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第120話 蒸留酒の熟成

 夏を感じさせる曙光が、遥か彼方の山からぎらりと照らしてくる。夏も盛りを過ぎ始めたというのに太陽はまだまだ旺盛にその熱意を降り注いでくる。


「さみしくなったの……」


 父の傍ら、ベティアの鐙を踏みしめながら、遠く走りゆく馬車を見送る。

 祖父母が王都へと立ったのだ。


「また会える」


 父はそっと手を伸ばし、ぐりぐりと私の頭を揺らす。ほんの少し心を刺していた寂寥感は、ゆるりと溶けていった。


 数日前、祖父母から大事な話があるという事で家族会議が開催された。内容としては前に聞いた王都、というより国王側の思惑、要は私を王都に招きたいという話を父母に開示したのだ。

 予想通り、父も母も大反対。そもそもまだ幼い子供を父母から取り上げるという時点で、これは予想される。それに対して、祖父も一貫して擁護の姿勢を見せる。私との話を尊重してくれたのか、国王への直訴も辞さないという。これには父も思いとどまるように告げたが、暦という国の大事を成した褒賞がまだ出ていない事を材料にねじ込むという話となった。


「じんせいをかけたせいかをそんなものでなげすてるのはもったいないの……」


 覚悟を決めた祖父に告げてみたが、返ってきたのは苦笑であった。


「娘に婿に迷惑をかけてきた上、孫すら守れないなんてね。我が人生、到底許せるものではないよ。事の道理はきちんと説くから。心配はしなくていいよ」


 透明な笑みを浮かべる祖父とそれを支えるように後に座る祖母の顔を見て、私達は何も言えなくなった。


「道理は弁えた方ではある。短慮は心配していない」


 視界の果てにけぶるように消えた馬車の姿を振り切るように父が馬首を巡らせて、そう呟く。


「あまりかってをすると、しんかがそむくの」


 私もへの字口になりながら告げると、呵々と父が笑う。


「あれでも随分と丸くなったのだがな。ティーダは余程なのだろう」


 そんな軽口を叩きながら、村に向かって馬足を進めた。



 祖父母が王都に向かっても日常は続く。


 取りあえず、村に持ち込まれた酒類に関して保管場所も無いため、圧縮を目的に蒸留を進めていく。薪に関しては近隣と相談して、酒と交換で薪を搬入してもらう事で何とかなった。というよりも、王都からの珍しく美味い酒が手に入るという事で、率先して持ち寄ってもらえたのは助かった。正直、貯蔵用の倉庫の建材だけで生産出来る木材が手一杯だったので渡りに船だった。ちなみに近隣からは随分と喜ばれたので、何かの折には期待出来そうなのも安心材料の一つだ。


「立派なもんだな……」


 村の外れ、川が氾濫しても水が揚がってこない程度の場所に貯蔵庫が鎮座している。うちよりも余程大きな建物なので、熊おっさんも苦笑交じりでの建築となった。


「これからいくとせ、ここでさけがはぐくまれるの。ひろさはだいじなの」


 むふんと胸を張っていると、ぐりぐりと頭を撫でられる。


「十年、二十年か……。計り知れんな。孫の頃には楽しめるのだろう」


 父の呟きに、頷きで返す。折角の蒸留酒なので、熟成に大半を回す事にした。ニューポット自体でも十分に商材になると父は断言してくれたが、出来れば付加価値を希望し、私が貯めていた資産を叩いて貯蔵してもらう事にした。荷車君βの返礼が事の発端という事で、渋々ながら父も賛成してくれたので良しとする。貯蔵庫の管理でまた雇用が生まれるので、良いかなと。


 そんな感じでせっせと蒸留と樽詰めを繰り返している内に日々は飛ぶように過ぎていく。畑は色づき、実りの時期を迎える。そろそろ収穫の時期と村の皆が待ちわびるように祈る中、凶報が齎される。


「ベベレジアが動いた」


 父の言葉に、そっと両手を握りしめる。遂に来た。備えは万全。家族の命を守るため、私は妥協する気はない。


「こちらもうごくの!!」


 そう父に告げて、むくっと立ち上がる。さぁ、戦争の時間だ。

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