第48話 流れ着いたボトルメール
「帰還の結晶……まだ使ってなかったはずだよな」
「うん。でもみんないなくなっちゃった」
その場には俺と紫杏の二人だけが残っている。
他の三人だけが、まるで帰還の結晶を使ったときのように転移してしまった。
「むしろ、なぜお前らは残っている」
誰もいなくなったはずなのに聞こえてきた、新たな探索者の声。
いや、この声は探索者じゃない。俺たちもこの声の持ち主を知っている。
だから、俺はスキルによる治療を開始しながら、後ろを振り返り尋ねた。
「なんで、ここにいるんですか? 管理人さん」
「あいつらから逃げるときに使った帰還の結晶の効果を流用したはずだ。なぜお前らは帰還していない」
会話する気はないということか。
この様子だと、残念ながら管理人さんが俺たちを助けに来たというわけではないようだ。
「そのせいで、お前たちをここで始末しなくてはいけなくなった」
俺も少しは魔法を使えるのでわかる。
管理人は魔力を練ってなんらかの魔法を構築しようとしている。
さっきの言葉を踏まえるに、俺たちにとってろくでもない魔法であることは間違いないだろう。
「させるか!」
かろうじて動かせる手を振り、斬撃を飛ばして魔法の中断を試みる。
なんだかいつもより色が濃いというか、くっきりとした斬撃が発生するが、管理人は当たる直前に横に跳んだ。
「今のは……まさか斬撃か? 新人上がりのくせに斬撃まで使えるのか。いや、そもそもなんだその規格外の斬撃は……だが残念だったな。いくら馬鹿げた威力と範囲でも当たらなければ意味はない」
やっぱり対人ではやりにくい。
インプのように突貫してこないし、コボルトのようにこちらの攻撃を見てからでなく、腕の動きで事前に行動を察知されて避けられる。
それだけこの管理人が戦いなれているということだろう。
当然だ。ダンジョンを管理するほどの実力を持ち合わせているのだから。
「時間をかけるつもりはないぞ」
先のやり取り中にも構築していたらしく魔法が完成してしまう。
発動されたその魔法は、黒く巨大なスライムのようになって俺を呑み込もうと向かってくる。
「善!」
回復術を使い続けているのにちっとも回復していないせいで、体はまだろくに動ける状態ではない。
広範囲の魔法攻撃を回避することはできず、せめて攻撃に備えて防御姿勢をとるが、俺を守るように紫杏が立ちはだかった。
「その男がずいぶんと大切なようだな。身代わりになるというのなら、こちらも楽ができる」
こいつ、そのためにあえて俺を狙ったのか。
紫杏は結界術も間に合わずに、管理人の魔法をもろに受けてしまう。
「紫杏! 大丈夫か!」
「安心しろ。今の魔法は動きを封じるだけの魔法だ。その女をやるのはこれからだ」
くそっ、なんでこんなにも回復が遅いんだ。
「それといい加減その無駄な回復術はやめろ。いちいち妨害するのも面倒だ」
妨害? そういえば、あの探索者たちから逃げるために使用した帰還の結晶。夢子は魔力が霧散していると驚いていた。
てっきりあの探索者のうちの誰かのしわざかと思っていたが、こいつが陰で邪魔していたってわけか。
「管理人になるほどの実力なら、そのくらいの魔力操作わけないってことか」
「いや、これは俺だからこそできる。他のやつらにはここまで繊細な魔力操作の技術はない。……だというのに、どいつもこいつも見た目が派手なだけの武器術や魔法ばかりを持ち上げる馬鹿ばかりだ!」
なんか変なスイッチを入れてしまった気がする。
もしかして、派手な戦い方ができないからコンプレックスでも抱えているんだろうか。
「まあいい。俺の実力を正しく評価できない馬鹿どもなんて知ったことか」
管理人が紫杏に近づく。紫杏の周囲はいまだ黒いモヤが纏っていて、先ほどの魔法はまだ健在のようだ。
斬撃で……いや、紫杏に当たってしまう。
魔法も無理だ。こいつが帰還の結晶の発動すら妨害したというのなら、俺の魔法程度簡単に掻き消せるということになる。
なら、せめて俺が盾になって紫杏を守ろう。
動きが鈍い体に無理やり命令して、紫杏を抱きしめて管理人から隠す。
我ながら情けない。こんなことしかできないなんて。
「くだらん。そんなことしたところで……」
「え~と……人がいるからそういうのは後でね?」
恥ずかしそうな紫杏が俺の鼻に指をチョンと当てた。
あれ、動けるじゃん。
「あいつも倒しちゃっていいんだよね?」
「え、ああ。倒せるなら倒していいけど……」
もしかして、紫杏は動けないんじゃなくて、動いていないだけだった?
一応ダンジョンの管理人という偉い存在が相手なので、勝手に行動せずにいただけなのか?
……どうやら、恥ずかしい勘違いをして勝手に盛り上がってしまっていたようだ。
「なぜ効かない。お前の動きは封じたはずだ」
「とりあえず、殴るね?」
「ま、待て! お前ごとき……ぶへえっ!」
喋りながら殴られたので舌を噛んだせいか、吹っ飛んでいく管理人は口から血を噴出していた。
すごいな、本当に倒せるのか。というかあの探索者たちと同じく一発なのか。
「終わったよ~」
「あ、ああ……助かったよ。ありがとう紫杏」
「いやあ、なんせ私のこと大好きな善のためですから! 嬉しかったなあ。あんなにボロボロだったのに、私に抱きついてくれるなんて」
そのことは蒸し返さないでくれる?
「でも、それほど溜まっちゃってたんだね。今日はたくさん相手してあげる!」
「いや、そうじゃなくて……」
まあ、いいか。
今日は散々紫杏の世話になったことだし、たまにはこいつの好きにさせてやろう。
「夜になったらな」
「……うん! いっぱい吸ってあげるね!」
わりと死ぬような目にあったはずなんだけど、紫杏にとっては普段のダンジョン探索の延長でしかなかったんだろうなあ……。
いつもどおりのニコニコと笑っている顔を見ると、安心しつつも力が抜けてしまった。
◇
「そうだ。魔法の結晶」
あの探索者と管理人は手を組んでいたと思っていいだろう。
そんな連中が、俺たちを殺そうとしてまで奪おうとした魔法の結晶。
さすがにそれを放置するわけにもいかないし、内容を確かめておきたい。
「これ、映像記録の魔法結晶だな」
手にした瞬間に、頭の中になんとなくその魔法の概要のようなものが流れてくる。
別に何の変哲もない、映像を記録するための魔法が込められた結晶だ。
ただし、その結晶には遠目で見たとおり古い血の跡が付着している。
「なんだか、厄介な事件に関わりがありそうな気しかしないな。これ……」
「見てみる?」
「そうだな。中身を確認しないことには、これをどうするかも決められないし」
俺は紫杏と一緒に映像魔法を再生した。
空中に魔力で構築された三次元の記録が映し出され、傷だらけの男が目の前に現れる。
『……だめそうだな。ワームに食われる前に告発する。俺たちを殺そうとしたのは、このダンジョンの管理人の樋道だ』
ほら、厄ネタなんてものじゃない。
さっきの管理人が人を殺したという証拠じゃないか……。
『あいつは、ガラの悪い探索者たちと手を組んで、このダンジョンのワームどもに探索者を食わせている』
きっと彼の仲間たちだろう。ワームに呑み込まれ、一人また一人と死体すら残さず消えていく。
『魔獣に探索者を殺させることで、魔力を与えて良質なドロップ品を手に入れているらしい』
男の人はもう諦めているのか、その場から動くこともなく映像を記録し続ける。
仲間たちを失い、ワームが自分に迫っていてもまるで逃げる気配すらない。
『自慢げに話していた。得意の魔力操作で帰還の結晶の効力を封じ、ドロップ出現前の魔力を自分の部屋に集めることで、ドロップ品を横取りしているってな』
突如、男が影で覆われる。
周囲一帯が暗くなったと見紛うほどの巨大な質量による影。
それは、ワームが男に飛びかかったということに他ならない。
『これ以上、俺たちのような犠牲者を出さないでくれ』
轟音の後の映像は暗闇を映し続けてから途絶えた。
ワームに映像記録の結晶ごと呑み込まれたのだろう。
「最悪だな……」
それ以外の感想は出てこなかった。
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