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私とお師匠様との研究記録  作者: やなぎ いつみ
研究対象の変容
43/64

1.見守られていたと知る瞬間

 

 街から帰った翌日。学院へと発つ師匠を見送ってから、ニコは二階の医務室へと足を運んだ。ルーチェが去り際にまたと言った通り、月に一度の健診を受けるためだ。


 これは師弟にとってそこそこ重要な儀式で、もしここでニコに何らかの異常が指摘されれば、フォルスは被験者の管理権限を返還しなければならなくなる。さらに良くて研究の見直し、最悪機関を追われることになる。だからいつも通り、問題ないと示さなければならないのに。


 じわり、と顔が熱くなる。いつもは声を掛けるか、手が出たとしてもぽんと頭に軽く触るだけだった。それが今日、彼は出掛けにニコを腕に閉じ込めて、額に……。

 触れずに居られないというか、大きな欲を小さく分けて満たそうとしているような。


「~~っ」


 ぶんぶんと頭を振った。

 心拍数が異常値を叩き出すと不味い。冷静であれと自分自身に言い聞かせ、深呼吸をする。

 そして見えてきた部屋の扉を開けた。その瞬間。


「来たわね」


 高慢な口調がニコを迎えた。


「待っ、ていたのですか……」


 割と結構驚いた。ニコの正面には普段座して待つ人物が腕を組んで立っていた。

 膝丈のワンピースの上に清潔と信頼を示す白衣を羽織り、うねる白髪を飾りのついた紐で束ねる。それは機関専属の医師にして、実験動物の主治医――イアンの馴染みの姿だった。

 ちなみになのだがこの装い、機関以外の職場では相当に浮く。何せ――。


「はぅ」


 唐突に、ぐに、と頬が掴まれた。思わず抗議の視線を送ったが、イアンは構わずニコの顔を覗き込み、ぐっと眉間に皺を寄せる。


「……ちょっと嘘でしょ、クマがあるじゃない」

「えぇと……」

「まぁでも、歩いては来られたのよね……。それに表情も……普段と変わりない……」


「あの……?」

「……微妙だわ」


 一体何が。

 心の中でそう問いつつ、ニコは相手が納得するまで待ってみた。


「ねぇ」

「はい」


「聞きたくないけど聞くわ」

「はぁ」


「あなた、変態と何かあった?」

「は、」


 質問が頭の中に浸透する。それと同時に顔がかぁっと熱くなった。一方で、イアンの顔がさぁっと青くなる。


「――や、やっぱりあなた、とうとう食べられ」

「てません……っ!」


 思わず叫べば、廊下を歩いていた人がこちらを振り返る。何事かと窺う視線に、慌ててイアンを中に押し込んだ。


「何を言っているのですか……! というかそもそも、何でそんなことを……っ」

「だってルゥが言ったのよ。むっつりがむっつりじゃなくなるとか、ニコ様もこれで落ち着けるとか」

「な――」


 昨日ルゥの口から出ていた単語だ。師匠が望むことを知った今、ようやくあの会話の意味を理解した。彼は暗にニコを攻めると宣言し、ルゥはごく自然にそれに応じていた。つまりずっと前から、知っていたのだ。


「~~っルゥはどこに!」

「中庭で爆発があったって聞いて走っていったわ」

「相変わらずなのです……!」


 患者となる人間がいそうなら、すぐに飛んでいくような子だ。この事態を放置することに対して、一片の悪気もない。

 お陰で当たる所のないニコは叫びたい気持ちで低く唸った。もう絶対しばらく口を利かない。


「……その様子じゃ、迫られたけど未遂ってとこかしら」

「せ、……っ、あ……それは……っ」

「分かった、ひとまず貞操は無事ね」


 詰まりまくって答えにならないものを理解され、ニコは所持していた書類で顔を覆った。










お越し頂きありがとうございます!٩(ˊᗜˋ*)و

暫し師匠と引き離し、事情聴取などなどしてみます。

次回は再来週の予定です~




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― 新着の感想 ―
[良い点] すぐバレた! すぐバレた!!(ウケすぎて二回目) いつも師匠に翻弄されすぎてて心の中が大変なことになってるニコが大好きなんですが。 カウンターを! そのうち盛大なカウンターをくらわすんだ…
[良い点] 明けましておめでとうございます♪ 今年もよろしくお願いします(ᐢ⑅•ᴗ•⑅ᐢ)♡ みんなに交際が見守られていて、ほのぼ……いや、結構恥ずかしいんじゃ?! あ、でも。おいしくいただかれた…
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