表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢にされたお姉様が○○されるのを断固阻止します!  作者: 夜宵
第三章 至宝の輝きと、鉄壁の守護者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/61

38:公爵の鉄拳と、影の潜入者

 晩餐会での宣戦布告から一夜。ゼクス・ガレリアを巡る包囲網は、もはや呼吸すら困難なほどに狭まっていた。だが、彼が本当に「王国という国の恐ろしさ」を知ったのは、翌朝の、朝日が差し込む訓練場でのことであった。


 早朝の学園。霧が立ち込める特別訓練場に、ゼクスは「王国の武術視察」という名目で呼び出されていた。監視役に囲まれながら現れたゼクスの前に、一人の男が背を向けて立っていた。


 重厚な漆黒の外套コートを羽織り、その場に立っているだけで周囲の空間を歪ませるほどの質量を感じさせる男。アルバレート公爵家の長、テオドール・アルバレートである。


「……公爵閣下。わざわざお出迎えいただけるとは、恐縮です」


 ゼクスはいつものように唇の端を吊り上げ、優雅な礼を捧げた。だが、テオドールがゆっくりと振り返った瞬間、ゼクスの言葉は喉の奥で凍りついた。


 テオドールの瞳は、怒りに燃えているわけではない。ただ、獲物を仕留める直前の野獣のような、無慈悲で静謐な冷たさを湛えていた。


「殿下。私は軍人だ。外交や政治の、舌先三寸のやり取りは肌に合わなくてな。……だが、我が家の宝である娘たちが、貴殿のせいで嫌な思いをしたと聞いては、黙っているわけにもいかん」


 テオドールは傍らの武器ラックから、使い古された一本の木剣を手に取った。それは何の変哲もない練習用の剣だが、彼が握った瞬間、その木剣は伝説の魔剣以上の殺気を放ち始める。


「少し、『手合わせ』を願おうか。……安心したまえ、死なせはせん。帝国の第一王子が我が国の土くれに変わっては、後片付けが面倒だからな」


 言うが早いか、テオドールの一歩が地面を爆砕した。


 ゼクスが反応するよりも早く、世界が暗転したかのような錯覚。反射的に帝国秘蔵の「金剛障壁」を三重に展開したが、テオドールが振り下ろした木剣は、まるで薄氷を砕くかのようにその全てを一撃で粉砕した。


「――っ、がはっ!?」


 衝撃波だけでゼクスの体は数メートル吹き飛び、地面を転がった。肺から空気が搾り出され、視界が火花を散らす。


「どうした、殿下。帝国の軍事技術は、避けることすら教えないのか? ……ああ、忘れていたな。貴殿は戦場ではなく、寝室や暗い廊下で人を陥れるのが専門だったか」


 テオドールの言葉は、鋭い刃となってゼクスのプライドを切り刻む。


「ふざけるな……ッ!」


 ゼクスは咆哮し、隠し持っていた攻撃魔導具を起動させようとした。だが、その指が動くよりも早く、テオドールの木剣がゼクスの喉元を正確に貫くような軌道で静止した。


「……動くな。次があれば、その腕を根元から外す」


 テオドールの低い声が、演習場全体を震わせる。それは「警告」ではない。単なる「予定の通知」だった。テオドールは木剣の先で、ゼクスの胸元にある帝国の紋章を小突いた。


「いいか、若造。リルセリアは私の光だ。そしてティアリアは私の誇りだ。……貴殿が親善の名を借りて我が国に毒を撒くのは勝手だが、私の娘たちをその汚い計画に巻き込むのであれば……帝国ごと、私の剣で地図から消してやっても構わんのだぞ?」


 冗談ではない。この男は、本気でそれを実行できるだけの武力と、狂気にも似た愛情を持っている。ゼクスは全身から冷や汗を流し、自身がいかに「触れてはならない逆鱗」を踏んだのかを、その骨身に刻み込まれた。


◇◇◇◇◇


 訓練場にテオドールの咆哮が響き渡る中、その喧騒を遠くに聞きながら、学園の影ではベネディクトとナターシャが冷静に動いていた。ゼクスがテオドールに「教育」されている隙を突き、学園内の帝国使節団の控室付近では、もう一つの戦いが始まっていたのだ。


「……ナターシャ殿、信号は?」

「はい、ベネディクトさん。ゼクス王子の従者が、本国へ緊急の『魔導通信』を送ろうとしています。……座標、ロックしました」


 物陰に潜むナターシャが、小型の展開魔導具を操作する。彼女の任務は、帝国が使う独自の周波数をジャックし、通信内容をリアルタイムで書き換えることだ。


「よし。私がおとりになります。貴女はその間に、通信機デバイスにこの『偽造記録』を流し込んでください。……帝国の次期皇帝争いで、ゼクス王子が『無能ゆえに王国の罠に嵌まった』という報告書です」


 ベネディクトは、手に持った銀のトレイを整え、完璧な給仕の顔を作った。彼はわざと音を立てて控室のドアを開ける。


「失礼いたします。殿下のお着替えをお持ちしました。……おや、お忙しそうですね?」


 驚く帝国の従者たち。ベネディクトは洗練された動作でわざと茶をこぼし、一瞬の混乱を作り出す。そのわずか数秒、ナターシャが影から放った不可視の魔力糸が、通信機に潜り込んだ。


「……完了です、ベネディクトさん。これで、ガレリア帝国の本国は、ゼクス王子を『見捨てる』方向に動くはずです」


 任務を終え、二人は無言で視線を交わした。ナターシャの額には緊張の汗が浮かんでいたが、ベネディクトがそっと差し出したミントの飴に、彼女の顔がパッと和らぐ。


「お疲れ様でした、ナターシャ殿。……毒蛇の巣穴を塞ぐのは、我々『苦労人』の役目ですから」


 訓練場から聞こえる「ぐあああっ!」というゼクスの情けない叫びを遠くに、あるいは聞き流しながら、学園の影で、王国の平穏を守る仕込みは着々と完了していた。


 テオドールの一撃で吹き飛ぶゼクスの悲鳴が、まるでミッション成功を祝うファンファーレのように、霧の向こうで虚しく響き渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ