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番外編 03.七股してそうとか思ってごめんね

 ラルフと一緒に朝ご飯を食べて、それぞれの仕事へ出かけて、夜になったら同じ家へ帰ってイチャイチャする。そんな新婚生活は楽しい。

 従者だった頃も毎日のように一緒にいたけど、今は私たちの家で、私たちの生活を送ってる。


 そして、最近のキャロル家には、とびきり可愛い家族が増えました。


 トリスタン兄様とブレンダ姉様の第一子、女の子です!

 これがもう、姉様に似た美人さんなの~。


 ちっちゃなお手々に、ちんまいあんよ。お顔はふくふくしていて、眠っているときなんて天使そのもの。

 先日は私の目の前でくしゃみをしたんだけど、両手を持ち上げて、顔をくちゃくちゃにして、全身で「ふぇっくしゅん!」。

 あんな小さな体を総動員してくしゃみをするなんて感動だよ~。


 あのクソ真面目な兄様が、赤ちゃんを抱っこしてデレデレしている姿は、何度見ても面白……じゃなくて、微笑ましい。


 そんな幸せいっぱいのキャロル家ですが、本日は私も幸せな予定がございます。


 非番のラルフと、ご飯デートなのだ!


 目当ては、最近ハイモア港で評判になっている蟹パスタ。

 新鮮な蟹の身をたっぷり使った濃厚なソースが絶品らしく、レナから話を聞いて以来、ずっと食べたかったんだよね。

 しかも今日は、ラルフが予約してくれたの。

 朝ご飯のパンを一つ減らしたから大盛りにしても問題ナッシング。お胸に栄養を送るのです。


「ね、ラルフ。ちょっと商会に寄ってもいい?」


 市場へ続く道を歩きながら、繋いでいた手を引いた。


「ゴードンに海老のお菓子の提案書を渡したいの」

「あ~あれか。はいはい」


 ◇


 ミドルトン商会が見えてきたところで、入口の前に女の人が立っているのに気づいた。

 薄茶色の外套を羽織った、細身の女性である。


 最初は商会へ用事がある人だと思ったんだけど、どうも様子がおかしい。扉へ近づいては足を止め、しばらくしてまた一歩下がる。入ろうかどうしようか、ずっと迷っているみたい。

 しかも、ずいぶん痩せている。外套が体に合っていないのか、肩のあたりが余っているし、頬もこけていた。

 年齢は姉様よりちょっと上かな?

 顔色が悪くて、ひどく疲れているように見える。


「ね、あの人、具合が悪いのかなあ」

「どうだろうな。……ああ、ゴードンが出てきた」


 ラルフが言ったので顔を向けると、商会の扉が開いて、ゴードンが姿を現した。


 ゴードンは女性を見るなり、勢いよく駆け寄り、何かを確かめるように顔を覗き込んだ。


「アネット!」


 女性が顔を上げる。


 ゴードンは両肩へ手を置いたまま、信じられないものを見るように彼女を見つめていた。

 いつもの余裕たっぷりな態度はどこへやら。ずいぶん必死な様子で何かを話しかけている。

 すると、女性の顔がくしゃっと歪んだ。

 泣き出してしまったのである。


「……女の人泣かせてる」

「こら、そういう言い方しない」

「だってゴードン、七股してそうな顔じゃん。そういう噂もあるしさあ」

「顔は関係ないだろ。あいつ、商会の仕事で毎日忙しいんだぞ。七股する時間があると思うか? 噂は噂だ」


 ラルフが呆れたように言う。


 私が知らないところで、いつの間にそんなに仲良くなったの?


 聞こうとしたところで、目の前のゴードンが女性を抱き締めた。


 わお。


 ゴードンは背の高い体をかがめ、女性の頭を自分の肩へ寄せていた。女性はゴードンの上着をぎゅっと握り、声を上げて泣いている。

 ゴードンったら、あんなに綺麗な女性を抱き締めているのに、全然いやらしい感じがしない。

 背中を何度も撫で、顔を寄せて何かを話しかけている様子は、泣きじゃくる子どもを一生懸命慰めているみたい。


「あの人、ゴードンの恋人なのかな」

「さあな。でも、今は二人にしてやろう」


 ゴードンは女性の背中へ腕を回したまま、商会の中へ連れていった。

 扉が閉まるまで、女性はずっと彼の上着を握っていた。


 あんなゴードン、初めて見たなあ。


「うん。提案書は明日にする」

「そうだな。今日は食事に行こう」


 私は頷き、ラルフと再び手を繋いだ。


 ◇


 翌日、提案書を持って商会へ行くと、ゴードンの姿はなかった。

 代わりに応対してくれたレナは、私が昨日も立ち寄ろうとしていたことを知って、申し訳なさそうに頭を下げた。


「失礼しました」

「ううん、いいの。それより、昨日の女の人は大丈夫だった?」


 尋ねると、レナは驚いたように私を見た。


「……ご覧になったんですか?」

「うん。ゴードンが抱き締めてたから、恋人さんなのかなって思ったんだけど……」

「アネットさんという方です。兄の幼馴染で、私も子どもの頃からよく知っています」

「幼馴染?」

「はい。長い間ハイモアを離れていたんですが、昨日帰ってこられたんです」


 へえ、ゴードンの幼馴染かあ。

 それなら、あんなに必死だったのも分かる……のかな?


「アネットさん、これからハイモアに住むの?」

「はい。しばらくは兄が面倒を見るそうです」

「そうなんだ。よかったねえ」


 何があったのかは分からないけど、アネットさんが早く元気になるといいなあ。


 ◇


 それから数日後、私は市場でゴードンとアネットさんを見かけた。


 ゴードンは片手に買い物籠を持ち、アネットさんと並んで果物屋さんの前に立っている。

 アネットさんは先日より顔色がよくなっていたけど、まだずいぶん痩せていた。今日は淡い青色のワンピースを着ていて、腰のあたりが余っているのが分かる。


 ゴードンが林檎を一つ持ち上げ、彼女へ何かを尋ねた。

 アネットさんは首を振ったものの、彼が別の果物を示すと、今度は小さく頷いた。

 それを見たゴードンが嬉しそうに笑う。


 買い物を終えると、ゴードンはアネットさんの歩幅に合わせて、のんびり歩き始めた。

 彼女が店先の花を眺めれば、ゴードンも足を止める。アネットさんが何か話せば、きちんと顔を向けて聞いている。

 あんなに忙しいのに、急ぐ様子が全然ない。


 ◇


 さらに数日後、港へ続く坂道で、二人を見かけた。


 ゴードンがアネットさんへ花束を渡していたのである。


 しかも、真っ赤な薔薇!

 イメージすぎる!


 アネットさんは目を丸くしていたけど、受け取ると、花を眺めながら笑った。ゴードンも嬉しそうだった。


 その後も、食事処や港で二人を見かけた。アネットさんは会うたびに元気になって、声を上げて笑うことも増えた。

 ゴードンはというと、仕事を早く切り上げて彼女と過ごしているらしい。レナに聞いたら、仕事は全部片付けてから帰っているそう。


 ……七股なんてする時間、どこにもないね。


 ◇


 ゴードンとアネットさんの詳しい事情を知ったのは、それからしばらく経ってからのことである。


 レナとお茶を飲んでいたとき、何気なくアネットさんの話になった。


「そういえば、アネットさん、最近すっごく元気そうだよね」

「はい。兄も喜んでいます」

「ゴードン、アネットさんのこと好きなの?」


 思い切って聞いてみると、レナはあっさり頷いた。


「兄は昔からアネットさん一筋です」

「昔からって、いつから?」

「子どもの頃からです。私が物心ついた頃には、もう二人とも仲がよかったですね」


 なんと!


 アネットさんは明るくて、いつもにこにこ笑っている、おおらかな女の子だったんだって。

 今よりずっとふっくらしていて、頬も柔らかそうで、レナも小さい頃はよく抱っこしてもらったそうだ。

 ゴードンとは幼い頃から仲がよく、将来は結婚するんだろうなあと周りから思われていたらしい。


「……ええ? じゃあ、どうしてアネットさんは、別の人と結婚しちゃったの?」


 私が尋ねると、レナの顔から笑みが消えた。


「……いろいろあったんです」


 そこから聞いた話は、私が想像していたよりもずっとひどかった。


 アネットさんは十七歳の頃、隣領の裕福なキンモント商家へ嫁いだそうだ。

 お相手は商会を営む家の三男坊。


 貧しい家の娘が裕福な男性に見初められて結婚するなんて、恋愛小説なら、ここから幸せな生活が始まりそうなものだけど、現実はそうではなかった。


 アネットさんのお父さんは、漁の仕事で指を失ってしまったらしい。

 もちろん、大変な怪我だったと思う。

 だけど、お父さんは怪我が治ってからも働こうとせず、自分はもう何もできないと嘆くばかり。お母さんもそんな夫に愛想を尽かしながら、生活を立て直す気力をなくしてしまったんだって。

 それで、アネットさんが酒場で働いて、家計を支えていたそうだ。

 しかもご両親は、自分たちは病気だから働けないと言い張り、薬代まで娘に頼っていたらしい。


 私は話を聞きながら、だんだん腹が立ってきた。


 そんなアネットさんが働いていた酒場へ、例の商家の三男坊がやって来たのである。

 アネットさんを気に入った三男坊は、結婚すれば両親の薬代も生活費も負担すると言ったらしい。

 すると、ご両親は大喜び。

 娘に向かって、自分たちのために結婚してほしいと頼み込んだそうだ。


「……それって、アネットさんは結婚したくなかったんでしょう?」

「はい。兄のことが好きでしたから」


 レナが答える。


 両想いだったの?


「でも、アネットさんはご両親を見捨てられなかったんです。自分が結婚すれば、二人が助かると思って……」


 そうして、アネットさんは三男坊との結婚を了承した。

 ハイモアを離れて、隣領へ嫁いだのである。


 だけど、結婚生活は最初からつらいものだったらしい。


 夫は浮気三昧。

 姑さんは、酒場で働いていた女が息子をたぶらかしたと言って、アネットさんに意地悪ばかり。


 ちょっと待ってよ。息子さんのほうが結婚を申し込んだんでしょう?

 本当に意味が分からない。


 さらに、アネットさんは子どもができなかったことで、夫と姑さんから責められていたそうだ。

 でも、子どもって一人で作れるものじゃないよね?

 それをアネットさんだけのせいにするなんて、ひどすぎる。


「……離縁はできなかったの?」

「何度も考えたそうですが、ご両親の生活がかかっていましたから」


 アネットさんは、ずっと我慢していた。それが、およそ十年。


 そんなに長い間、好きな人とも離れて、ひどい扱いを受け続けていたなんて。


 聞いているだけで、涙が出そう。

 というか半分泣いてる。


 結局、ご両親は亡くなり、夫の浮気相手が妊娠したことで、アネットさんは離縁されたそうだ。

 自分は散々浮気しておいて、別の女性に子どもができたから妻を追い出すの?

 あまりにも身勝手じゃない?


「……最低だね、その三男坊」

「私もそう思います」

 レナがきっぱり言う。


 そんな家から離れられたのはよかったと思う。


「……それで、ハイモアへ帰ってきたの?」

「はい。でも、アネットさんは……」


 レナは言いかけて、言葉を止めた。何だろう。顔色が悪い。


「……どうしたの?」

「アネットさん、故郷の海で命を絶つつもりだったそうです」


 私は返事ができなかった。


「……でも、最後にもう一度だけ、兄の姿を見たかったそうなんです。兄が元気でいるところを、ひと目見てから……と」


 アネットさんは、結婚する前にゴードンから手紙をもらっていたそうだ。

 その手紙を、十年間ずっと大切に持っていたんだって。

 つらいことがあっても、ゴードンからの手紙を読めば、もう一日頑張ろうと思えたらしい。


「何て書いてあったの?」

「私も知りません。兄もアネットさんも、教えてくれないんです」

「そっかあ……」


 十年もアネットさんを支えていた手紙なんだもん。きっと、二人にとって大切な言葉が書いてあったんだろうなあ。

 アネットさんは、ゴードンに声をかけるつもりはなかったらしい。

 商会の前まで行って、彼が元気で働いている姿をこっそり見られたら、そのまま立ち去るつもりだったそうだ。


 ところが、ちょうど商会から出てきたゴードンが、彼女を見つけてしまった。


「……ゴードン、見つけてくれてよかったね」


「本当に。兄も、もう二度とアネットさんを離したくないと言っています」

 レナはそう言って、笑った。

「最近は、毎日アネットさんに好きだと伝えているそうですよ」


「毎日?」

「はい。結婚してほしいとも言っているらしくて」

「アネットさんの返事は?」

「まだ返事はしていないそうです。兄も、急かすつもりはないと言っています」

「そっかあ」


 ◇


 そうそう。ゴードンがアネットさんの元夫と姑さんに「めっ!」ってした話をしよう。


 ある日、お母様とブレンダ姉様がお茶を飲んでいるところへ遊びに行ったら、二人から聞かされたのである。


「ゴードンさんがね、私たちに頭を下げに来たのよ」

「えっ、ゴードンが? 何かあったの?」

「アネットさんを十年も苦しめた人たちに、責任を取らせたいんですって」


 なんと、ゴードンったら、そんなことをしていたのか。


 アネットさんの了承を得て、離縁の書類を調べたり、商家を辞めた人たちから話を聞いたりしてたそうなの。


 離縁の際に渡すと約束されていたお金が、アネットさんには一銭も支払われていなかったことが分かったそうだ。


 十年もひどい扱いをして、最後はお金も渡さず追い出したってこと? ひど!


 お母様と姉様は、ゴードンが集めた書類と証言を確認したうえで、キンモント商会の主な取引先に事情を伝え、商会長にも話を通したんだって。


 当然、元夫の浮気や姑さんの仕打ちも知られることになった。

 結果、三男坊は商会の仕事を取り上げられ、遊び歩くためにもらっていたお金も打ち切られたそうだ。

 姑さんも取引先の奥方たちから相手にされなくなり、集まりへの招待が来なくなったらしい。

 おまけに、商会長が、元夫にアネットさんへの未払いのお金を全額支払わせた。


 ふっふっふ。いい気味ですな!


 十年間も好き勝手してきたんだから、これくらい当然でしょ。


 それにしても、ゴードンが自分で証拠を集めたうえに、お母様と姉様にまで頭を下げていたなんて。

 あの人、いつも余裕たっぷりに笑っているけど、怒らせたら怖いんだねえ。


 ……まあ、お母様とブレンダ姉様も、怒らせたら相当怖いということが分かりました。

 私も気をつけようっと。


 ◇


 それから、季節が変わる頃。

 ゴードンとアネットさんが結婚することになりました!


 いやあ、驚いた。だって、レナから話を聞いてから、そんなに経っていなかったしさ。

 レナによると、アネットさんのほうから、もう一度ゴードンと一緒に生きていきたいと言ったそうだ。

 それを聞いたゴードンが大喜びして、すぐに結婚の準備を始めたそう。

 十年も待っていたんだもん。そりゃあ嬉しいよね。



 結婚式の日、アネットさんは見違えるほど綺麗だったなあ。

 頬には色が戻って、以前よりふっくらして、柔らかそうな雰囲気になっていた。


 ゴードンと目が合うたびに嬉しそうに笑うアネットさんが、商会の前で泣いていた人と同じだなんて信じられない。


 ゴードンも幸せそう。いつもの七股してそうな顔で……いや、違う違う。世界で一番幸せな花婿さんの顔、ね。


 ゴードン、七股してそうな顔だなんて思って、ごめんね。


 アネットさんを大切にして、二人でいっぱい幸せになってね。




【番外編 03 完】

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