1.見守られていたと知る瞬間
街から帰った翌日。学院へと発つ師匠を見送ってから、ニコは二階の医務室へと足を運んだ。ルーチェが去り際にまたと言った通り、月に一度の健診を受けるためだ。
これは師弟にとってそこそこ重要な儀式で、もしここでニコに何らかの異常が指摘されれば、フォルスは被験者の管理権限を返還しなければならなくなる。さらに良くて研究の見直し、最悪機関を追われることになる。だからいつも通り、問題ないと示さなければならないのに。
じわり、と顔が熱くなる。いつもは声を掛けるか、手が出たとしてもぽんと頭に軽く触るだけだった。それが今日、彼は出掛けにニコを腕に閉じ込めて、額に……。
触れずに居られないというか、大きな欲を小さく分けて満たそうとしているような。
「~~っ」
ぶんぶんと頭を振った。
心拍数が異常値を叩き出すと不味い。冷静であれと自分自身に言い聞かせ、深呼吸をする。
そして見えてきた部屋の扉を開けた。その瞬間。
「来たわね」
高慢な口調がニコを迎えた。
「待っ、ていたのですか……」
割と結構驚いた。ニコの正面には普段座して待つ人物が腕を組んで立っていた。
膝丈のワンピースの上に清潔と信頼を示す白衣を羽織り、うねる白髪を飾りのついた紐で束ねる。それは機関専属の医師にして、実験動物の主治医――イアンの馴染みの姿だった。
ちなみになのだがこの装い、機関以外の職場では相当に浮く。何せ――。
「はぅ」
唐突に、ぐに、と頬が掴まれた。思わず抗議の視線を送ったが、イアンは構わずニコの顔を覗き込み、ぐっと眉間に皺を寄せる。
「……ちょっと嘘でしょ、クマがあるじゃない」
「えぇと……」
「まぁでも、歩いては来られたのよね……。それに表情も……普段と変わりない……」
「あの……?」
「……微妙だわ」
一体何が。
心の中でそう問いつつ、ニコは相手が納得するまで待ってみた。
「ねぇ」
「はい」
「聞きたくないけど聞くわ」
「はぁ」
「あなた、変態と何かあった?」
「は、」
質問が頭の中に浸透する。それと同時に顔がかぁっと熱くなった。一方で、イアンの顔がさぁっと青くなる。
「――や、やっぱりあなた、とうとう食べられ」
「てません……っ!」
思わず叫べば、廊下を歩いていた人がこちらを振り返る。何事かと窺う視線に、慌ててイアンを中に押し込んだ。
「何を言っているのですか……! というかそもそも、何でそんなことを……っ」
「だってルゥが言ったのよ。むっつりがむっつりじゃなくなるとか、ニコ様もこれで落ち着けるとか」
「な――」
昨日ルゥの口から出ていた単語だ。師匠が望むことを知った今、ようやくあの会話の意味を理解した。彼は暗にニコを攻めると宣言し、ルゥはごく自然にそれに応じていた。つまりずっと前から、知っていたのだ。
「~~っルゥはどこに!」
「中庭で爆発があったって聞いて走っていったわ」
「相変わらずなのです……!」
患者となる人間がいそうなら、すぐに飛んでいくような子だ。この事態を放置することに対して、一片の悪気もない。
お陰で当たる所のないニコは叫びたい気持ちで低く唸った。もう絶対しばらく口を利かない。
「……その様子じゃ、迫られたけど未遂ってとこかしら」
「せ、……っ、あ……それは……っ」
「分かった、ひとまず貞操は無事ね」
詰まりまくって答えにならないものを理解され、ニコは所持していた書類で顔を覆った。
お越し頂きありがとうございます!٩(ˊᗜˋ*)و
暫し師匠と引き離し、事情聴取などなどしてみます。
次回は再来週の予定です~




