悪夢
深夜、人気のない裏路地を凛は走っていた。その先には一体の人狼が逃げるように走っていた。
「予定通りの地点まであと少し、後は頼んだよ」
凛が耳に嵌めた通信機で話すと
「オーケイ、後は任せとけ」
突如人狼の目の間に空から人影が降ってくる。人影は着地と同時に目の前の人狼を縦に一刀両断。辺りに血と臓物が撒き散らされる。
「このワンちゃんは手間かけさせてくれちゃってまあ」
「元はと言えばあんたが取り逃がしたのが原因でしょ?」
「結果オーライ結果オーライ、そんじゃ後は処理班に任せて帰るべ」
「あっ待ってよ」
先を歩き出した源治を慌てて追う凛。二人がバイクでその場を去るのを現場から数百メートル離れたビルの屋上から睨みつける影があった。
「葛城・・・源治・・・」
憎らしげにその名を呟けば一陣の風とともにその姿は掻き消える。街は全く気づかないと言ったふうに人々の営みは途切れることはない。
ここから源治と凛の運命の歯車は大きく動き出す。
凛は走っていた。遠くに見える姉の背に向かって走っていた。しかしどれだけ走っても静葉に追いつくことはない。遂には足がもつれその場で転んでしまう。
凛は素早く顔を上げ静葉の方を向く。静葉は足を止めていた。そして凛の方を振り向くと、途端にその姿が血に濡れた姿となる。
「姉さん!!」
凛は立ち上がろうとするが地面に縫い付けられたかのように体が動かない。凛が立ち上がろうともがいていると、静葉の体が血溜まりの中に崩れ落ちる。
「姉さん!姉さん!」
凛は何度も静葉に呼びかける。
「り、凛・・・逃げて・・・。」
静葉は掠れた声で凛に呼びかける。
「嫌だ!姉さんを置いて逃げるなんてできない!」
すると暗がりから静葉の横に誰か現れる。
その正体は右手に血に濡れた刀を持った源治であり、静葉を見下ろしておりその表情はわからない。
「なんで!?なんで姉さんを!?仲間だったんでしょ!」
凛の問いかけに源治は耳を貸さずに手にした刀を振り下ろす。その刃の行き先は静葉の首。
「っ!やめてー!」
そう叫ぶながら天井に手を伸ばす形で目を覚ます。
「はあっ、はあっ・・・夢・・・。」
体を起こすと、かなりうなされていたのか体中が汗で濡れている。
「・・・気持ち悪い。」
汗でべたつく体を気持ち悪いと思えば、汗を流そうとシャワーを浴びようと浴室に向かう。シャワーを浴びながら物思いに耽る。
凛はいまひとつ源治に心を許していなかった。コンビを組んで数ヶ月共に死線を潜り一つ屋根の下で過ごしたことで凛なりに源治を信用しそして尊敬していたがどこか自分と源治の間にわだかまりを感じていた。
その理由はわかっていた。一つは源治のほうが自分に完全に心を開いていないであろうということ。そしてもう一つの理由・・・それは
あれだけの力を持つ源治がなぜみすみす姉を死なせてしまったのか。
凛も頭ではわかっている。自分達がやっているのは命の遣り取りをする稼業であり、死は付きもので、姉を実際に殺したのは怪異であり源治ではないということを。
しかし頭で理解していても感情がそれを否定する。源治の実力なら姉を救えたはずだと、もしかして姉は源治に見殺しにされたのではないのかと。源治を信頼しその実力を尊敬すればするほどにその思いは強くなっていった。その結果が先程の悪夢である。
「姉さん・・・私わからないよ・・・。」
シャワーを浴びながら一人呟く凛。その顔は困惑と疑念に満ちていた。




