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宵越しのレベルは持たない ~サキュバスになった彼女にレベルを吸われ続けるので、今日もダンジョンでレベルを上げる~  作者: パンダプリン


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第47話 君のための制裁

 ワームの体が黒い煙となって消えかけていく。

 宝箱はやっぱり現れない。こんなに強い魔獣を倒してもだめなのか。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、俺はこの場にいないはずの探索者たちから目を離さずにいた。


「なにかようですか?」


「いやあ? お前らが危ない目にあってないか見にきてやったんだよ」


「そうそう、あんなの相手にして疲れたでしょ? なんなら入り口まで送ってあげるわよ?」


 なんだろう。言ってることは親切な探索者のようだけど、心にもないというか、注意は別に向いているように感じる。

 俺たちではなく、まだ消えかけているワームの死骸のほうを気にしている……?


「帰った方がいいぞ。そっちの坊主と嬢ちゃんはもう魔力がないんだろ?」


 様子が少し気になるが、この男の言うことも正しい。

 あのワームを倒すために、大地も夢子もすでに魔力を使い切っている。

 これ以上の探索は危険だろうし、一度引き返すべきだな。


 しかし、あれだけ苦戦したのだから宝箱の一つでも落とせばいいのに。

 そう思いながら、ようやく消滅したらしいワームがいた場所を見つめる。

 ……なんだあれ?


「魔法の結晶か?」


「……ああ、そういや落としちまったかもしれねえ。悪いなわざわざ見つけてもらって」


「ちょっと待ってください! それって、あのワームがドロップしたものじゃないんですか!? なら、私たちの物のはずですよ!」


 シェリルの主張はもっともだ。

 しかし、魔獣が魔法の結晶だけをドロップするなんて聞いたことがない。

 そもそも魔獣からのドロップするものって、すべて一度宝箱として変換されるものだろ。


 砂ぼこりの中から出てきたからか、なんだかその魔法の結晶は古ぼけたものに見えた。

 そして、なによりも結晶に付着している、黒ずんだ赤い跡って……。


「なんか、やけに古そうというか……あれは、血か?」


 俺が呟いた瞬間に、探索者たちは顔色を変えて俺を睨んだ。


「もしかして、前にあのワームに食われた犠牲者の持ち物とか?」


 それにしたって消化とかされないんだろうか?

 ……いや、前に見たことあるかもしれない。魔法の結晶は頑丈だから大丈夫みたいな書き込みを。

 てっきり冗談かと思っていたけど、あの情報は本当だった?


 それにしたって、この探索者たちが今にも襲いかかってきそうな理由がわからない。

 まさか、相当の値打ちがある魔法の結晶ということだろうか。


「そうか、見ちまったもんはしょうがない。あれは俺たちがもらう。このまま大人しく帰るなら、安全は保障してやる」


「物騒だな。いくらダンジョンの中とはいえ、人に襲いかかるなんて許されるはずがないだろ」


 ダンジョン内部でのできごとは、受付さんか管理人さんが監視している。

 プライバシーや探索者の情報への配慮か、あくまでも映像のみだけど、探索者が予期せぬ事態に陥ったかどうかは判断できる。

 身の丈に合わない魔獣に挑んで敗れるような自己責任のような出来事ならともかく、他の探索者に襲われるなんてダンジョンを管理する者たちが黙って見過ごすはずがない。


「それは、このダンジョンを監視してるやつがいたらの話だろ」


「まさか……受付さんを」


 ダンジョンを監視するのは、管理人さんか受付さんだ。

 そして、こいつらが管理人さん相手にどうにかできるとは思えない。

 となると、消去法で受付さんがなにか危害を加えられたということか……!

 毎日休憩所にいたのは、受付さんだけで監視する日を調べるためだったということだろう。


「ねえ、面倒だよ。幸いこいつらはあのワームのおかげで弱り切ってるじゃん。殺しちゃおう」


 だめだ。これ以上ここにいるわけにはいかない。


「みんな! 帰還の結晶を使え!」


 こいつらが受付さんに危害を加えているというのなら、ダンジョンの転移先には誰もいないだろう。

 だけど、少なくともこいつらも帰還の結晶を使ったとしても、追いかけてくるまでにわずかな時間がある。

 外に出て助けを求めることさえできれば……。


「せ、先生! 結晶が使えません!」


「なんで!?」


「……魔力が霧散させられているみたいね。驚いたわ、そんな高度な魔力操作ができるなんて」


 そんなことは想定外だ。たしかに魔獣なら帰還の結晶の発動を邪魔するなんてしてこない。

 だけど、相手は人間だった。ダンジョンから逃げる方法を考えていないはずがないか!

 しかたない……。本当にこれだけは嫌だったけど、これ以外の手段がない。


「ごめん」


「ほう、諦めたか。ならせめて楽に殺してやる」


「紫杏。助けてくれ」


 本当に情けない。こんなことで紫杏を頼るしかないなんて。


「おっけ~」


「は?」


 探索者の男はきっとなにが起こったか理解できなかった。

 その前に、紫杏が遥か彼方まで殴り飛ばしたからだ。

 このダンジョンの足場が砂地だったのは、男にとって幸運だっただろうな。


「ちょっと! な、何してんのよ! こんな【初級】上がりの死にぞこないに!」


「善はね、なるべく私に頼らずに強くなろうとしていたの。かっこいいよね?」


 女が殴り飛ばされる。これもまた一撃でだ。

 気の毒なことに、顔面に拳がめり込んでいた。

 さすがに死んではいないようだが、それでも治療士が必要なほどの大怪我は免れていないだろう。


「うそ、こんなの……待って、待って! 待っ」


「そんな善の想いを踏みにじるなんて、許すわけないでしょ」


 最後の一人もたったの一撃だった。

 人間が軽々と高く遠くまで飛んでいく。あの連中もそんな弱いやつらじゃなかっただろう。

 だけど、サキュバス化して、俺のレベルを吸い続けた紫杏の身体能力には抗うこともできなかった。


「まったく、気持ち悪い……」


「結局、紫杏を頼ることになっちゃったな……」


「もっと頼っていいんだけどねえ。私は善を守れてうれしかったよ?」


 そう言われると何も返せない。

 俺は紫杏に頼ることなく異世界に行くための実力をつけたいし、紫杏は俺をすべての危険から守りたい。

 これまでのダンジョンの探索でも、紫杏はきっと我慢してくれていたことだろう。

 それでも、俺の我儘に付き合ってくれて、ぎりぎりまで戦いには参加しないでいてくれた。

 彼女が心配しなくてすむほど、強くなりたいな……。


「……言っておくけど、僕たちはもうパーティなんだから、みんなで強くなるんだよ」


「どうせ善のことだから、大好きな紫杏を守ってあげたいなんて考えているんでしょ」


「えっ! 私のことが好きで好きでどうしようもないって!? 聞いた? シェリル!」


「あ、あの……私の耳には聞こえなかったのですが……」


 紫杏を除いてみんなボロボロだ。

 だけど、不思議と嫌な気持ちではない。

 大地の言うとおりだな。みんなで強くならないと。


「とりあえず、今は帰還の結晶で帰るか」


 こんな満身創痍の状態では、普通のワームの相手さえ危険かもしれない。

 念のために俺たちは帰還の結晶を使用して、ダンジョンの入り口のほうまで戻ることにした。


「先生! 例の魔法の結晶も、ちゃんと持ち帰らないと!」


 ああ、そうだった。命を狙われるほどの魔法の結晶だ。

 こんな場所に放置しておくと、なんだか面倒なことになりそうだし、回収しておくか。

 そう思い、魔法の結晶に手を伸ばすと、周囲にいた仲間たちは次々と姿を消していった。

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