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1話 退屈な日常と小さな約束

初めて描き始めました。なんだか恥ずかしいですがよかったら見てください。


――ピピピピピピッ。

「…………」

――ピピピピピピッ!

「……うるせぇ」


薄暗い部屋に響く電子音。

布団の中から伸びた一本の手が、枕元に置かれたスマートフォンを探る。


「どこだよ…」


何度か空振りしたあと、ようやく画面に指が触れた。

ピタリと音が止まる。


静寂。

実に素晴らしい。

俺は再び布団の中へ潜り込み、目を閉じた。

温かい。

柔らかい。

そして何より、誰にも邪魔されない。


「……最高だな」


心の底からそう思う。

世の中には、金持ちになりたいとか、偉くなりたいとか、有名になりたいとか、色々な夢を持つ人間がいるらしい。


ご苦労なことだ。

俺には全く理解できない。


金持ちになれば面倒な人間が寄ってきそうだし、偉くなれば責任が増える。有名人なんて、外を歩くだけで他人に見られるんだろう?

パパラッチや文○砲?

冗談じゃない。


俺が求めるものは、もっと単純だ。

好きなときに寝る。

好きなものを食う。

誰にも邪魔されず、好きなことをする。

それだけでいい。


「……ああ、このまま一生寝ていたい」


そんなことを呟きながら、枕に顔を埋める。

だが、残念ながら人間は寝ているだけでは生きられない。

腹は減るし、家賃は発生する。

電気代も水道代も、こちらの都合などお構いなしに請求される。

まったく、世知辛い世の中だ。


「……働かずに生活できる方法、ねぇかな」


もちろん、そんな都合のいい話がないことくらい分かっている。

分かっているが、考えるだけなら自由だろう。

俺は大きく息を吐いた。


さて。

ここで少し頭の運動がてら自己紹介でもしておこう。

俺の名前は、黒影龍太(くろかげ りゅうた)。

年齢は21歳。

職業はしがない警備員。

趣味はゲーム、昼寝、ぼーっとすること。

好きな食べ物は卵かけご飯。これは、至高!

好きな生き物はドラゴンとフレンチブルドッグ。

好きな色は黒。

嫌いなものは仕事、外出、時間に追われること。

そして、人付き合い。


……こうして並べてみると、我ながら面白みのない人間だと思う。


だが、別に困っていない。

友達がいなくても死にはしないし、彼女がいなくても生活はできる。

誰かと一緒にいるより、一人でいる方が気楽だ。


正直言って、何を話せばいいのか考えなくて済むし、相手の機嫌を気にする必要もない。


それに、俺は昔から人と話すのが苦手だった。

正確には、相手の顔を見ながら話すのが苦手だ。

視線が合うと、頭の中が真っ白になる。

言いたいことはある。


だが、それを言葉にする前に、余計なことを考えてしまう。

余計って言うか…まぁ色々だな…

んで、そんなことばかり考えているうちに、何も話せなくなる。


だから俺は、考えたんだよ。

ほら、人間生きてたら会話って必要だろ?

そこで色々試した末に行き着いた策と言うかまぁ、妥協案?は、人前ではサングラスをかけることにしたんだ。


目元を隠すだけで、少しだけ気持ちが楽になるからだ。

……まあ、他人から見れば、ただの怪しい男なんだろうが。


「はぁ……マジかよ」


自分で考えて、少し落ち込んだ。

それにしても。

なぜ俺は、こんな性格になったのだろう。

いや。


理由なんて、最初から分かっている。

俺には、両親がいない。

三歳のとき、交通事故で亡くなった。

当時の記憶は、ほとんど残っていない。

父親の顔も、母親の声も、はっきりとは思い出せない。

ただ、時々夢を見る。

誰かに抱き上げられている夢。

温かい手が頭を撫でてくれる夢。

優しい声で名前を呼ばれる夢。

それが本当の記憶なのか、俺が勝手に作り出した願望なのかは分からない。


目が覚めると、いつも少しだけ胸が苦しくなる。

両親を亡くした俺は、親戚の家に引き取られた。

だが、そこは家族と呼べるような場所ではなかった。


怒鳴り声。

理不尽な暴力。

何をしても否定される毎日。

食事を与えられないことも珍しくなかった。

腹が減ったと言えば怒られ、泣けばさらに怒られる。


だから、いつしか何も言わなくなった。

期待しなければ、裏切られることもない。

欲しいと言わなければ、奪われることもない。

そうやって、自分の気持ちを押し殺すことを覚えた。


特に忘れられないのが、食事だ。

白い米。

生卵。


今ではスーパーで簡単に買えるものだが、あの頃の俺にとっては贅沢品だった。


床に置かれた残飯を食べながら見たテレビで鰹節をかけて卵を落とした白米…なんて言ったかな?竜の瞳だっけ?


腹いっぱい米を食べたい。

できれば卵もかけてみたい。…欲を言えば鰹節も!


そんな小さな願いさえ、当時の俺には叶わなかった。

だからだろう。

今でも卵かけご飯を食べると、妙に幸せな気持ちになる。


他人には理解できないかもしれない。

だが、俺にとっては特別な料理なのだ。


「……朝飯、卵かけご飯にするか」


そんなことを考えながら、布団の中で寝返りを打った。

学校にも居場所がなかった。

友達と呼べる人間は一人もできなかった。


休み時間は、机に突っ伏して寝たふりをするか、窓の外を眺めていた。

誰かに話しかけられることも、ほとんどなかった。

それでも、数少ない楽しみはあった。


テレビで放送されていたアニメだ。

特に忘れられない作品がある。

剣と魔法の世界を舞台にした、ファンタジーアニメ。

その中に登場した一頭の黒龍。


漆黒の鱗。

鋭い角。

巨大な翼。

空を覆い尽くすようなその姿を見た瞬間、俺は息を呑んだ。


『……すげぇ』


幼い俺は、テレビの前で呟いた。

物語の中で、その黒龍は人々から恐れられる存在だった。


主人公たちは力を合わせ、黒龍を倒そうとする。

だが、俺が応援していたのは主人公ではなかった。

黒龍の方だった。

誰にも従わず、誰にも媚びず、自由に空を飛ぶ。

その姿が、どうしようもなく格好よかった。

俺も、あんなふうに自由になりたい。

そう思った。

それからというもの、ドラゴンが登場するゲームや漫画に夢中になった。

ノートに自分だけのドラゴンを描き、能力や生態を考えた。


炎を吐く黒龍。

氷を操る白龍。

雷をまとった青龍。


何時間でも設定を考えていられた。

現実では、何一つ自分の思い通りにならなかった。

だが、想像の中だけは違った。

そこでは、俺が自由に世界を作ることができた。

誰にも怒鳴られない。

誰にも殴られない。


好きなだけ、好きなものを考えていられる。

俺にとってドラゴンは、単なる空想上の生き物ではなかった。

自由の象徴だったのだ。


「……いつか本物を見てみてぇな」


もちろん、そんなものが存在しないことくらい分かっている。


だが、夢を見るくらいは許されるだろう。

十八歳になった俺は、警備会社に就職した。

特別な理由があったわけではない。

未経験でも働けて、学歴もそれほど問われず、何より一人で過ごせる時間が比較的多そうだったからだ。


実際には、思っていたほど楽ではなかった。


長時間立ちっぱなしの日もあれば、面倒な対応を求められることもある。

それでも、親戚の家にいた頃と比べれば天国だった。

自分で働いて稼いだ金。

自分で選んだ食べ物。

誰にも邪魔されない部屋。


初めて一人暮らしを始めた夜のことは、今でも覚えている。

六畳ほどの小さな部屋。

安い布団。

中古の冷蔵庫。

必要最低限の家具しかない空間。

それでも、俺は嬉しかった。

誰にも怒鳴られずに眠れる。

腹が減れば、好きなものを食べられる。


そんな当たり前のことが、涙が出そうになるほど嬉しかった。

あれから二年以上。

俺の生活は、ほとんど変わっていない。

仕事をして、帰って、食べて、寝る。


休日はゲームをするか、ひたすら昼寝。


友人はいない。

彼女もいない。

将来の夢も、特にない。

ただ、静かに暮らせればそれでいい。


……そう思っていた。


――ドンドンドンッ!

「龍太さーん!」


突然、玄関の扉が叩かれた。

「…………」


俺は目を閉じた。

聞こえない。

何も聞こえない。


――ドンドンドンッ!

「龍太さーん! 起きてますかー!」

「……寝てる」


小さく答える。

もちろん、玄関の向こうには聞こえない。


「龍太さーん! 約束忘れてませんよねー!」

「…………」


約束?

何の話だ。

俺は布団の中で眉をひそめた。


――ドンドンドンッ!

「今日ですよー!」

「……?」


そのとき、あることを思い出した。

数日前。


このアパートの大家の娘に、何か約束をさせられたような気がする。


確か……。

ゲーム。

新作。

買い物。


「…………」


俺はゆっくりと目を開けた。


「……マジかよ」


完全に忘れていた。

「龍太さーん! 開けますよー!」

「待て待て待て!」



俺は慌てて布団から飛び起きた。

玄関の鍵は閉まっている。

だが、相手は大家の娘だ。

何をするか分からない。


いや、さすがに勝手に入ってくることはないだろう。

たぶん。


「今行く!」


寝癖だらけの頭を掻きながら、玄関へ向かう。

途中、机の上に置かれたサングラスを手に取った。

これだけは忘れられない。


カチャリ。

サングラスをかけ、扉を開ける。


「おはようございます!」


目の前に立っていたのは、一人の少女だった。

明るい表情。

肩まで伸びた髪。

そして、こちらを見上げる大きな瞳。

彼女の名前は、朝倉日向(あさくらひなた)。

十八歳。

このアパートの大家の娘だ。


日向の両親は、いくつかの賃貸物件を所有している。

いわゆる、少し裕福な家庭というやつだ。

両親は世話好きで、特に一人暮らしの俺のことを何かと気にかけてくれる。

時々、食べ物を差し入れてくれたり、困ったことがないか尋ねてくれたりする。


ありがたい話ではある。

ただし、少々距離が近い。

そして、その性格を最も強く受け継いでいるのが、この日向だった。


「……朝から元気だな」


「もう九時ですよ?」


「……まだ九時だろ」


「今日は約束の日じゃないですか!」


日向は頬を膨らませた。

「まさか忘れてたんですか?」

「…………」


俺は視線を逸らした。


「……覚えてる」


「本当ですか?」


「……ああ」


「じゃあ、今日は何の日ですか?」


「…………」


沈黙。

日向がじっとこちらを見つめる。

俺は頭の中で必死に記憶を探った。

昨夜…

ゲーム。

新作。

買い物。

約束。

確か……。


「……ゲームを買う日」

「正解です!」


日向は嬉しそうに笑った。

「今日は『アヴァロン〜理想郷を求めて〜』の発売日ですよ!」


その名前を聞いた瞬間、俺の眠気が少しだけ吹き飛んだ。


アヴァロン。

最近、ゲーム好きの間で話題になっている新作ゲームだ。


最新のAI技術を搭載した、フルダイブ型のVRMMORPG。


プレイヤーは仮想世界に入り込み、まるで現実のような感覚で冒険できるらしい。

しかも、職業の固定がなく、自由に成長できるという。


そして何より――。


「……ドラゴン」


俺は小さく呟いた。


「はい?」


「……ドラゴンが出るんだよな」


日向は嬉しそうに頷いた。


「あっそれですね?公式映像にも出てましたよ!」


「……黒龍は?」


「それは分かりませんけど……」


「……そうか」


少し残念だった。

だが、ドラゴンが存在するだけでも十分魅力的だ。


俺は以前から、このゲームに興味を持っていた。

もっとも、発売日に買いに行くほど積極的だったかと言われれば、微妙なところだ。

そもそも俺は、外出が嫌いなのだから。


「それで、龍太さん!」


日向が一歩近づいてくる。


「早く準備してください!」


「……今から?」


「今からです!」


「……通販じゃ駄目か?」


「駄目です!」


即答だった。


「今日は一緒に買いに行くって約束したじゃないですか!」


「……そうだったな」


「それに、私も楽しみにしてたんですよ?」


日向は少しだけ寂しそうな顔をした。


「龍太さんと一緒にゲームを始められるの」


「…………」


その表情は反則だと思う。

俺は人付き合いが苦手だ。


誰かと一緒に出かけるなんて、できれば避けたい。

だが、日向には何かと世話になっている。

引っ越してきたばかりの頃、まともに食事を取っていなかった俺に、彼女は何度も差し入れを持ってきてくれた。


最初は正直、迷惑だと思った。

他人に親切にされることに慣れていなかったからだ。

何か裏があるのではないか。

後から何かを要求されるのではないか。

そんなことばかり考えていた。

だけど、俺がきちんと食べているか心配をしてくれていたってはっきり言ってくれたんだよな…何度も…


「……分かったよ」


俺は小さくため息をついた。


「準備するから、ちょっと待ってろ」


日向の顔がぱっと明るくなった。


「はい!」


「……30分時間くれ」


「ダ・メです!10分でお願いします!」


「……マジかよ」


「だって、売り切れちゃうかもしれませんよ?」


「予約してるだろ」


「それでも早く遊びたいじゃないですか!」


まったく、元気な奴だ。

俺はもう一度ため息をついた。

だが、不思議と嫌な気分ではなかった。

10分後。嘘だ…11分後に


「……よし」


鏡の前で、俺は自分の姿を確認した。

黒いシャツ。

黒いズボン。

黒い靴。

黒い上着。

そして、黒いサングラス。

完璧だ。


服装に迷う必要がないのは、黒一色の利点だと思う。

不審者?ま、細かいことは、気にするなよ。


ただ、日向からは以前こう言われたことがある。

『龍太さんって、いつも同じ服着てません?』


失礼な話だ。

ちゃんと別の服を着ている。

全部黒いだけだ。


「……さて」


財布。

スマートフォン。

鍵。

必要なものを確認する。

そして、ふと台所に目を向けた。

冷蔵庫には、卵が入っている。

炊飯器には、昨夜炊いた米が残っているはずだ。


「…………」


腹が減った。

朝飯を食べていない。

今から卵かけご飯を作るか。

いや、日向が待っている。

だが、空腹のまま外出するのは非常によろしくない。


「……どうするか」


俺は真剣に悩んだ。

もちろん、卵かけご飯を食べるかだ。

そのとき。


――コンコン。

「龍太さーん! まだですかー?」

玄関から日向の声がした。


「……だよなぁ」


どうやら、朝飯を食べる時間はなさそうだった。

俺は冷蔵庫を名残惜しく見つめた。


「……帰ったら食うか」


小さく呟き、玄関へ向かう。

扉を開けると、日向が待っていた。


「準備できました?」

「……ああ」

「じゃあ、行きましょう!」


日向は嬉しそうに笑った。

その笑顔を見て、俺は少しだけ不思議な気持ちになった。

誰かと一緒に出かける。

そんなことは、これまでほとんどなかった。

学校でも一人。

仕事でも一人。

休日も一人。

それが当たり前だった。

だから、こうして誰かに待ってもらうことが、少しだけ落ち着かない。


だが。

「……日向」

「はい?」

「……そんなに楽しみなのか?」


日向はきょとんとした。

そして、満面の笑みを浮かべた。


「もちろんです!」


迷いのない返事だった。


「だって、龍太さんと一緒に遊べるんですよ?」

「…………」


俺は思わず視線を逸らした。

こういう真っ直ぐな言葉は苦手だ。

どう返せばいいのか分からない。


「……物好きだな」


ようやく出てきたのは、そんなひねくれた言葉だった。

日向は少しだけ頬を膨らませた。


「もう! そういうところですよ!」

「……悪い」

「でも、いいです」


日向はすぐに笑った。

「龍太さんがそういう人なの、知ってますから」

「…………」


本当に、変わった奴だと思う。

俺みたいな人間と一緒にいて、何が楽しいのだろう。

だが、少なくとも。

彼女と話しているときだけは、なぜか、他人と接するときのような息苦しさを感じなかった。

もちろん、サングラスは外せないが以前よりはずっと自然に話せるようになっていた。


「じゃあ、行きましょう!」


部屋を出て。

俺は部屋の鍵を閉めた。

カチャリ。

小さな音が、静かな廊下に響く。

振り返ると、見慣れた玄関の扉があった。

俺が初めて手に入れた、自分だけの居場所。

誰にも怒鳴られず、誰にも殴られず、安心して眠れる場所。


その扉を閉めることに、以前は少しだけ不安を感じていた。


外の世界は、何が起こるか分からない。

人と関われば、傷つくこともある。

だから、できるだけ部屋に閉じこもっていたかった。


だが今日は。

「龍太さーん!」


階段の方から日向が手を振っていた。

「早く行きますよー!」

「……分かってる」


俺は小さく息を吐いた。

まあ、たまにはいいか。

誰かと一緒に出かけるのも。

それに、今日は特別な日だ。

ずっと楽しみにしていたゲームの発売日。

自由に冒険できる世界。

もしかしたら、あのアニメで見た黒龍のような存在にも出会えるかもしれない。

そう考えると、少しだけ胸が高鳴った。


「……アヴァロン、か」


理想郷を求めて。

随分と大げさな名前だ。

だが、悪くない。


俺にとっての理想郷は、誰にも邪魔されず、好きなことをして暮らせる場所だ。


果たして、そのゲームの中にはそんな場所があるのだろうか。


「龍太さん?」


日向が首を傾げる。

「どうしました?」

「……いや」


俺は小さく首を振った。

「何でもない」

「そうですか?」

「ああ」


日向はにっこり笑った。


「じゃあ、行きましょう!」


俺は頷き、彼女の隣に並んだ。

秋の風が、二人の間を吹き抜ける。


空は青く、雲はゆっくりと流れていた。

いつもと変わらない休日。

いつもと変わらない街並み。


ただ一つ違うのは、俺が一人ではないということ。

そして、今日から始めるゲームが、俺の人生を大きく変えることになるなんて。

このときの俺は、まだ知る由もなかった。


隣の日向は楽しそうに笑っていた。

それを横目に俺は少しだけ口元を緩める。


そして二人は、アパートの敷地を出て、駅へと続く道を歩き始めた。


――これが、物語の始まりだった。

第一話「退屈な日常と小さな約束」完

次回「理想郷への招待」――ゲームショップへ向かった龍太と日向。そこで二人は、世界中が注目する新作VRMMORPG『アヴァロン』を手にする。デュエルスタンバイ

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