119 君に 会いに
「マスコミも一通りの報道をしつくして、すでに落ち着いています。日本国内にヤクザ以外の純日本製の犯罪組織が存在する、それだけで十分センセーショナルですけど、それ以外にもまだ驚くべきことが世界中で毎日起きているんですよ。毎日毎日、それの繰り返しです」
津久田が補足した。
「ファイルの内容から国際手配されていた井和倉キョウが、先日ブラジルで逮捕されました。武石の裁判も本格化しています。彼は専属の弁護士団を八人もそろえて、裁判にのぞんでいますよ。それを伝えたくて」
「そう……」
私は何も言わずにトワを見た。
彼女は笑顔を保ってはいたが、心の中でひとしきり思案しているようだった。視線がまた、どこか遠くへ飛んでいた。
雰囲気を察した君国が口をはさんだ。
「まぁ、そんなことはあんた達には関係がないだろう」
私は彼を見あげた。
「ただ、君たちに会いたかった。ここに来たのは、それだけのことだよ」
彼は少しだけ微笑んでいた。それはこの日にふさわしいだけの量の微笑みだった。
君国は静かに私とトワを見つめて、それからまた目を細めた。
「まるで姉妹みたいだな」
空港内にアナウンスが入る。初めは日本語で、続いて英語で。
搭乗口付近にいた人間が何人かそれに反応して立ち上がる。彼らの顔は、一様に高揚感にあふれていた。
電子掲示板の文字が点滅して、くるくると移り変る。
初めの文字を思いだす人間はいない。だが、次の文字を待ち望む人間が、その掲示板を見あげている。
足元に置いてあったバッグを持ちあげた。あの時よりも少しだけ伸びた髪が、頬にこぼれ落ちた。
「行きます」
トワもバッグを握り締めた。
「あぁ、またいつか」
こだわる風でもなく、君国はさらりと言った。
私もうなづいた。
反響するアナウンスは、やっぱり歌っているようだった。どこかへ旅立つ者を送る歌のようだった。
人工的に清浄された空気が喉に心地いい。床も天井も澄んでいる。
私はひょっこりと頭を下げた。私の周りの空気が、くるくると静かに踊った。
「ありがとうございました」
にっこりと最後にもう一度笑うと、トワはサングラスをかけた。
じれったそうに君国を見やって、津久田は私達に向かって手を振った。小さな津久田がそういうポーズをとると、まるで子供のようにほほえましかった。
私も津久田に手を振った。
「さようなら」
私達は彼らに背を向けて、搭乗口に向かった。