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FANTASY OF OWN LIFE  作者: 矢吹さやか
8/24

#008

前回鬱的な内容でしたが、今回は普通です(?)

 『FANTASY OF OWN LIFE 特別モニター参加チケット』


 流石にこれは知っている。最近話題になっている、体験アトラクションだ。新型VRエンジンを搭載し、とても仮想空間とは思えない作りになっているそうだ。この夏前に隣町に日本第一号店がオープンしたばかりで、連日賑わっているそうだ。待ち時間が長いという報道もあり、わざわざそんなところに行く人がいるとも思えないのだが、実際には何時間並んででもやりたいらしい。

 仮想空間というのは、そんなに魅力のあるものだろうか。


「先生、このチケット、どうしたんですか?」

「モニター募集してた時に、応募したんだけど、当たったんだよ!」


 そういえば、春先にそんなキャンペーンをしていたような気がする。元々外に出ない私からすると、全く意味がない代物で、興味がなかったから忘れていた。


 しかし、このキャンペーンに先生は応募していて、しかも当たったらしい。確か100名くらいだったんじゃないだろうか、当選者の数は。まさにプレミアチケットである。


「すごいですね!いつ行くんですか?話題になりすぎてて、人も多いって聞きますけど。」

「うん。これね、水月ちゃんにあげようと思って。」

「え……?」


 さらっととんでもないことを言ったよ、この先生。

 競争倍率何万分の一で手に入れたチケットを、こんな小娘にあげようとか、男の人がそう言ったなら絶対下心あるでしょ!って感じの行為だよ、これ。

 男前すぎます。


「水月ちゃん、ずっとおうちにいるじゃない?本当は、いろんな体験を今の時期にしていたほうが、後々水月ちゃんの力になると思うのよね。でも中々外での活動って難しそうだから、バーチャルならどうかな?って。」


 初めから当選したら私にプレゼントしようと思っていたらしい。

 実際にオープンしてからでも使えるこのチケットを、ニュースや、実際に行ってみた人の体験を聞いて、楽しめるものであることを確信してから話そうと思っていたらしく、今まで黙っていたようだ。

 素直にその気持ちがうれしい。ちょっと涙が出た。


「でも、私、外に出たいわけではないので……。」


 実際、外に出て、私を知っている人にあったりするのはごめんだ。それを考えただけで足がすくんでしまう。

 それが嫌で学校に行っていないのに、無駄に出かけて誰かに会うのは本末転倒だ。


「わかってるよ!私が車で連れて行ってあげるからさ!もっと水月ちゃんにいろんなことを体験してほしいんだ、私。」


 先生、本当に優しい。また先生が好きになった。いや、もともと好きなんだけれど。

 実は先に両親には話をしていたようで、すでに許可は貰っているらしい。両親は車を持っていないので、そういう意味でも私は本当に家から出ていないのだ。


 しかも、そのチケットは年内有効らしく、今学校のある時期の平日であれば、問題ないのではないかということだった。確かに学校のある時間帯なら出かけても、顔見知りに会う確率は低い。ただ、下手に外出すると警察官に咎められたり、地域指導員なる大人に見つかったり面倒なのだった。


 家から直接車で行けるのだったら、咎められる要素も少ない。


 引きこもってはいるものの、元来は出かけることが嫌いだったわけではない私は、先生の説得もあって、そのアトラクションに行くことになった。


 VRアトラクションって、どんなんだろう。通常のアトラクションは施設の映像とか、リポーターが実際に体験しながら報道してくれたりとかあるけれど、この『FANTASY OF OWN LIFE』は、それがない。何だかそこは隠しているというかなんというか。実際に体験しないと、テレビ映像などではそれが伝わらないという、運営会社の意図のようだ。


 だから、感想レベルでしかその内容を窺い知ることができない。

 曰く、人生観が変わる体験だった。曰く、ものすごくすっきりした。曰く、気持ちがものすごく前向きになった。……まぁ、とにかくすごいというのだけが伝わってきた。

 不思議なのは、具体的な中身についてはあまり語られていないということだ。口止めでもされているのだろうか……。


 何だか久しぶりに新しいことを体験できる機会を得て、私は少し浮かれていた。


 いよいよ当日。

 既に学校では授業が行われている午前10時に先生は迎えに来た。

 今は二学期になったばかりの9月。大学はまだお休みだそうだ。


 初めて先生の車に乗り、一緒に出掛ける。

 先生は大学生になってすぐに免許を取得したようで、運転も手馴れていた。ナビもついているので道に迷うことはない。

 隣町のアトラクション施設まで約30分。道中は先生とお話をしていて、時間はあっという間に過ぎた。


 思った以上に大きい建物だ。

 入り口に受付があり、表示を見ると現在『60分待ち』とある。

 10時オープンだったはずなので、早々に埋まってさらに60分待ちということになる。平日の午前中からこんなに待ち時間が出るアトラクションってそうそうあるものではない。そもそもここはネズミの国のようなテーマパークではないのだ。


 そのことに驚いてしまい、茫然と建物を見上げる私。

「こっちよ!水月ちゃん。」


 と先生に声をかけられなかったら、ずっとそうしていたかもしれない。

 先生はチケットを手にして迷わず『特別受付』に行く。あれ?初めてじゃなかったのかな?もしかして来たことがあるのかな。


「いらっしゃいませ。本日は『FANTASY OF OWN LIFE』にお越しいただき、誠にありがとうございます。すぐにご案内させていただきますので、しばらくお待ちください。」


 へー。このモニターチケット、待ち時間関係なく入れるようだ。さすがプレミアチケットだね。

 と、軽く驚いていたら、早速中に案内された。


 入り口も一般の方とは全く別で、アトラクション本体までのルートも異なるようだ。

 ある意味自分がVIPになった気になれる。いや、そんなに偉いものではない、ただの引きこもりですけれどね……。

 全く知らない人、かつサービスを職業としている人は、こんなに「人」を感じさせないものだろうか。引きこもりがウソのように、私は緊張していない。


「改めまして、本日はようこそ『FANTASY OF OWN LIFE』へ!今回はモニター券のご利用ということで、無償にてご提供させていただきます。アトラクション内で高得点を取られた場合は、後で素敵なプレゼントがありますので、ぜひ頑張ってください!」


 ん?高得点?

 シューティングゲームなのかしら。私は、ゲームは結構やる方だが(引きこもりの楽しみなんてそんなものなんじゃないかな)、あまり反射神経を使うゲームは得意ではない。じっくりと進め行くゲームが好きだ。パズルゲームでも落ちゲーじゃなくて、数独とかそういうほうがいい。


「VRのヘッドギアをかぶっていただいて、仮想世界に入り込み、そこでさまざまな体験をしてもらうのがこのアトラクションの特徴です。体験は一通りとは限りません。ですので、得点も一律計算していません。」


 なんでしょうか、それは……。何を基準に得点をはじき出しているのかさっぱりわからない。


「簡単に言えば、仮想世界でプレイヤーがどれだけ『活躍』できたか、がポイントになります。選択する職業によって、活躍ポイントも変わりますが、基本的にはプレイヤーの判断や、その判断からの結果に対してポイントが付くわけです。たとえば、仮想世界内に『敵』がいたとして、多くの敵を倒すことがポイントにつながるわけではなく、倒すことによる付加価値をその仮想世界にもらたした方が、ポイントが高いなどがあります。」


 ポイントのことで不思議な顔をしていたのだろう。

 係りの人が私の疑問に答えるように細かい説明をしてくれた。

 とはいうものの、いまいちわからない……。

 職業ということは、一種のロールプレイなのだろうか。


 係りの人の説明は続く。

 選べる職業は全部で8つあるとのことだった。


 騎士・冒険者・賢者・吟遊詩人・商人・鍛冶師・踊り子・遊び人。


 どれを選んでも構わないそうだ。

 とはいうものの、これは悩む。


「質問いいでしょうか。」

 私は係りの人に聞いてみた。

「今から体験するアトラクションの仮想世界は、いわゆるロールプレイングゲーム的なものでしょうか。職業の8つは、基本的なステータスによって、戦闘における役割が異なるという感じの選択でいいのでしょうか。」


「答えとしては、前半はその通りで、後半は違います、と申し上げます。」

 係りの人が言うには、実際の自分と違うものを演じる時点で、RPGなので、その点はその通りになるが、戦闘だけを行うRPGではなく、あくまでその世界での職業観念に沿った行動をすることになる、という話らしい。

 つまり、遊び人というは本当に『遊び』をする人であり、某PRGの遊び人職業のように、敵を混乱させたり、味方の士気を上げたりする役目ではない、ということらしい。


 なるほど……。その世界での役割をそれぞれが担っているわけだ。

 となると、何が無難だろうか。

 私は数瞬悩んで一つの職業を決めた。


「吟遊詩人にします。」


 私の知る限り、一般の吟遊詩人というのは、昔話や神話、世界事情、最近流行りのネタなどを、酒場など人が集まる場所で、自分が作った音楽に乗せて適当に歌い上げる職業のはずだ。少なくともハープを武器に戦ったりするわけではないはずである。

 元々音楽は好きだし、本を読むのも好きだ。

 別に戦争や魔物との争いに出て、敵を一刀両断にしたいわけではないし、このあたりが適当なのではないか、そう思ったのだ。


「かしこまりました。では吟遊詩人でいいですね?プレイ中の転職等はできませんので、ご了承ください。」


 先生は?と聞くと、今回は付き添いなので私はやらないと言っていた。

 せっかくのプレミアチケットなのに?先生こそやってほしいな。

 そう言ったら、先生が


「今日は水月ちゃんのためのイベントなんだよ。私はおまけ。もっと元気になってくれたら嬉しいし、そしたら今度はまた違うところに行けるかもしれないしね!」


 と頑なに態度を崩さない。元々チケットは1人分だった。これはさっき気が付いたことだ。

 言い合っていても係りの人に迷惑をかけるだけだから、あきらめて自分がすることにした。


「では、こちらの椅子にお座りいただき、ヘッドギアを頭に装着してください。」


 言われた通り椅子に座り(この椅子がまたすごい椅子だった!)、ヘッドギアと呼ばれた端末を装着する。頭がすっぽり収まり、目の所にはサングラスのように突き出た半透明なモニターのようなもの、耳はスピーカーがついているのだろう、すっぽりと耳を覆っている。


「ご準備はよろしいでしょうか。今回の体験は30分バージョンになっています。時間になりましたが、仮想世界内のキャラクターに直接こちらからアナウンスをいたします。どんな場面であったとしてもその時はログアウトになりますので、ご了承ください。」


 30分か……。最近のRPGだとオープニングも終わらないくらいの時間しかない。そんな時間で何ができるのだろうか。でも実際に吟遊詩人になってみたらわかるのかな。


「では、『FANTASY OF OWN LIFE』スタートします!いってらっしゃいませ!」


 と、ジェットコースターを送り出す係員のように、元気よく係りの人が告げた。


 次の瞬間私は意識を失った……ような気がした。


次回7/20投稿予定です。


次回もよろしくお願いいたします。

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