109 私のこと、好き?
トワは何も言わなかった。銃口を向けられても、目を細めることさえしなかった。
そして、銃口もトワに向かって揺るがなかった。それは真横から降り注ぐ光に当たって、神聖なもののように光った。
静かだ、と感じた。
あまりに静かだ。
パトカーのサイレン、車のエンジン音、波の音、すべてが浄化されて、静かだった。
やがて、シンヤが小さく呟いた。
それは本当に小さく、ささやくような声。
「……トワ、あなたは私のことが好き?」
私はシンヤの顔を見た。何も変わりがない、しかし口調は確かに変わっている。
「大好きよ、シンヤ」
トワも静かに答えた。
シンヤは表情をゆるめた。拳銃を持つ手を緩めた。
車の音がすぐそこに迫っていた。行き過ぎ、戻り、多分私達を捜しているんだろう。津久田さんだろうか。木の陰に、私は小さくマーク2.を確認することができた。
車が広場の入口で止まった。
「トワ、覚えてる? モトキの言葉」
拳銃を完全におろして、シンヤが微笑んだ。それは私が見た中で一番大人びた笑みだった。
車から男が二人おりてくる。木々にまぎれながら駆け込んでくるつもりのようで、スーツ姿のまま、間をとりながらこちらに向かってきた。ひとりが携帯に向かって何かを叫んでいる。
続いて二、三台の車が、その向こうに止まった。複数の男たち。パトカーではない。しかし、それに類する人間たち。
後ろを振り向かず、シンヤだけを見て、トワは尋ねた。
「なに?」
「『海の向こう、あの島で、僕たちはきっと生まれ変われる』」
シンヤはきびすを返すと、海のほうに向かって走りだした。
振り向きざま、私を見て微笑んだような気がしたが、それは気のせいだったのかも知れない。
彼はすぐに公園の奥に消えた。
それは本当に夢のような後ろ姿。