7.一度繋がると割とよく会う
その後フォルスは図書館に用があると言い、食堂の出口で別れた。
勿論ニコは助手として同行を申し出たのだが。
『ああ。部屋の片づけ、よろしくな』
『……』
なるほど、それは効率の良い案だろう。
ぽすりと頭に乗った手を、ニコは首を振って落とすことなく頷いた。そもそも仕事の範囲内のことを断ったりしない。
ただ、フォルスはどんな環境でもその身だけで研究を進められる。思いついたその瞬間、地面に棒切れで図案を描くことだってできるのだ。
当然、ニコが近くで片付けをしているくらい気にしない。
だからこの指示は、彼の気紛れなのだとニコは思う。
それ以上の理由は何もない。
とぼとぼと歩を進めると、偶然にも昨日嫌な思いをした場所が遠くなった。
ついでに師匠も遠くなる。
総合的に嬉しさは感じない。
(……遅くなるようなら、課題を進めて待ちましょう)
何せ相手はあの図書館だ。師匠の気を引くものは山程ある。
用件だけで戻ってくるかは五分五分といったところだろう。
師匠の生態をよく知る弟子は、溜め息ひとつで自身の気持ちを切り替えた。そうして階段を上ろうと角を曲がった、次の瞬間のことだ。
「!」
「み゛っ」
誰かいた、それが分かった時には駄目だった。
がつっ、という音と衝撃が身体を襲い、ニコは後方へと空足を踏んだ。
だが、痛いなどというよりまず先に――。
「すみませ」
「すみませんごめんなさい申し訳ありませんっ!!」
姿勢を直して口を開きかけると、それより上に豊富な謝罪が被さった。
「わたし、前見てなくてっ! お怪我は――」
伺うような声音と共に、相手の女性が顔を上げる。
ニコより僅かに低い位置。栗色の瞳が湖水の青を捉え、くるりと大きく丸くなった。
「はぁあっ、すみません!! わたし――って、わぁ!資料が!!」
(……ええと、……)
青くなって頭を下げたかと思いきや、今度は床に張りつき散らしたものを集め始める。
小柄な相手の行動が、予想以上に目まぐるしい。
「……すみません、お手伝いいたします」
ひとまずニコの方も腰を下ろし、撒かれた本を手に取った。
部署の専門なのだろう、記された表題は特定の分野に集中している。
(あれ……?)
その内容と、向かいをふわふわと動く茶色。
「……あの、昨日……」
覚えのある組み合わせに、気づけば声をかけていた。すると相手はびくっと飛び上がり――。
「っうぁ、ありがとうございましたぁっ!」
叫びと共にニコの手から紙の束を引ったくり、手負いの獣のように走り去ってしまった。
あまりの素早さに、ニコは呆然として小さな後ろ姿を見つめる。
まるで、怯えているようではないか。
助手の知らぬところで、悪名高き変態研究者が何かしたのかと訝りながら、身を起こす。
すると――。
「あ……」
背後に紙が一枚、残されていた。
***
(……どうしましょう)
ニコの手には、考案途中の魔法の図案。
本に挟まっていたか何かで、研究室から持ち出してしまったのだろう。
厄介な。
こういうものを届けた場合、落とし主はともかくとして『フォルスの助手』も責められる。
事実非があるかどうかは関係ない。
捗らない鬱憤は、敵に吐き出すのが署内円満のコツなのだ。
(……見なかった、ことに……、……)
これを生み出すのに、幾日も机に向かう姿が脳裏をよぎる。
するとどういう訳か手から書類が離れてくれない。
(……)
長らく立ち止まっていたニコは、はぁ、と深く溜息をついた。
彼女がいる部署には昨日の不快な人間も所属している。
やはり師匠と一緒に居た方が良かったのだと、そう思いながら階段に足をかけた。
こつこつと、一つの靴音が耳につく。
馴染んだ階が過ぎ去って、見慣れぬ景色が現れた。
……ちなみに勢力の強い部署ほど上層階に位置し、一階分の部屋を全て占めている。
なので、ニコがそこにいるのはかなり不自然だったりする。
すれ違う研究者の視線に刺されながらも廊下を歩き、ニコはようやく一つの部屋の前で立ち止まった。
扉に打ち付けられた金属板には、ある室長名が記されている。
(それにしても、何故イルニス様の助手なんでしょう……)
先日の騒動に割って入ってくれた不愛想な男。
あの猛禽類のような目で睨まれると、彼女は死んでしまいそうな気がするのだが。
ひとまずは呼び出しだと、扉を叩こうとした時だ。
中から件の上司が現れた。
「……」
「……」
僅かに見開いたニコの目に、無言で眉間に皺を寄せる男が映る。
言語が話せないのかと沸きだす毒を心に仕舞い、大人しく口を開いた。
「失礼ですが、『ミュゼット』様はいらっしゃいますか」
「……何の用だ」
全くもって、会わせる気が無さそうだ。
ニコは視線を逸らし、そっと脇に隠していたものを差し出した。
「これは私の不注意で――」
「黙れ」
みなまで言わせて貰えず、ニコは表情を無にして黙り込む。すると固まった手から書類が抜き取られ、代わりに深い嘆息が落とされた。
「……あれの粗放さは理解している」
(……え)
思わずぱちりと瞬いた。
落ち着いた低い声音は、苛立ちよりは脱力の色濃く、続く嫌味も何もない。
意外な思いでまじまじと見上げてみれば、気づいたイルニスの顔が不機嫌そうに大きく歪んだ。
「用事が済んだのなら早々に消えろ」
「……失礼しました」
好まれていないことだけは、よく分かった。
お久しぶりですっ、お越し頂きありがとうございます!
呟く度に元気を下さる方の力でやっと一話出来ましたっ。
感謝感謝です~。゜(゜´ω`゜)゜。




