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その後 後編

三連投中三話目。最後です。

「もし私に意に染まない縁談が来たら助けてくださいね、ローシュお・に・い・ちゃん」

 地味子さんがにこにこと話しかけてくる。

「そんな話があるのです……あるのか?」

「まだ具体的にはありませんが、可能性の高い未来ですよ。元々私達護衛はアトーデお嬢様の輿入れまでは結婚しないことになっています。予定では一年半後でしたが、アレがああなってしまったでしょう? お陰で何時結婚できるか分からなくなってしまったのです。そうなるともう普通の縁談は来ません。家風に馴染むにも子どもを生むにも若い方がいいですからね。来るのは色々問題がある方との縁談ばかりになるでしょう。既に婚約者が居るエリーにしても、破談になってしまうかもしれません」

「彼はそんなことしません!」

 くっころさんの顔が赤いのは婚約者を悪く言われたからかさっきのを引きずっているためか。

 しかしあの婚約破棄は地味子さん達にも影響していたのか。また少し腹が立った。

「大丈夫ですわ。ローシュさんならお願いすれば必ずや華麗に縁談を壊してくれますわ」

「そうっすね、例え縁談が成立してしまっても結婚式当日に式場まで乗り込んで、花嫁衣裳のユーミ先輩を攫ってくれるっす」

「…結婚式も終盤、今しも誓いのキスをというとき突如式場の一番後ろの扉が開き、現れたのは兄さん。『ユーミ! ユーミ!』と叫びながら駆け寄ると、ユーミさんも『ローシュ!』と名を呼びながら兄さんの下へ。固く抱き合う二人。そして二人は口々に罵る結婚相手や親族達を尻目に手に手を取って二人だけの広い世界へと旅立つの。乗合馬車に乗って」

 どんどんエスカレートさせるアホが二人。軌道修正しないと危険な気がする。

「いや、貴族の結婚式に乱入とかヤバすぎるからね。第一俺はクロッジー男爵家の皆さんには恩義こそあれ何の恨みも無いからね。その顔を潰すようなまねは出来ないよ」

「婚約が整う前に攫ってくれればいいんですよ」

 地味子さんが追撃してくる。楽しそうな顔だ。ここは躱す一手だ。

「それよりアトーデが次の婚約者をとっとと決めれば全て解決でしょう。なあアトーデ」

「それはその通りですわね。一年以内、私の卒業までに丁度いいお相手が見つかれば大丈夫ですわ。ただし問題がひとつ。身分が釣り合う殿方で直ぐにでも結婚できそうな方がいらっしゃいませんの。そのような方々は皆様婚約者がいらっしゃるのですわ」

「それじゃあそっち方面からの解決は難しいか……」

「実はそうでもありませんわ。ひとつだけ手がありますの」

 アトーデがニヤリと笑った。何か非常に悪い予感がする。

「実はお相手の居ない適齢期の殿方で、一人だけ近々伯爵になる可能性がある方がいるんですの。伯爵ならば問題なく結婚できますわ」

「一応聞いておくけど、それは誰?」

「その方は今は一代騎士ですけれど不当に貶められた家を継承しましたわ。しかし先代リョモー様の名誉は既に回復されていますから、実はあと三つの条件を順番に満たしていけば家格を回復して伯爵になれる、いいえ戻れるのですわローシュ・クリクソン様」

 俺かよ! なんとなく予想してたけど!

「うわー、何だか酷い詐欺を見せられている気分っす」

「奇遇だな、俺もだ」

「勿論ローシュさんにはユーミを攫う、という選択肢もありますわ」

「どっちにしろ碌でもないな。一応三つの条件とやらを聞かせてくれ」

「いいですわ。一つ目、大きな手柄を立てることですわ。幸い大反攻作戦が目前ですから、機会はいくらでもありますわ。特にクリクソンの家名を継ぐローシュさんには。

 それに幸い作戦の時期は学園の夏休みと重なっていますから、私達義妹がいくらでも手助けできますわ」

「勿論っす! 沢山頼って欲しいっす!」

「『シスレンジャー』の初陣だね!」

「だからその名前は嫌っす……」

 最前線まで付いてくる気満々のようだ。有難いと言えば有難いのだが、少し情けなくも感じる。

「二つ目、土地を得ることですわ。将来的に伯爵家の義務を果たすのに十分な税収が見込めるだけの領地が必要ですわ。これには『Zの領域』を自力で切り取る必要がありますわ」

「伯爵家の義務って魔法騎士団や魔法学園等の歳費の分担、それと有事の出兵だっけ。一体どれだけの土地が必要なのか分からないけど流石に無茶だろ」

「いいえ。分担金にしろ兵役にしろ一定期間は免除になりますから土地の確保だけが問題になりますが、計算上は場所さえ選べば二十日程で可能ですわ。前提として私達義妹全員の参加。特にコリスの規格外の魔力と私の魔導砲が必須ですわ。それからまとまった人数の壊し屋(ブレイカー)を雇う必要がありますわね。後は領域解放後、正式に国に組み込まれるまで魔法騎士団は来てくれませんのでそれまで領地を防衛する必要がありますわ。そのために『Z』誘導装置が一定数とある程度の人員も必要ですわ。ローシュさんの力で達成した事にするために経費は全額ローシュさんが負担しなければなりませんが、ヘルツァーエ家が立て替えますわ。機材や人員も手配いたしますわ」

「あっという間に借金で雁字搦めっすね。えげつないっす」

「いきなり伯爵になろうというんですもの、尋常の方法ではどうにもなりませんわ。そこは飲み込んで下さいまし」

 フレンが辛辣なツッコみを入れるが、やることの壮大さを考えればその位は仕方ないだろう。むしろ悪い情報もきちんと出してくるのはアトーデの誠意だろう。

「兄さん、良さそうな場所もいくつか見つけてあるよ。私のお勧めは旧『リョーザン・パーク』一帯かな。水の豊富な肥沃な土地で鉄の鉱山もあったんだって。切り立った山々に囲まれた盆地で『Z』の進入ルートは限られてるし百年以上『Zの領域』だったから昔の領有権も消滅してるし何より『リョーザン・パーク』っていう名まえが良いよね」

 コリスが妙に得意げだ。

「名前の良さは良く分からないが、もうそんなに具体的に検討しているんだな。しかし何故そんな良さそうな土地が解放されていないんだ?」

「大部隊で進入するのが難しいのですわ。今回は少人数でのごり押しですので丁度いいのですわ」

「なるほど」


「アトーデお嬢様、少しお聞きしても宜しいですか?」

 珍しくくっころさんが話に入ってきた。

「あらエリー。ええ、勿論いいですわ」

「『Zの領域』の解放はそれ自体が十分な偉業です。ですから大反攻作戦で無理に手柄を求める必要は無いのではありませんか?」

「解放作戦には事前の届出が必要なのです。複数の隊が同時に挑むと成功した際に大抵権利関係で揉め事になるので、それを避けるためだそうですわ。問題は代表者になるローシュさんにある程度対『Z』の実績が必要だという事。実績が無いと届出が受理されない可能性があるらしいのですわ」

「解放作戦の指揮を執れると事前に示す必要があるのですね」

「その通りですわ」

 聞けば聞くほど大変そうだ。


「最後の三つ目、上位貴族を正室にすることですわ。勿論お相手は私ですわね。国王陛下の決裁と門下省の同意が必要ですわ。陛下の出方だけが不安要素ですわね。陛下に認めていただければ外形的な条件が整うので門下省の方はまず問題ありませんわ」

 楽しげに解説するアトーデを見ていると、最初に聞くべき質問をまだしていなかったのを思い出した。

「なあアトーデ、根本的な質問をするけど、そもそも俺が結婚相手でいいのか?」

 アトーデは意表を突かれたのか一瞬目を丸くした後、少し考えてから口を開いた。


「私は生まれたときからニヴァン様の婚約者でした。そのため物心がついて以来ずっとニヴァン様と結婚するつもりでいましたの。ニヴァン様を愛していた訳でも王妃になりたかった訳でもなく、ニヴァン様と結婚できなければもう何者にもなれない、私の人生とはそういうものだと信じていたのですわ。ですからニヴァン様が少し困った性格だと分かっても、将来大変だとは思いましたがそれ以外の未来など考えたこともありませんでしたわ。

 そんな私でしたからニヴァン様が婚約を破棄するつもりだと教えられたとき、まるで心の芯を抜き取られてしまったような、何が何だか分からない気持ちになりました。しばらく何も考えられませんでしたわ。コリスを助ける、という使命がなかったら今でも呆けていたかもしれませんわね」


 確かにその知らせを届けた時アトーデは酷く動揺していた。話しかければ妙に元気よく返事する。そして痛々しいほど饒舌に話し始めるのだが話している最中に突然涙を流したり妙に甲高い声で笑ったり。あんなアトーデは初めて見た。とても一人にしておけずその日はずっと傍にいた。

 俺たちはずっと生徒会室に詰めていたし、くっころさんや地味子さんもいたから放っておいても独りになることはなかっただろうが、人任せにはしたくなかったのだ。

 まあ実際に俺がやった事と言えばアトーデの隣で生徒会の作業をしただけだったが。



「コリスを助ける、その為にニヴァン様達をなんとかする。そこまではやるべき事、やらなければならない事でしたわ。でもその後は? 決められた未来を失った私はこれからどうしたらいいのでしょう。これから私はどうなるのか、何をするべきなのか、心細くて、ぐるぐると考えて、考えて……ふと眠そうに書類を捌いているローシュさんが目に入って、そして気付いたのですわ」


 アトーデが真っ直ぐこちらを見つめてくる。


「ローシュさん、あなたとの未来なら考えられる。それどころかあなたとの未来を考えるのはとても楽しい、という事に」


 !!!


「今後何をするべきなのかなんて分かりません。でもあなたと一緒の未来ならいくらでも見えてくるのですわ。一緒に国境を哨戒する私達、一緒に森で対魔獣の罠を仕掛けて回る私達、一緒に新しい魔道具を試験運用する私達、一緒に領地経営を話し合う私達……」


(…なんか妙に糖度の低い未来予想図っすね……)

(…デートとか結婚式とかでなく領地経営だもんね。楽しいんだ……)

(こら、茶々入れない!)


「…そして生まれたばかりの私達の赤ちゃんを手渡して、あなたがおっかなびっくり受け取って抱っこして。そして泣かれて慌てる様子まで夢想して、そして思ったのですわ、実際にこの光景を見てみたいと」


 アトーデは一体何を言っているんだ? よく理解できない。まるで俺のことが好きみたいじゃないか。


「そう思った途端、婚約破棄がチャンスに見えてきましたの。あなたと共に未来を歩むチャンスに。

 この気持ちは多分恋。いつの間にか私はあなたに恋していたのでしょう。ですからあなたとの結婚は願ったり叶ったり。何の問題もありませんわ」

 そう言うとアトーデはやわらかく笑う。


 熱い。とにかく顔が熱い。今俺は一体どんな顔をしているのだろう。


「おお、アトーデ様の真っ向勝負! 流石の鈍感力53万にもこうかはばつぐんっす!」

「まだよ! 他人を拒絶する心の壁的なフィールドが理解を阻んでいる。お姉様の攻撃(アタック)は兄さんに届いていないわ! ……実際、兄さんはこの手の好意を向けられると途端に馬鹿になるの。好意を信じないのよ」

「なるほど馬鹿の壁ってやつっすか。まあ薄々気付いてたっすけど、何でそうなのか不思議っすよね」

「本当にどうしてなのか……ねえ、ユーミさん?」

「な、な、なんの事かしら? オボエガアリマセン」


 誰かが何か言っているが全く頭に入ってこない。


「あとはあなた次第……ふふっ、ちょっと今聞くのは無理そうですわね。元々今ここまで話すつもりもありませんでしたし、続きはまた後にして差し上げますわ」


 自分の鼓動が煩い。アトーデから目が離せない。


「さてフレンさん、エリー、ユーミ。これから場所を変えてローシュさんと私達の義兄妹の契りを結ぶ儀式を執り行いますわ。儀式自体は私達が子どもの頃にしたのと同じおままごとのようなもの。法的な拘束力も何もありませんが、少なくとも私達の中では契りを真実の物として扱いますわ。でも肝心のローシュさんがこんなんですし、もし気が変わったなら遠慮なく仰ってくださいまし。今なら止めても咎めませんわ」

「何も問題ないっす! むしろ望むところっす!」

「私もです」

「覚悟は出来ています」

「有難う、とても嬉しいですわ」


 考えがまとまらない。今俺はアトーデに告白されたのか? そんな都合のいいことがあり得るのか? あっていいのか? ……頭を過るのはユーミ姉さんの怒った顔。これ以上考えるのはダメだ。勝手に期待して勝手に傷ついて、相手も傷つけて、碌なことにはならない。


「ねえ、このまま兄さんを放置していても日が暮れちゃうから、取り敢えず桃の木の所に行こう! ほら兄さんも、立って立って!」


 引っ張られ立たされたところで思考の海から引き戻された。そのまま後ろから押される。


「うわっと! 待て待て、いきなり何をする!」

「何って、桃の木まで連行? 兄さん壊れちゃったし」

「壊れてないから! 自分で歩けるから!」


 全員席を立ったところのようだ。地味子さんの方を見ると何故かばつの悪そうな顔をしている。

 良く分からないがコリスに導かれるままに庭園の奥、桃の木の所へと移動を始めた。


「アトーデ様、ちょっと聞きたいことが有るんすけど」

 俺とコリスの後ろでフレンがアトーデに話しかけている。

「何かしら」

「ローシュ先輩の『クリクソン』姓、公爵閣下が出した条件って話だったっすけど、実はアトーデ様の差し金なんじゃないっすか?」

「実はその通りですわ。お父様にローシュさんとの事を相談して、そうしようという話になったんですの」

「き さ ま の せ い か!!」


 思わず振り返ってアトーデに詰め寄る俺。しかしアトーデは少しも悪びれず


「やっぱり婚約破棄はうまく利用しないとね」

 そう言い放ち、いたずらっぽく笑った。


 その笑顔はずるい、と思った。




 ……その後


 無事?義兄妹の契りを結んだ俺たちはその後、様々な事件に巻き込まれたり首を突っ込んだり、たまに自分で引き起こしたりしたのだが……

 それはまた別のお話。


コリス「私たちの冒険はこれからだ!」


ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 色々な作品のオマージュがふんだんに盛り込まれていて、婚約破棄と言うプロセスの中に此処までの物語を詰め込めるものなどだなと驚きと共になかなかに読み応えが合って面白い作品でした。
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