115 私の答えは…
「君のことを知っている。すべて調べたよ。君がどこから来たのか、何故、僕に近付いたのか」
彼は変わらない口調で言った。
トワは息を飲んだ。菓子の甘ったるい味がのどに詰まった。
「組織のボスから、言われてきたのかな? 僕の部屋を捜索したいから、旅行に連れだせって」
「……」
笑顔が凍りつく。考えていたよりずっと早く自分のことを知られてしまった。もう少し、もう少しと思っていたことが悔やまれた。
彼はちらりとこちらの様子を伺って、しかしそのまま視線を前に戻した。
「僕は君のことが好きだよ。だから、もしなんだったら聞き流してくれても構わないんだけど……」
車は高速に入った。周りがどれだけのスピードをだしても、彼は自分のペースを固持していた。
「一緒に逃げないか? 日本を出よう」
幾台かの車が追い越していく。
トワは沈黙したまま唾を飲み込んだ。
しばらく静けさの余韻だけが残った。
モトキは一瞬こちらを向いたが、トワが何も言わないことを確認すると自嘲的に笑って見せた。
「まぁ、そんなことはどうでもいいことだな。忘れて」
再びの沈黙が車内を満たした。
何と答えればいいのか、自分のボキャブラリー全部を駆使しても今の気持ちは伝えきれないだろうと思った。そうして同時に、自分はその気持ちを言葉にしないだろうことも分かった。ずっと持ち歩いているだけの拳銃のように。
風の音が耳にさわる。肌のひとつひとつに滲み込む沈黙の痛さが、心の中にまで入り込んで心臓を締めつけた。
笑いたいのか泣きたいのか、よくは分からない。
このことを自分は上の人間に報告せねばならない。報告……するのか、自分は?
モトキはいつもの飄々とした顔つきでハンドルを握っていた。静かで緩慢な動作、最近自分の中にも入りはじめた。
トワは視界の隅で、彼の顔を見つめた。
何か言おう、何か言おうと思って開きかけた唇から洩れたのは、結局、小さな吐息だけだった。