116 エピローグ 自由への出口 そして賛歌を
ガラスで一面覆われた空港のロビーには、多くの人間が行き来していた。
結局、短時間でコーヒーが飲める店はここしかなくて、トワと私は一番隅の席に陣取って、混み合う出発ロビーを避けていた。コーヒーは普通の喫茶店の二倍の値段で、普通の喫茶店の二分の一ほどの味だった。
トワはにこにこして、いつも通り何も喋らなかった。
足元に置かれた小さめのバッグは、彼女らしい品の良さできちっとおさまっていた。小さめのスーツケースは、もうカウンターに預けてしまっていた。
目の前を、土産品を探す人間が行き来している。彼らの足取りは皆はずんでいて、それを目で追っているだけでも心地いい気分になった。
誰も私に目を留めない。皆、通りすぎるだけ。
ざわめきだした搭乗口は、お喋りであふれている。その一言一言は捕えられないけれど、耳に届くそれはまるで歌を歌っているようだ。
空港のこの雰囲気を、私は決して嫌いじゃない。そう思った。
「コトコ、サンドイッチでも食べましょうよ」
トワがマイペースに言う。
彼女は茶色く染めた長い髪に、日本人にはあまり奨励されていない薄い色のサングラスをかけている。知らない人間が見たら、多分、北欧形の血が混じっていると考えるだろう。それに古めかしいバーバリーの薄手のコートを抱えている。
空港というのは不思議な場所で、こういう格好をした彼女がすまして座っていても、まったく違和感がない。きっとここが、今までの自分とはまったく違う場所への入口だからだろう。
私はトワをたしなめた。
「もうすぐ、搭乗手続きの時間なんだから、だめだよ」
「でも、お腹空かない?」
「乗り込めば、すぐに機内食が出るよ」
「機内食って、あまり口に合わないのよね」
「ここのコーヒーこそ、口に合わないと思う」