110 背中を追う寂しい瞳 穏やかな過去
「コトコちゃんっ!」
「あっちだ! 逃げた!」
何人かの男が、行き過ぎて海のほうへ走っていった。停車していた車も動きだし、海岸線へと出ていく。
ただ二人、くたびれたスーツを着た男が、トワと私のほうへ駆け寄った。
二人とも知っていた。昨日カーチェイスをした相手、兄の同僚の津久田と、上司の君国だった。三年前よりも色が黒く、疲れた顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
津久田は駆け寄ってきて、トワを見た。
トワは茫然とシンヤの逃げた方向を見つめていたが、やがて一度だけ大きく息をつくと、
「大丈夫です」
「コトコちゃんは?」
私は立ち上がって、彼にうなづいた。
「大丈夫です。ありがとうございました」
隣にいたロマンスグレーの君国が渋い声で言った。
「海外から匿名のタレコミが私のところにありましてね。武石は都内の病院で確保しました。……あなたが、トワさん?」
「そうです」
「始めまして。川嶋の上司だった君国です」
君国が手を差し出した。
トワが相変わらずの緩慢な動作でその手を取った。
「おうわさは聞いておりました、モトキから」
「私も聞いていましたよ、川嶋からね」