#010
酒場の閉店と共に、サラは家路についた。
このキャラは自分の家があるらしい。セーブポイントでもあるのかしら。いや、30分コースだし、そんなものは……。あれ?20分のステージを、間を開けて3回やってしまった私は、すでに何時間もここで過ごしているよね……。終わるときは自動でアナウンスがあるということだったけれど、今のところ何もない。VRだから時間経過も異なるのだろうか。
まぁ、いいや、楽しかったし、まだ時間があるなら他のこともできるかもしれないしね。
と、酒場から少し離れたところで、サラは声をかけられた。
「お待ちください、サラ様。」
様?ただの吟遊詩人を様呼ばわりする奇特な人はどなたですか?
「あ、あなたは先ほどの。」
振り返ると、二曲目でリクエストしてくれたロンバートとかいうイケメンだ。
姿を見ると少ししっかりした装備をしている。軍人というか、騎士というかそんな感じだ。
遠目でわかりづらかったが、よいものを着用している。
「覚えていてくださいましたか。ありがとうございます。サラ様。改めまして、私はロンバートと申します。」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。ロンバート様。私に何かご用事でございますか?」
吟遊詩人と騎士の組合せってなんか変だよね。いや、RPGだと同じパーティにいてもおかしくないのだけれど、普通は正反対の生活をしているようなものだろうし、合わないと思うのよね。
騎士風のロンバートは、私の質問に応えて言った。
「はい。実はサラ様の歌の魅力がとても素晴らしく、感動しました。いえ、感動したなどという陳腐な言葉では言い表せないくらい、素晴らしい体験をしたのだと実感しております。そこで、ご無理を承知でお願いがございます。」
「歌をほめていただいてありがとうございます。で、お願いとは何でしょうか。一介の吟遊詩人である私にできることなのでしょうか。」
騎士のお願いって、何だろう。たぶんにさっきの歌に関係する内容だよね。
あれが前ふりじゃなかったら、シナリオライターに文句の一つも言わないと気が済まない。
とすると、私はこの人と、その相手のキューピッド役になるということかしら。
「はい。サラ様なら確実にできるのだと、確信しました。」
ロンバートは普段あの酒場にはいないらしい。まぁ、見るからに毛色が違う感じだし、普段はもっと良い酒場にいるんだろうね、きっと。
「サラ様の噂を市井で伺い、あの酒場に参りました。そのお力をこの目で確認したかったのです。」
とロンバートは言った。
「実は私、この国、ロンバルディア帝国の第二皇子なのです。」
私は、この街の市長です、くらいの軽いノリで衝撃的なことを言うロンバート。
「え?皇子様?この国の?」
流石にキャラのキャパもオーバーなのか、変な聞き方をしてしまう私。
「はい。今日はその身分を隠して、お忍びであの酒場に参りました。そして、サラ様にお会いすることができたのです。」
皇子が場末の酒場に来るとか、どうなっているのだろうか、この国は。
お忍びは確かに中世舞台のRPGではお約束な展開の一つなのだろうけれど、さすがに驚きますわ。
主要キャラクターじゃなくて、重要キャラクターだったとは!
立ち話も何なので、サラの家まで一緒に行くことにした。
皇子様だし、ゲームだし、変なことにはならないよね?
「それでお願いとは何でしょうか。」
「はい、昨年行われましたアマダスカル王国との戦争で、我々は勝利を収めました。収めましたが、少々勝ちすぎてしまった関係で、その後の王国との関係が大きく変わりました。」
何でも、それまで知られてもいなかった大賢者様とやらが、神級の魔法で、王国の兵隊をまとめて葬ったらしい。その情報は検索したら出てきた。
その戦争のために、王国とは相互不可侵条約並びに今後の友好通商条約が組まれたらしい。もちろん帝国の利が大きい条約に決まっている。どのあたりが友好なんでしょうね……。
「その友好通商条約の中に、『友好のあかしとして、帝国皇族と王国王族での婚姻をなすものとする』という条項があります。私は第二皇子であることもあり、その婚姻をなすものとして、白羽の矢が立ちました。簡単に申し上げますと、王国に赴き、第三王女と結婚し、王国の政治の重要ポジションに入れ、ということです。」
ぶっちゃけましたね。
まさに政略結婚ですね!わかります。
でも、その結婚と吟遊詩人はどうつながるのかさっぱりわかりませんよ。ロン皇子(勝手に略した)。
「私も気乗りは全くしなかったのです。初の顔合わせの際に、王国から第三王女が来られたのですが……。」
「もしかして、第三王女がとてもお気に召されたのでしょうか。」
「そ、そうなんです!」
帝国と王国は長きにわたり、戦争を繰り返してきた。一進一退だったその戦争は、昨年、大賢者様のご活躍とやらで、一方的に帝国が勝利し、王国は弱体化してしまったそうだ。
それでも帝国は王国を支配するような政策を取らず、王国を存続させた。これは王国内の様々な技術・芸術・学問・人材を流動的にし、帝国そのものの発展に力を貸してもらうためだそうだ。一方的な支配は、特権階級を始め、真に実力を持つものをアンダーグラウンド化させてしまう危険性があるらしく、レジスタンス運動などをされた日には、いろいろと面倒なことになりかねない。
それくらいなら、王国の実権を認め、そのうえで友好的に接する方が双方のためになるだろうということらしい。実質的には王国は、帝国のお情けをいただいたということになる。
王家は存続したが、帝国に敗れたという気持ちは簡単には消えない。そのため王家の関係者は一様に、帝国帝室関係の者との婚姻を拒んでいる節がある。
王女もそれに倣い、帝国皇子との結婚は正面から異議を唱えてはいないものの、実質的には嫌がっている、とロン皇子は話をした。
しかし、ロン皇子は第三王女を見た途端、メロメロになってしまったようだ。
まぁ、王女だもんね。ゲームキャラの王女ってどこから見ても美人だし、スタイルいいし、性格もよさそうだし(一部ゲームを除く)、惚れるのもわかります。
ところが、初顔合わせ以来、何度顔を合わせても王女側は全く皇子を気に掛ける様子が見られず、たまに顔を見せては露骨に嫌な顔をして帰っていってしまう、ということが繰り返されているらしい。
そんな様子に皇子も積極的にコミュニケーションをとることができず、見ているだけで周囲の者が話を進めていくという状況らしい。
しかもその話も遅々として進まず、露骨とは言わないまでも、どこかで話をなくしてしまいたいと考えているような感じなのである。
まさに先ほどのリクエスト通りの展開ということなのでしょう。
「つまり、王女様のお気持ちを殿下に向けさせるような歌を、王女様に披露してほしいということでしょうか。」
話の流れからなんとなく自分の役割を理解した私は、ロン皇子にそう答えた。
「はい、そうなのです。噂にたがわぬご明察ぶり、ただの吟遊詩人とは思えませぬ。きっと名のある吟遊詩人様なのでしょう?」
微妙な感想を述べながら、ロン皇子は首肯した。
名のある吟遊詩人って……。どっちかというと吟遊詩人という分類は、世捨て人というか、世俗とのかかわりを絶っているというか、そういうイメージなのですけれどね、私の中では。
「今夜のサラ様のステージを拝見し、噂にたがわぬ歌のお力を確認しました。王女のお気持ちをその歌で変えていただけませんでしょうか。」
「私の歌にそこまでの力があると思えませんが……。」
「いえ、そんなことはございません。サラ様の歌はとても素晴らしい。必ずや私の希望に沿う結果になると思うのです。」
何か自信満々に言うロン皇子。
歌一つで気持ちが変わるならだれも苦労はしないよ、皇子。
まぁ、どうせゲームのイベントだし、自分が失敗しても別に構わないだろう、そう思って、渋りながらもOKをしておいた。勿体付けておかないと、軽いキャラだと思われちゃうしね。それに、そろそろログアウトの時間だろうし、後のことはし~らないっ!
お茶会の流れを確認し、ロン皇子を見送る。明日はお城にお昼ごろに行けばいいらしい。
でもね、私の意識はここまでだと思うのです。さすがに寝てしまえば、ログアウトすることになるだろう。頑張れ、サラ。
私は舞台で楽しい音楽を聞かせてもらったことで、結構満足したよ、うん。
引きこもりになってから、こんなに楽しかったのは、初めてです。
ありがとう、サラ。
あなたのことはいつまでも忘れないわ。
と連載打ち切りマンガの最後のト書きみたいなモノローグを残して、私はサラのベッドで眠りについた。
次回7/22投稿予定です。
お読みいただいた皆様、ご感想等いただけますとありがたいです。
よろしくお願いいたします。