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堕ちる  作者: 熊と塩
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第十七幕:取材

 横田が大塚朱美に抱いた印象は、好意的なものだった。どこか香織に似ているとも思った。顔立ちや背格好は全く違うが、落ち着いた雰囲気は性格の穏やかさの表れか、横田を安心させる空気のようなものを香織と同様に放っていた。年齢が同じというのも、要因の一つかも知れない。

 水を一口飲み、舌を湿らせてから、

「や、突然お呼び止めして申し訳ありません」

 テーブルに両手を突いて頭を下げた。朱美は恐縮して、いえ、と応えた。

「お伺いしたい事というのは、その……お分かりですよね」

 朱美を半ば無理矢理にカフェに連れ込んだのは、無論、佐上の話を聞く為だ。朱美は朱美で何となく想像が付いているのか、不思議がる素振りを見せなかった。

「どうして私に?」

「ええ、実は僕、昨日から佐上一郎を追っていまして……」

 横田は語尾を濁しつつ、申し訳なさげに頭を掻いた。そうだったんですか、と朱美は意外そうに言ったが、やはり、さして驚いた様子でもない。

「やっぱり彼は何か後ろめたい仕事を?」

 勘の良い女性だと、横田は感心した。

「お察しの通りです。申し上げ難い事ではあるんですが……」

「そうですか。ですけど、昨日から見ていらしたのならお解りだと思います。私と彼との間には何もありませんでした。お金のやり取りも、それ以外の事も……だからお話出来る事なんて、何も」

 朱美は色々と気の回る女だ。後にされるだろう話を先読みして、予防線を張っているようだった。しかし横田の追っているのはそんな手合いの話では無い。

「大塚さん、『別れさせ屋』って、ご存知ですか?」

「『別れさせ屋』? いえ……」

「書いて字の如く、誰かと誰かを別れさせる為に雇われる連中です」

 成る程、と朱美は頷いた。

「……つまり、彼がそうだと?」

「ご明察です」

 まさか、と朱美は呟いてから、目を伏せた。横田からは長い睫毛に遮られ、目を閉じているように見えた。化粧気は薄いが美人なのだと、この時初めて気が付いた。

「……どうぞ続けてください」

「はい」

 朱美が何を考えているのか読み取れないまま、横田は続けた。

「もう何人もの女性が、佐上一郎の被害に遭っています。騙された女性の中には自殺した方も居る。しかし連中のしている事を犯罪として摘発するのは難しいでしょう。だから僕らのようなのが、記事にするしかない。そうすれば少なくとも商売は続けられなくなる。これ以上のあくどい行いは、止められるのです」

「社会的制裁、ですか」

「そうです。そこで大塚さんに協力して頂こうと声を掛けました」

「けど、私と彼とはもう終わりましたから……いえ、始まってもいなかった」

 だからこそです、と横田は食い下がる。

「貴女は被害者であり被害者ではない。もし他の方にこんな話をしてしまったら、傷に塩を塗るような事になってしまいます。それでは意味が無いんです」

 今回の取材で決めた、横田の信条だ。横田は女を傷付け、食い物にする佐上のような男を心底憎いと思い、そしてそんな人間にはなりたくなかった。

 朱美は暫く無言で考え込んでいた。

「今すぐ話を聞かせろとは言いません。そのつもりが出来たら連絡を……」

 横田の言葉を遮って、朱美は言った。

「すみませんが、お断りします」

 この返答は、横田の予想外だった。横田は驚きを隠し切れず、腰を浮かして朱美を問い詰めた。

「何故です? あの男は貴女を騙そうとしたんですよ? どうして庇ったりなんか……!」

「庇うつもりなんてありません。ただ私は騙されていませんから」

「そういう事じゃないんです! 貴女が証言することで実態を明らかに出来れば、これから被害に遭うだろう女性達を救えるかも知れないんですよ?!」

 横田が興奮気味に言う。すると朱美は、すっと顔を上げて、横田を見た。真っ直ぐに、睨むでもなく、横田に視線を向ける。やはり何を考えているか解らないが、そこには強い意志があった。横田はゆっくりと腰を下ろした。

「どうでも良いんです。知らない人が勝手に傷付いたって、その人が悪いんですから……」

 酷い事をさらりと言ってのける。

「酷い女だと思うでしょう?」

「いえ……」

「良いんです。私は、酷い女ですから」

 そう言いながら、朱美は立ち上がった。

「ま、待ってください!」

 慌てて引き止める。

「何でしょう? お話出来ることは、本当に何もありませんから……」

 それでも横田には聞きたいことがあった。

「やっぱり、貴女は奴を庇ってるじゃないですか! どうしてそんなに肩入れ出来るんですか? 僕には解らない!!」

 横田の問い掛けに朱美は黙った。じっと横田と目を合わせたまま、身じろぎ一つしない。横田が更なる質問を重ねようと口を開いた時、やおらに、朱美は微笑んだ。

「彼が好きだったから、という理由では、駄目ですか」

 言い放つと、それでは、と会釈して、去って行った。

 横田には、朱美を呼び止める言葉も見つからなかった。

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