105 愛情と銃声と
「トワが悲しむから? シンヤ、トワのことが好きなのね」
一瞬シンヤは眉をよせたかと思うと、右手の銃身を振り上げて、思いっきり私の側頭部を殴りつけた。私は何が起こったか分からないまま、地面に転がり落ちた。
殴りつけた銃身を私に向けると、
ぱんっ
私の左耳を銃弾がかすめた。すぐに私の左耳は音に麻痺して、聞こえなくなった。朝の公園に比較的大きな音が響いた。サイレンサーを付けてはいなかったようだ。
撃たれたのかと思った。しかし、冷静に体の感覚を取り戻した後、そうではないことを知った。地面に倒された時に腕をすりむいた痛みだけが、生きている感覚を知らせる。
歯を噛み締める間もなかったので、頬の辺りから血が出ているようで、口の中は血の味がしている。飲みこむなという原則を本能的に思い出して、地面につばを吐いた。
すでに失われたもののことも、これから失われるであろもののことも、すべてを本能が自動的に消去して、何も考えられなくなった。
「ほんとにむかつくわ、その態度」
見あげると、こちらに銃を向けたまま、シンヤが私を見下ろしていた。
「モトキとそっくり。あいつも死ぬ時、そう言った。お前もトワを好きなんだろうって。圧倒的有利な立場からそういうこと言われると、ほんとむかつくのよ。死んだ人間にかなうわけないんだから」
「だったら殺さなければ良かったのよ」
銃口が私の左目を見つめていた。暗い穴が朝の光の中でぽっかりと浮き上がっていた。 私は開き直っていたのかも知れない。銃弾が左耳をかすめたことで、恐怖が撃ちつくされて死んでしまったのかも知れない。