9.少女と青年の夢見る風景
呼び出されたカグラは、久しぶりに最上階へと向かっていた。
カグラ、という名の人外は、オーナーたちと一緒の人外種である。
彼も真っ白の肌と白髪で切れ長の瞳は赤い。『人界とを繋ぐ穴』という、人界の物や人が落ちてくる場所の管理をしている人外である。
管理、と言っても最近は人界と繋がるのが年に一度だけ。ほとんど暇を持て余しているのが現状だった。
彼はデッドを心酔している。どうにかして評価を上げたいと思っていたが、オーナーたちが住む最上階へは、基本、呼び出しがなければ訪ねることはできない。
今回呼び出されたことは、カグラにとって喜ばしいことだった。
最上階へ着き、意気揚々とエレベーターから降りると――目の前にヴァルの姿がある。
毅然と立つ格好に不釣り合いな木箱を持っていた。
そもそも、夫人がわざわざ出迎えるなどあり得ないことだ。
カグラは目をぱちくりとさせ、驚きを隠せなかった。
『旦那様からの指示です。この木箱をお前が管理している穴へ置いてきなさい』
抑揚のない声に、ハッと正気に戻される。
『……か、かしこまりました』
受け取った木箱はさほど重くはない。が、突然の命令に戸惑いを隠せなかった。
奥へ通さず、要件をすぐに伝えるとは――よほどこの木箱を処理したいらしい。
『決して中を覗いてはなりません』
カグラに釘を打つように、ヴァルはぴしゃりと言い放った。
冷たく光る赤い眼光は、同じ人外種のカグラでさえも恐ろしい時がある。
『かしこまりました。ですが……近頃は、人界とを繋ぐ穴は年に一度しか繋がっておりません。今、荷物を置かれましても、しばらく放置という形となりますが……よろしいのでしょうか?』
『構いません。むしろ放っておきなさい。お前はいつも通り、穴の管理をしていれば良いのです』
『……かしこまりました。では、主様にご挨拶をしたいのですが……』
『旦那様は挨拶よりも、その木箱を置いてくることを望まれています』
冷たく言い放たれ、カグラはしぶしぶその場を後にした。
◇ ◇
『人界とを繋ぐ穴』は、いつも同じ場所から落ちてくる。落ちてくる、と言っても空に穴が空いているわけではない。
ただその時になると、急に落ちてくるのだ。
落ちてくるヒトを簡単に逃さないよう、クレーターのように地面を広く掘り下げている。これならば、物が落ちても溢れることはなかった。
また、勝手に盗み出されないよう、穴の周りに高い塀を設け、入口には門を設置している。
――が、これらは頻繁に人界と繋がっていた時の名残だ。今はほとんど意味を成していない。
カグラは、そんな寂しげな穴の中心部まで行くと、そこに木箱を置いた。
『こんなものでいいでしょうかねぇ』
一体何が入っているのか。物音一つしない。
荷物にしては軽すぎる気がした。
『……主様は何かの実験でもされているのでしょうかねぇ。気になりますが……無駄な探索はしない方が良いでしょう』
じっと木箱を眺めたが、その場を後にする。命令の背くことは、主への裏切りだ。
ヴァルが言っていたように、いつも通り、穴の傍にいれば良いのだ。今は毎日が平和で、部下たちにも暇を出している。
『……それにしても平和ですねぇ』
門の傍に、カグラ専用の椅子とパラソルを広げている。足を伸ばし、温かな陽気に目を閉じる。
どうにかして主様に気に入られる方法はないものか――そんなことを考えながら眠りについた。
◇ ◇
同じ時、ある人外がホテルデッドを去ろうとしていた。
名をライス。
地下にいたとき、美羽と同じく捕らえられていた人外だった。
何百年か過ぎて、彼は大きく成長していた。
下半身も大きく筋肉質となり、上半身も鍛えれ顔も青年らしく凛々しい顔立ちとなった。
が、ライスはホテルデッドから出て立ち止まると、街へ向かわず、ある場所を目指した。
それは『人界とを繋ぐ穴』だった。
ライスは突然いなくなった美羽のことを、ずっと忘れられずにいた。
もし会えたときのため――ライスは自分が持っている全財産を使って人界の物を集めようと考えている。
少しでも美羽に喜んでもらうためだった。
決意を胸に、上司のカグラがいる『人界とを繋ぐ穴』へと向かう。
穴へ到着すると、門の横で足を伸ばし眠っているカグラがいた。が、不用心に門は開かれたままだった。
起こそうかと思ったライスだったが――何か、穴の方から聞こえた。
カグラを起こすことなく、導かれるように門をくぐる。そして、穴の中を覗き込むと――中心部に何かある。
ライスは背中の翼を羽ばたかせ、その中心部へと降り立った。
足元にさほど大きくもない木箱があった。そこから声が聞こえる。
何か生き物でも閉じ込められているのか――そう思い、ライスは木箱の蓋に手を掛けた。
そこにいたのは――。
『ひ、ヒト……!』
黒髪で、目を泣き腫らした幼いヒトの子だった。
驚くライスの顔を見るや否や、幼子は泣き止んだ。
潤んだくりっと丸い目。じっとライスを見上げている。
「……だぁれ? かーたんととーたん、どこぉ?」
そう言うと顔を歪め、今にも泣き出しそうに目を潤ませる。
『なんでここにヒトの子どもがいるんだ。……お前、どっから来たんだ?』
「?」
言葉がわかるはずもない。幼子は目を潤ませたまま、首を傾げる。
一方、ライスもどうすれば良いものか混乱していた。
木箱の中に、まさかヒトの子どもがいるとは思わない。
今は人界と繋がる時期でもない。どこからやって来たのか不思議でならなかった。
『とにかく……ここは危ねぇから……』
ライスは木箱から幼子を抱き抱えて、翼を広げるとそのまま空へと飛び立った。
が、幼子は抱っこが気に入らないのか、腕の中で足掻き始める。
『た、頼むから暴れるな! 落ちるぞ!』
落ちないよう腕にしっかり抱き上げ、なんとか高度を上げて行く。
しばらく暴れていた幼子だったが、足元に見える町を見るや否やぴたっと止まる。
怖がっているのかと思いきや、段々と頬を緩めていく。
「しゅごい! しゅごい!」
きゃっきゃっ、と嬉しそうに笑い始めた。先ほどまで泣いていた顔とは思えない表情の変化だった。
ライスは半ば呆れつつも、じっとその様子を見つめる。
――泣いたり笑ったり。彼女もそんな風になっているんだろうか。
幼子の笑う顔を見ていると、心が温かくなるようだった。
ライスも自然と頬を緩めた。
『……ひひひっ! よし! お前が大きくなるまで、俺が面倒を見てやる! 再出発はお前と一緒だ!』
ライスの笑う顔を見て、幼子はまた嬉しそうに笑うのだった。
◇ ◇
地区一番の煌びやかな建物として有名な、ホテルデッドと呼ばれる建物がある。
そこのオーナー夫婦は表向きは優秀な人外として広く知られている。
が、その実体は冷酷無比な手腕でのし上がった人外であった。
彼らには秘密がある。
夫婦以外、知る人外は誰もいない。
奴隷として扱うヒトを、子ども――いや、愛玩動物として匿っていること。
自分たちと同じ、白を基調とした肌色と髪質。目元さえ隠せば、同じ人外種そっくりと映るヒト。
彼はポポと名付けられ――しつけという暴力を受け続け、死ぬことさえ許されず、長く生かされ続けていた。
冷凍保存を繰り返すうち、身体はしつけを恐れ、考え方も彼らに近くなってしまった。
従順な愛玩動物――彼は夫婦たちのご機嫌を伺いながら、ひたすら生き続けた。
夫婦が飽きて捨てる日を夢見て、何年何十年と、時を重ねて行く。
けれど、彼はある日、見つけた。
暇つぶしに紛れ込んだ、地下の労働空間。自分とは違う、死を恐れ必死に生きようとする人間たち。
その中に、一人の少女がいた。
彼は、愛らしく笑うその少女に恋をした。
彼と少女は眠る。
少女は、彼と子どもと三人、平和に過ごす日々を夢見ながら――。
彼は、自分の不甲斐なさを呪い、家族が殺されてしまう悪夢を見ながら――。
最後までお読みいただきましてありがとうございました!!
感謝申し上げます<(_ _*)>
非常に暗い内容となってしまいました。ごめんなさい。
実は、私が連載している作品に関連したお話となっていました。
あちらの方も読んでくださっている方には、大変ネタバレな内容でした(;´∀`A
もし、話の続きが気になる方がいらっしゃいましたら、ぜひあちらもお読みください<(_ _*)> 二人の続きが読めますよぉ。
拙い文章にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました!