2話 CEOの現実。
お読みいただき、ありがとうございます。
粗筋にもありますが、危ないネタが多いですからね。
「ああっ! もう! 百七号、砂場はこっち! 百八号も、そこは爪研ぎ用じゃないわ! もーっ!」
モモは猫たちにトイレの躾をしたり、勝手な場所での爪研ぎを止めたりしていた。
猫たちの首根っこを引っ掴んで運んだり、ポイポイと放ったりもしていて、大忙しである。
これも業務の一環であった。
放り投げられた百八号はくるりと身体を回し、音もなくフカフカした絨毯の上に着地をしている。
猫なので。
ちなみに、上等なスーツは脱いでいる。
白のキャミソールと白のペチパンティ、つまりは下着姿であった。
猫たちに、一張羅を台無しにされては堪らないからだ。
魔女の正装は黒下着なのだが、モモには強い拘りがある。
ペチパンティは見せパンツであるので、恥ずかしくはない。猫の目しかないし、パンツじゃないから恥ずかしくないのだ。
密かな乙女の誇りであった。
「あ、トンボ? 伝票受け取った? うん。なら、気をつけて帰ってくるのよ。安全運転でね」
そんなお仕事の中でも、配達員のオペレーターをこなしていくモモだ。
ハードワークをこなせるのも、魔女としての権能のおかげであった。
魔女は結構凄いのだ。学生時代の学業だって、そこそこ上位を維持していたのだから。「急」の付く巨大企業には勝てないけども。
「あら、二十四号、どうしたの? えっ? ここの家の子になる? もう帰りたくない? なっ、ダメよ! ダメダメ!」
とはいえ、苦労は多い。従業員は使い魔とはいえ猫なので、居心地の良い場所に留まりやすかった。
「さっさと帰ってくるの! 次の配達だって残ってるんだからね。遅れたら、煮干しは抜きよ!」
ときに脅し、ときに宥めすかして労働に向かわせるのも、モモのお仕事である。
それになりふりを構ってはいられなかった。
「ああっ! 十八号っ! それ配達先違う! 戻れない? わかってるわ。オソノ、行ってあげて!」
配達員のミスを挽回するために、ベテランへ出動を要請するも、オソノは「にゃーん」と鳴いただけだった。
「チョコレートケーキをあげるから! さっさと行きなさい!」
そう怒鳴りつけると、オソノはウキウキで飛んでいってしまった。窓を開け放ったままで。
CEOは、とても忙しい仕事である。
「キキ、やっとね。それにしても、時間がかかったわねぇ……」
ようやく、キキにティアラが渡された様だった。
中央銀行は銀行と名がつけど、お役所である。
機能や業務は民間のものと違いはないのだが、王侯貴族が利用する金融機関として、設立されているからだ。
例に漏れず、お役所仕事であるのだが。
「お利口よキキ。後でホットケーキを焼いてあげるからね」
お役所では猫権が認められていないので、割と扱いはぞんざいであった。
我慢強く「待て」が出来たキキに、大好物であるホットケーキを振る舞うなど、安いものである。
猫たちのオヤツは、福利厚生費として経費でも落ちるのだ。ついでにモモがご相伴に預かろうとも、何一つ問題はない。
企業の全株式を有するオーナーCEOとしては、そのくらいの見返りでもないと、とてもやってはいられなかった。
抱えている百七号が、粗相をしてしまったので。
「み、みんなは大人しくしてなさいよ! うう……」
温かく濡れた下着を脱げもせず、モモは洗濯場へとトボトボ歩いて行くこととなった。
全自動洗濯機を回すモモは、ブルリと震えた。
隙間風が吹いている。オソノが、開け放ったまま出て行った窓からだった。
モモに、窓を閉めることは出来ない。怖いので。
魔女とはいえど、高度とかお役所とかの様々なものには頭が上がらないものだった。
とはいえ、今日もお仕事は順調である。
まだ罰金の納付へは行けていないけれども。
定時あがりならば、お役所も窓口が空いている。営業時間内に間に合う予定であった。
最悪、間に合わなくともなんとかなるものだ。手数料は増すけれども。
「二十四号?」
そんな中、二十四号との接続が突然乱れた。
洗濯機を回しながらも、モモは仕事をしている。
配達猫たちの管理だ。意識の接続された使い魔への指示出しこそが、指揮官の大事な仕事であった。
「応答なさい。二十四号、どうしたの? 無事?」
問い掛ければ「にゃーん」という声が返る。
だが、音は乱れており、途切れ途切れであった。
モモは慌てて吊るしていたビジネススーツのポケットから、携帯型多機能端末を取り出す。
起動しアプリを開いてみれば、ルンディニウムの地図が立ち上がる。その一角は、赤く塗られていた。
「濃霧と当たっちゃってたか。大丈夫? 帰ってこれる?」
モモが交信の強度を高めた中で、脳裏に浮かんだ二十四号の姿はブンブンと首を振っている。横に。
「もう帰らない、帰れないじゃないの! お客様の、ご迷惑でしょ!」
二十四号は往生際悪く、お客様宅に居座ろうとしていた。そこに、霧が出た様だった。
この街で発生する霧は、地面に近い空気中で水蒸気が冷やされ、目に見える小さな水滴となったもの、だけではない特徴がある。
大気中に存在する膨大な術力——魔女たちが、魔力だとかと呼ぶ、架空元素の様なものと反応し、術式の発動に阻害を起こす障害となっていた。
これは、高い体内術力を持ちながら、制御出来ていない者の周辺でも起こり得る現象であるが、今のモモには関係のないことだった。
「二十四号、命令よ」
とはいえ、単なる自然現象に過ぎず、力ある魔女。
つまりはモモにとっては、何の障害ともならない。
少しだけ術式を調整し強めれば、済む事であった。
「『さっさと、帰って来なさい』」
使い魔への絶対命令を行使して、視界へ同調する。
二十四号のお届け先の娘さんが、「またねー」と手を振っている。
離れていくその笑顔に向け、モモもまた手を振っておく。二十四号も同じことをしていた。
これを使うと他への接続が疎かになりやすいので、CEOはあまり頻繁には使わない、つもりである。
大体一日では、三、四回程度であった。
それでも——。
猫たちが駄々をこねたり、誤配未遂があったり、粗相をされたり。
その程度のトラブルは、日常茶飯事であった。
「ふふふ……」
翼持つ黒猫たちの視界を通して、笑顔が視える。
待ち望んでいた手紙が届いた女性。
念願の新商品が届いた男性。
皆、期待に溢れている。
プレゼントが届いた子供たち。
お礼を受け取った老夫婦。
誰もが喜びにも溢れていた。
「私、やってるよ。宅……便」
それは、十五年以上も昔の幼い自分に、届けてあげたい言葉だった。
あの素敵な映像作品を見て、胸躍らせていた、幼い日のモモ自身に。
そして十二になって、夢破れたと泣いていた、幼い自分自身へと。
自分では、憧れた「あの子」や、他の魔女たちの様に、箒に跨り颯爽と宅配には出られない。
それでも、こうしてやってこれている。
CEOとして。
霧の都、魔都とも呼ばれるルンディニウムでも、この高いビルから見える空は青い。
漂う雲も、ただ白かった。
それが、色んな意味で「高く」ても、怖くとも。
この場所に、モモがオフィスを構える理由でもあった。
地主——今も友人付き合いの続くヘンリエッタに勧められて、賃料がグレードに比べれば破格と言っても過言でないほど、格安だったというのもあるのだが。
空は青く晴れ渡り、小さな白い雲が流れてゆく。
再びの隙間風に、モモはまた身を震わせた。
開け放たれたままの窓は、足の竦んだ彼女には届かない。
大空は優しく、だけど冷たく残酷に、あるがままの姿でそこにある。何も変わらずに。
それは、あの日見た景色にも似ていて。
年類制限やセルフレートは必要でしょうか? 大丈夫だと思うのですけれど。




