第四章 イニシエーション(開花) 9
それは怒りの感情だった。憎悪。そして、悔しさがこみ上げてくる。
希望と願望と、さらには欲望とがそれらの感情をさらに刺激する。
これら各々の感情たちが、一つ一つのオンコジーンと共鳴していることに、その時は気がつかなった。
だから、ベルトに納まっているオンコジーンが、少し光り輝いていることにも気づくはずもない。
「手錠だけでも外してあげてもらえませんか」
必至で涙をこらえ、溢れ来る感情を押し殺し、言葉を出した。
栗夏は私の要求をすぐさま受け入れ、看守に目くばせをする。
手錠が外されても、ルイは腕をだらりとさせたまま動かない。いや、動く体力すら残されていないのだろう。
栗夏にも、看守にも気づかれないように、私は腰のベルトに納まっているオンコジーンを六つ取り出した。
順番にひとつずつ。
一枚、一枚、隣り合わせになったオンコジーンは融合していく。
後ろに手をまわしながら、ベルトから引き抜いているので、手探りで合わせて行く。
もう何度も何度も練習した作業なので、失敗はしない。
もちろん、誰にも気づかれてはいない。
そして、五枚まで融合させたオンコジーンを右手の中で握り、残り一枚を左手の中に握りしめ、そっと彼のもとへと近づいた。
「羽衣さん。あなたの罪は消えません」
ルイのつま先まで歩み寄り、彼の前で膝を着いて、手を握る振りをして、彼の手の中へオンコジーンを滑らせた。もう一方の手にも同じように。
後ろで見ている栗夏には、私の背中に隠れている位置なので、見えない。
ルイの後ろに立っている看守も気付いていない様子だ。
「死を持って償ってください」
私は、手をルイの手の上に乗せ、祈りを込めた。
集めたわよ。最後の一つも見つかった。これで奇跡が起きないのなら、神など絶対に信じない。
お願い、神様。彼を助けて! そして、私も……。
ゆっくりとルイの手が動く。
彼の片方の目は、しっかりと私を見つめていることが分かった。
彼の意識ははっきりしている。
そう、生きることを諦めてはいなかったのだ。
彼は、彼の意思で、再後のオンコジーンを合わせた。
決して結ばれはいけない二人。
だが、二人は一緒になる決意をしてしまった。
それもオンコジーンをという名の禁断の果実に触れて。
奇跡は起こるものではない。
そう、起こすものなのだ。
オンコジーンは奇跡などではない。
選ばれし者の、道を照らし出す光。光源。
歩いていくのは、本人の意志なのである。
二人の奇跡、軌跡はここから始まった。