114 モトキ
空港に止めてあった車に、二人は乗り込んだ。
荷物は少ない。もともと、二人とも物を持つのが好きなほうではなかったからだ。
「旅行って、終わっちゃうと悲しいものよね」
トワが助手席に乗り込みながら言った。
「準備しているうちが、一番楽しいの」
「そうだね」
運転席に乗り込んだ男、モトキが静かに言った。彼はいつでも静かに喋る、それが彼の本質らしかった。
エンジンをかけて、駐車場から出る。
大通りに出てからも、彼はしばらく何も喋らなかった。
トワは早速、土産の包みを開けて、中の安っぽい菓子をつまんだ。お土産はいくつもあったけれど、最後の最後、空港のロビーで彼女が選んだものだ。
そうして、彼女はにっこりと笑む。
「また行きたいね」
「香港?」
「そう、おもしろいところだったから。ああいうところに住めたら、楽しいだろうね」
「じゃぁ、行こうか? 一緒に」
前を向いたまま、モトキは言った。
菓子をつまむ手を止めて、トワはモトキのほうを見た。何かの冗談の伏線だと思って、少し笑いながら。
「何? 急に」
「香港に。海の向こうのあの島だったら、僕たちもきっと生まれ変われるだろうから」
「モトキ?」
「君のことを知っている。すべて調べたよ。君がどこから来たのか、何故、僕に近付いたのか」
彼は変わらない口調で言った。少しだけ、微笑んでいるようにも思えた。
トワは息を飲んだ。菓子の甘ったるい味がのどに詰まった。