第121話 戦争の準備
穏やかな陽光の元、村人総出で農作物の刈り入れが始まる。国内で比較的南部に位置するこの村においては麦もすでに実りの時期を迎えている。
例年であれば実りの喜びを噛み締め、長閑な刈り入れとなるが今年はどこか悲壮感が溢れる必死なさまとなっていた。
「状況はあまりよくないね……」
連日連夜、執務拠点では父が詰めて状況把握に追われている。
北部、ベベレジアに近い村において略奪が行われている旨が隊商の噂で流れてきた。国を接する村々から、略奪に遭っているらしい。防御の固い村では未熟な麦を刈り取られ、力無い村では村丸ごとが壊滅せん勢いで略取の手が伸びているらしい。
「王都から追補の兵は出ているけど、向こうも道なき道を進んでいるためはっきりとした成果は挙げられていない」
眉間を揉みながら、父が呟く。薄く隈が浮いた様子は、ここ数日の激務を物語っている。家に戻るのは食事の時と、僅かに寝る時だけ。母も気丈に振舞っているが、憔悴している父を見つめる瞳には心配の色が浮かんでいた。
味わうというより、ただ体を動かすエネルギーを摂取するためといった様子で食事を摂る父をそっと母が抱きしめる。
「どのくらいの規模が動いているの?」
言葉少ない母の問いに、父が瞑目し、静かに口を開く。
「数百の規模は動いているようだね。ただ略奪品の後送もあるから徐々に数は減っているとは聞く」
その答えに母も口を噤み、やや苦い表情を浮かべる。
把握している情報では、ベベレジアも国として動いているわけではなく、比較的余裕のある南部地域の都市が合同で出兵してきているらしい。原因は飢餓。この辺りは問題なかったが、リグヴェーダの北部でも冷夏の影響か、実りは悪いようだ。今年は思ったよりも雨が多かった。
現状で数が定まっていないにせよ、数百は思った以上に多い。この村で考えれば、本気で戦える人間は兵士五十に戦争経験者が三十ほど。前回の襲撃騒ぎから訓練対象を拡大してきたけど、それでもまともに戦えるのは百数十。
「まともにあたるとつらいの」
私が呟くと、父も母もこくりと頷く。
「ここまでどれだけが到達するかが、問題かな」
そればかりは神に祈るしかないが、欲で動いている相手、そうそう諦めが良いわけでもないだろう。
「外延部ばかり狙っているわね」
母が地図で襲撃地を転々と指示しながら、ほぅと息を吐く。向こうはリグヴェーダ本体に狙われるのが余程に嫌なのか、玉ねぎの皮を丁寧に剥くように行ったり来たりしながら国の端、西側を執拗に狙っている。この村が位置するのは国で一番南西。狙ってくるとしたら、最後だろう。
「周りの噂を聞けば、裕福なのは分かるだろうし、ここまで到達するだろうね」
父は苦笑混じりに呟くが、略奪させるために裕福にしたわけではないので、頑張って守る事にする。
私はヴェーチーと一緒にてちてちと熊おっさんの工房に向かう。町の中は例年であれば収穫祭の準備で慌ただしくも明るい雰囲気になるはずだったが、どこか張り詰めた雰囲気が広がっている。それでもそれぞれが出来る事をしようと投石器を片手に訓練に勤しむ姿を見受けたりと、ムードとしては悪くない。
「トレビュシェットのぞうさんのじょうきょうはだいじょうぶ?」
ひょこっと工房を覗き込みながら告げると、のそのそと熊おっさんが頭を掻きながら出てくる。
「おう。人員増に伴う家づくりもひと段落したしな。兵の皆も動いてくれている。数は揃いそうだぞ」
工房の倉庫まで熊おっさんと一緒に向かうと、無数の部品が所狭しと並んでいる。今、兵の皆はトレビュシェットの組み立てと移動、そしてばらしの手順を体に叩き込んでいる。試験射撃ではそこそこの精度は出せているので、物にはなりそうだ。
「しかし、この杭といい、本当に上手くいくのか?」
若干心配そうに熊おっさんが呟くが、駄目なら駄目で籠城戦を展開するしかない。
「せっこうをくちくできれば、ほぼだいじょうぶ」
それでも、この世界では初めての戦術だ。こちらの罠に引き込めさえすれば問題ないとはみている。
「まぁ、頼まれた事をやり遂げるだけだ」
熊おっさんが男臭い笑みを浮かべて、鉈を手に取るのを見つめ、こくりと頷きを返す。
「パパといっしょにがんばるの!!」
その言葉に破顔してくれた。
穀物の収穫を終え、野菜類の収穫も半ばを迎えた秋も中頃。村の真北に位置する大きな村が襲われたという話が伝令より伝えられたのは、夜半を超えた頃だった。
最終的な敵の数は三百から四百といったところというのが最終的な報告だった。王都からの援軍と共に撃退には成功したが倉庫は襲われ、蓄えの大半が奪われたらしい。現在、襲撃者達は南下中。それを追うように再編した王都の軍が追撃をしているとの事だった。
「出鼻をくじいて、軍と挟撃に成功すれば排撃は可能か……」
執務拠点でセーファ達と族長と共に協議に入る父を私はちょこんと眺めている。
「南下してくるなら、間違いなくあの罠は有効でしょう。後はでかぶつがどこまで有効かですが……」
セーファの言葉に、皆の目がこちらを向く。ちなみに、私は過去の実績ありという事で参加させてもらっている。
「ひとあいてにあててためすわけにもいかないの。でも、じっさいにうごかしたのはみなもみたの。やるしかないの!!」
私の叫びに、皆が頷きを返す。
「ならば、予定通り。見回りは密に。斥候は通すな。訓練通りやれば問題ない」
時ここに至った父が静かに指示を出すと、ふわりと熱気が皆から上がる。沸々とした空気の中、そっと父が北を指し示す。
「愚かな襲撃者に、目に物を見せよう。四倍程度、相手にもならんだろう? 動け!!」
叫びと共に、ばらばらと皆が飛び出していく。時は至った。人事は尽くした。後は、天命か。そう思いながら、秋の澄んだ夜空を私は見上げた。




