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悪役令嬢にされたお姉様が○○されるのを断固阻止します!  作者: 夜宵
第三章 至宝の輝きと、鉄壁の守護者

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36:紅蓮の演習場と、暴走する捕食者

 ゼクス・ガレリアが王都に滞在して十日余り。彼が友好の証として提案した「合同魔術演習」は、その名の響きとは裏腹に、最初から血の匂いが混じった罠であった。


 王立学園の広大な第一演習場。観覧席を埋め尽くす生徒たちの熱気は、開始からわずか数分で、絶望的な悲鳴へと塗り替えられた。


 フィールド中央に鎮座していた、演習用の巨大な石造ゴーレム。本来、学生の初歩的な魔術で崩れるはずのそれが、帝国の魔導兵たちが放った不気味な紫の燐光を浴びた瞬間、異形の怪物へと変貌を遂げたのだ。


「――グォォォォォン!」


 鼓膜を揺らす咆哮。ゴーレムの全身には、血管のような赤黒い魔力回路が浮き上がり、制御を失った拳が地面を粉砕した。飛び散る石礫が、逃げ惑う生徒たちの肌を切り裂く。


「な、なんだこれ!? 停止コードが効かないぞ!」

「助けて! 結界が……外に出られない!」


 出口には、いつの間にか「事故」を装った帝国の重力結界が展開され、学園の教師たちが必死に杖を振るうも、一分の隙もなく封鎖されていた。


 観覧席の最前列。混乱の渦を見下ろすゼクス・ガレリアは、優雅に脚を組み、愉悦に満ちた瞳でその惨状を眺めていた。


「リルセリア嬢。見てごらんなさい。魔法とは本来、こうして他者を屈服させ、蹂躙するための牙だ。平和に慣れきった貴国の学生には、少々刺激が強すぎたかな?」


 ゼクスの甘い毒のような声が、リルセリアの耳元で跳ねる。彼女は震える手で自身の胸元を抑え、真っ青な顔で惨劇を見つめていた。彼女の周囲では、恐怖に反応した聖なる魔力が、細かな火花となって散り始めている。それこそがゼクスの狙い――極限のストレス下で、聖女の真価を曝け出させることだ。


「ゼクス殿下……すぐに、止めてください。皆様が、泣いています……!」

「止める? なぜです? 素晴らしいじゃないか。恐怖、混乱、絶望。これら負の感情こそが、貴女の中に眠る『光』を引き出す最高の触媒になる。さあ、私に見せてください。貴女が本当に、世界を救う救済者なのか、それとも……」


 ゼクスがリルの頬に手を伸ばそうとしたその時、座席の肘掛けが爆散した。


「――貴様、その汚い手でリルセリアに触れるな」


 シエル・フォン・アスラニアが立ち上がっていた。彼の周囲では、常人なら即死するレベルの高密度な魔力が、青白い炎となって吹き荒れている。その瞳はもはや人間のものではなく、最愛を脅かす敵を八つ裂きにしようとする狂気の王のそれであった。


 同時に、観覧席の後方から、鋼を叩くような鋭い声が響く。


「魔術師団員、全員抜剣! 生徒の保護を最優先! 結界の強制排除を開始する!」


 レオンハルト・アルバレートだ。彼はいつもの疲れを微塵も感じさせない俊敏さで、カサンドラと視線を交わした。カサンドラは頷き、銀の長剣を抜き放つと、観覧席から演習場へと迷いなく飛び降りた。


「聖女守護騎士団、カサンドラ! 暴走体ゴーレムを抑える! 補佐官、後の工作(ゴミ掃除)は任せたぞ!」


 銀光が走り、巨大なゴーレムの腕が弾け飛ぶ。しかし、帝国の呪詛はしぶとく、千切れた部位から不気味な触手が伸び、カサンドラへ絡みつこうとする。


 阿鼻叫喚の演習場。絶望がピークに達しようとしたその瞬間、冷徹な一喝がすべてを制した。


「――いい加減になさい。汚らわしい術式を、私の学園に持ち込まないで」


 演習場の土を蹴り、影から現れたのはティアリア・アルバレートであった。彼女は手にした白銀の魔導杖を地面に叩きつける。


 瞬間、演習場全体に巨大な雪の結晶のような幾何学模様が展開された。ティアリアが独自に開発した、魔力を強制的に「静止」させる絶対零度の術式だ。


「宮廷魔導師の名において、この場のすべての魔力回路を凍結接収します。……ナターシャ、座標固定! ベネディクト、外部結界の解除コードを逆算して!」


 ティアリアの指揮に、待機していたナターシャと、どこからともなく現れたベネディクトが即座に反応する。ベネディクトは執事服の袖を捲り上げ、手に持った特殊な魔導キーを地面に突き刺すと、帝国の重力結界を内側から粉砕した。


「……解除完了です、ティアリア様。お怪我はございませんか」


 涼しい顔で報告するベネディクト。ティアリアは頷くと、氷の瞳で観覧席のゼクスを真っ向から射抜いた。暴走していたゴーレムたちは、氷の彫像と化し、その場に固まっている。


「ゼクス殿下。我が国の備品を勝手に改造し、学生の命を危険に晒した罪……外交問題という言葉だけで済むとお思いかしら? 貴方が今ここで流した『毒』、すべて記録させていただきましたわ」


 ティアリアの放つ圧倒的な魔圧が、ゼクスを椅子に縛り付けるようにのしかかる。シエルの殺意と、ティアリアの冷徹な断罪。


 ゼクスは初めて、唇の端から笑みを消した。しかし、その瞳には悔しさではなく、より深い、底知れない略奪の欲望が灯っていた。


「……なるほど。聖女だけでなく、その周辺のピースも、これほどまでに一級品とは。……ますます、欲しくなりましたよ。この国ごとね」


 紅蓮の炎が消えた演習場に、ゼクスの不気味な笑い声だけが残響していた。

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