111 ラブレター
津久田が私に駆け寄って、ハンカチを差し出してくれた。私はそれで初めて、殴られた口元から出血していることを知った。しかし、それも夢のようだ。
「川嶋のファイルは?」
津久田が聞いた。
「私が持っています」
トワが言った。ファイルは三年の時を渡って、やっと本来の持ち主のところに渡ったのだ。
「我々に預けていただけますか? それとも、あなたが?」
「防衛庁に提出します。武石が捕まった以上、中埜貿易はもう消滅するでしょうから、私が持っている意味はありません」
「しかし、あなたの仕事の記録も残っているはずだ」
それから君国は私をちらと見た。
トワは首を振った。
それから、しばらくの理由の分からない沈黙と伏し目。
「ファイル……読みました……」
やがて彼女は言った。
海のほうを見つめて。
その頬には、困ったような寂しげな、けれど、鮮やかな微笑み。
「モトキは、彼は……私が特定できるすべての記録を、亡くなる前に消去していたようです。ファイルに小暮ミクの記載はひとつもありませんでした。それに、ファイルが書かれた後に組織に入ったコトコの記録は初めからありません」
「川嶋が……?」
藤堂と津久田は顔を見合わせた。
それから、トワの微笑む横顔を認める。
「分かりました。預かります。公表してもよろしいのですね?」
「はい」
朝日が海を離れた。