4話
「全く。待ちくたびれたよ。騎士団№1の実力者——」
その者が、顔を上げる。
「——タロウ・レレレ殿」
「誰ぇ!?」
そこには、至って普通の若い青年がいた。
「やぁー、リーシャ殿。遅れてすまないね。転移先を突き止めるのに少し時間がかかってしまってね」
「ふ、捕まったのはこちらの落ち度だ。むしろ迷惑をかけてすまない」
「え、え? え、誰? 誰だよ!?」
リーダー格の男が困惑したような声をあげる。
騎士団№1の男、タロウは「あはは」と頭の後ろを掻いた。平凡な動作は彼が一位とは思えないだろう。
「一応、僕が一番騎士団の中で強いって称号です。でも見ての通り普通だから、格好いいリーシャ殿の方が有名だけど……」
「誠に遺憾なんだがね。君の剣技は素晴らしい。先の公式戦での最後の一撃は見事だった」
「えへへ~」
「いやーこれ流れ的に完全にあの森で一緒だった嬢ちゃん来ると思ったから……急に知らん人来てちょっとびっくりっていうか」
リシャールは不思議そうな顔して尋ねた。
「人見知りかい?」
「いや違うけど! そうじゃなくて、あの嬢ちゃんが来る流れじゃん!? 多分」
「クロエかい? 彼女は騎士団で最下位の実力だが……」
「普通に弱いんかい!」
そこでメルディがハッとした様子を見せる。
倒れた男が持っていたナイフを手に取ったかと思うと、リシャールの首元に冷たい感触が当てられる。
「!」
「ど、どこの誰だか知らないけど、ちょっとでも動いてみなさい! リシャール様の命が惜しければね!」
人質だ。
形勢逆転といわんばかりに、リーダー格の男が棍棒を握り直す。
タロウが気遣うような視線を向けてくる。リシャールは安心させるように頷くと、
「とうっ」
「え」
両手に力をこめ、縄をちぎった。
驚愕する二名の前で、縄が紙切れのように散っていく。その隙を狙い、リシャールはメルディを襲いこんだ。
「なぁっ!? なんだその握力は——ぐえっ」
「自慢ではないが、俺の握力は人並み以上あるのでね」
リーダー格の男もタロウの手によってあっさり敗北する。
こうして、全員を縛り上げたリシャールはタロウに話しかけた。
「ところで、クロエは?」
「彼女なら周囲に仲間がいないから警戒してくるって——」
「そうか。職務を果たしたのか」
「いう建前で、昼寝してたよ」
「…………」
「あんた、やっぱり可哀想だわ」
捕縛した男から同情の目で見られた。
◇◇◇
クロエは欠伸をかまし、うんと伸びをする。
丁度リシャールとタロウが、捕縛した犯罪者たちを連れて出てくるところだった。
「お疲れ様~リシャール無事で良かったよ」
「君という人は……タロウ殿に押し付けて楽をしていたね?」
「あー、いや周辺の警戒をね?」
「涎、出てるぞ」
「しまった」
リシャールは呆れた様子で口元を指す。
慌てて袖口で拭うと、リシャールの呆れの色がますます濃くなる。クロエは曖昧な笑みを零しつつ、捕縛してきた犯人たちを見た。
「あれ、メルディさんじゃん。犯人?」
「詳しい事情聴取はまだしていないが、彼女が俺を捕まえるために彼らに金を払ったようだ」
「うわあ」
メルディはきっとこちらを睨んでくる。言いたいことがあるようだが、魔法防止のため布で口封じをされている彼女は何も言うことは出来ない。
「ま、ともかくリシャールが無事で良かったよ。見たところ大丈夫そうだけど、怪我は?」
「問題ないよ。特に何も……」
「あ、手首」
彼の手首に擦れた跡を発見する。
クロエはリシャールの手を取り、近くで観察した。縄で縛られていたからだろうか。うっすら血が滲んでいる。
「痛そう。包帯くらいは持ってるからさ、巻いてあげる。戻ったらちゃんと手当受けてね?」
「…………」
「リシャール?」
「あ、ああ」
リシャールはクロエが自身の手を持っていることが気になるようで、ほんのりと頬を赤く染めて落ち着かない様子だ。
そんなリシャールに首を傾げ、媚薬でも盛られたかなと内心思いつつクロエは包帯で彼の手首を巻いた。
「……うん! ごめん!」
結果、とても不格好に巻かれた手首が完成した。
「あー、うん。応急手当だから。うん」
「……」
「気に入らないのは分かってるよ! ごめんね! 私、不器用ですからぁ!」
「……いや」
リシャールがこらえきれないように吹き出した。それから、嬉しそうに包帯を見て、
「嬉しいよ。ありがとうクロエ」
「そ、そう? ならいいけど……」
「一生外したくないくらいだ」
「それは引く」
「あはは。クロエ殿、リシャール殿、森を抜けたら他の騎士たちが到着しているから、ひとまずそこまで移動しようか」
「はーい。ねえ帰ったら祝杯あげようよ祝杯! 無事に事件解決したでしょ!」
クロエがはしゃぐと、やれやれとリーシャは肩をすくめた。タロウも微妙な反応を示す。
こんな態度だが、二人とも来てくれるのは分かっているクロエは、何を呑むか頭の中で考え始めた。自然と、足取りが弾む。
「へっ」
「?」
と、男の一人が笑い声のようなものを漏らした。
振り返ると、男達の中でもリーダーらしき男がこちらを見て笑んでいた。布を噛まされている上縛られているとは思えない状態だ。
「二人とも!」
タロウの鋭い声が飛ぶ。
唸り声。魔獣が横道から飛び出してくる。
「っ!」
リーシャが鞘ごと魔獣に当てる。飛びかかってきた魔獣は空中で体勢を崩すが、クロエたち集団を崩すのには十分な動きだった。
「ぷはっ、見くびったな! 俺たちの仲間が人だけだと思ったかぁ!?」
「魔獣を操れるのか!」
男の一人が手を使わず布を外し叫んだ。リーシャが厳しい表情をする。
クロエを魔獣が襲ったのは、たまたまではなかったということだ。
「魔獣よ! 俺たちを助けろ!」
「逃走するつもりか——!」
「はっ! 俺たちを捕縛したまま魔獣と対峙出来るものならやってみな!」
リーシャとタロウの手は男たちを縛る縄でふさがっている。
両手を外せば、彼らは逃げていくだろう。クロエはちらりと男たちを見て、溜息を吐いた。
「もう、仕方がないなぁ」
「お嬢ちゃん、やる気か? そいつらはあんたが森の中で戦った奴らと違う、俺たちの最高の仲間だぜ? 騎士団でどれほど強いのか知らんが、怪我したくなきゃ——ぐ」
「少し黙っていたまえ」
リーシャが男の縄を引っ張る。
怪訝そうにリーシャとタロウを見たのは捕まった令嬢だ。彼女は、どうしてリーシャとタロウに動く気がないのかを疑問に思った様子だった。
「ふ。クロエは確かに騎士団の中での実力は最下位。下から数えた方が早いとされる」
クロエは剣を鞘から抜いた。
魔獣は体勢を低くし、唸り声をあげながらこちらに飛びかかる準備をしている。
異世界転生らしい光景だ。生憎と、きらきらとは無縁な光景だが。
そうクロエは心の中で盛大にため息を吐いて。
魔獣が、踏み出す。
「だがそれは」
一閃。
「公式戦の日、彼女が二日酔いだったからだ」
クロエが剣を鞘に納めるのと、魔獣が絶命したのは同時だった。
◇◇◇
「はあー疲れたー」
異世界の居酒屋というのは、現代日本とそう大きくは変わらない。
仕事を終えた後の美酒も、喧噪も。ちょっとそういうコンセプトのお店に来た程度の気持ちだ。
「明日は非番でしょー、その後休みでーまた仕事―、やだなー異世界きらきら充実ライフ~」
「全く君は。すぐに意味不明なことを言う」
「なによぉ、今日助けてあげたんだからもっと優しくしてよ」
「助けてくれたのはタロウ殿だがね」
クロエとリーシャは居酒屋のカウンター席で並んで飲んでた。
タロウを誘ったが、彼は遠慮した。そんなに酒癖悪くないと思うんだけどなぁ、とむくれるクロエに「僕、自慢じゃないけど気が利くんだ」と言ったタロウは何故かリーシャを見ていた。リーシャはというと、落ち着きがなさそうにそわそわしていた。
「だが、君の剣技を見れたのは良かった。学生の頃を思い出したよ。あの頃の君は毎日真面目に鍛錬に励んでいて……その美しい姿に見惚れていたものだ」
「おお……イケメンに真面目な顔で言われるとちょっとドキっとする」
「本当に素敵な一閃であった。願わくば、明日辺りにどうだい? 模擬戦を一回……いや五回くらい……」
「私、家に帰ったら二度と出ないって決めてるから」
「五万支払う。足りなければもっと出す。君の一日を買わせてくれ」
「言い方よ!!」
リシャールが声をあげて笑う。ほっぺたも赤く、すっかり酔っているようだ。
おかげで普段より色っぽく見える。これならば、令嬢があんな実力行使に出るのも仕方がないのかもしれない、とクロエが思ってしまうほどだ。
「……」
「クロエ?」
その手首に巻かれた包帯は、クロエが巻いたもののままだ。
大した傷ではないからと、リシャールは治療を拒否したのだ。
「無事で良かったよ」
「……」
クロエの零した言葉に、リシャールはゆっくり瞬きをした。
「いやー、リシャールは私の世界で唯一のきらきら要素だからっていうのもあるけど」
なんとなく手持無沙汰で、クロエは木で出来たコップの表面を指でなぞる。
「それを抜きにしても、私にとって大事な人だからさ。無事で良かったなって」
「……その割には、身代わりにされる率も高い気がするが?」
「私が捕まるよりも美人騎士が捕まる方が絵面良いからね!」
それにクロエが身代わりにする時は、大丈夫の確信がある時だけだ。
リシャールもそれが分かっているからか、何か言うことはない。恐らくこの男は、確信がなくたって身代わりになってくれるだろうが。
「美人、か」
リシャールが言葉を零す。
どうしたの。クロエは視線だけで問いかけるが、リシャールは何かを考え込んだ様子のまま動かない。仕方がなしに酒を呑もうとすると、その手をきゅっと握られた。
「リシャール?」
「クロエ。俺は君が好きだ。君がきらきらのいせかい? とやらに憧れているのは分かるが……どうか俺で我慢してくれないだろうか」
真剣な表情だった。
クロエは息を呑んだ。驚きはない。そんな自分に気付いて、クロエは視線を彷徨わせた。
「クロエ」
真剣な声色。今だけ、居酒屋の喧騒が聞こえない。
リシャールのこういった時の顔は、やはり格好良い。クロエは跳ねる心臓を自覚しながら、意を決して口を開いた。
「リシャールは格好いいし好きだけど、細かいから私たち性格的に合わないと思う。多分同居とか絶対無理」
「………………」
クロエは真剣に答えた。
リシャールは静かに目を閉じた。すう、と彼は息を吸うと。
「~~君という人は!!!!!!!!」
この日、居酒屋一番の声を出すのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この後、二人は色々あって付き合う予定です。いつかまたこの二人書けたら良いなぁって思います。
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