさんに伝えます。
エリナさんはうんうんと頷いて私の泣き言を全て黙って聞いてくれます。その懐の大きさと母性は私の心の琴線に触れました。
「なるほど、アランさんは素晴らしい方だな。ちょっと素直じゃないみたいだが」
「エリナさんーー!?」
エリナさんがおかしくなった。どうしましょう、ここに来てさらなるピンチですよ。
「落ち着いてくれジーナさん、もしアランさんの言うとおりなら少し我慢すれば状況は良くなると思うから、それまでアランさんの好きにさせてみようじゃないか」
エリナさんがここまで言うなら……いやだめですね、師匠に好き勝手させた結果、私達が騎士団にとっ捕まって私とエリナさん主演のR-18指定シーンなんて始まったら大変です。とりあえず、エリナさんは師匠に何故か甘いみたいですから、私がしっかりせねばなりません。
そう私だけではない、エリナさんも守らねばならぬのです。