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8. わたしだけのお姉様

 学園の制服に身をつつんだ生徒たちが並ぶ中、卒業式が執り行われた。

 王国の貴族も列席する晴れの舞台であり、生徒たちの顔は誇らしげであった。しかし、ようやく迎えた喜ばしい日だというのにわたしの心は重く沈んだものだった。

 

 卒業式後に行われるパーティーの前に、一旦寮の部屋に戻っていた。見慣れた部屋をながめていると、お姉様と過ごした日々がまぶたの裏に浮かんできた。

 しみじみとした気持ちで部屋の真ん中でたたずんでいると、お姉様が部屋に帰ってきた。


「お姉様、これでお別れですわね。……寂しくなります」


「アンジェリカ、あなたのおかげで顔見知りのいない学園での生活はとてもたのしかったですわ」


 そこにはいつもどおりの微笑が浮かんでいた。


「あの、お姉様……」


「どうしたの、アンジェリカ?」


「いえ……、先にいってますね。パーティー楽しみです」


「そうね、とても楽しみだわ」


 お姉様の口元には、いつもと違う笑みが浮かんでいた。

 

 

 パーティー会場につくと楽しげに談笑する生徒を見ながら、これから起きることを考えると気が重くなった。

 もしかしたら、あの手紙の内容はただのいたずらで、何事もなく終わるのではないかという淡い希望を抱いていた。

 

 しばらく待っていると、王太子と一緒にお姉様が会場に入ってきた。

 いつもの学生服とは違う華やかな装いのお姉様は、会場にいるどの令嬢よりも輝いて見えた。

 まるで咲き誇る花のようであり、散る寸前の危うい美しさがそこにあった。

 

 婚約者である公爵家令嬢のパトリシア様を見ると、彼女は王太子のとなりにいるお姉様の姿に困惑した様子だった。

 

 

 そして、幕が開け、始まってしまった。

 王太子殿下によるパトリシア様への糾弾。

 さらにお姉様の口から語られる数々の出来事。

 

「パトリシア、申し開きはあるか?」

 

「殿下、私はそのようなことはしておりません」

 

「私自身も現場を見ている。それに、そなたがサクラ嬢に対してよくない感情を持っているということを他のものから聞いている」

 

「それは……」

 

 パトリシア様が取り巻きである令嬢たちの方を振り向くと、さっと顔をそらされた。その様子を見て、告げ口をしたのが誰か悟り彼女は唇をかんだ。

 

「その様子だと、どうやら本当のことだったようだな」

 

「殿下と必要以上に親しくするサクラ様のことをよく思わないことはありました。しかし、彼女に何かしたなどということは、誓ってありません」

 

 パトリシア様は幼い頃から王太子殿下と婚約を結んでいた。それは両家の都合によるものだったが、しかし、彼女が王太子に好意以上のものを抱いているというのは、必死に殿下へ訴え続ける様子から察することができた。

 

 そう、わかってしまった……。ほしくてたまらないのに、振り向いてもらえないその苦しさが……。

 

 

 そして、気づけばわたしは一歩前にでていた。引き返すことのできない一歩だった。

 思いが呪いになり、口からもれ出るのは呪詛だった。

 

―――お姉様の裏切り者

 

「あの、殿下……、発言をよろしいでしょうか」

 

「なんだ? なにかあるのならば申してみよ」

 

「お姉様、いえ、サクラ様がいったことは間違っています……」

 

「なに? なぜだ」

 

 困惑する殿下。

 ざわつく周囲。

 なおも静かに微笑むお姉様。

 

「わたしは見ていました。サクラ様がパトリシア様のご友人に命令して、ご自分の教科書を破かせるところや、階段から突き落とさせる場面を」

 

「ほ、本当なのか?」

 

 殿下はお姉様の顔を見た。お姉様はいつもどおりの微笑みを浮かべていた。

 

「なによりも、この文が証拠です」

 

 わたしは手紙の束を殿下に渡した。

 会場の隅で静観していたアレクシア・コルヴェが喜色を浮かべていた。

 

「なんだこれは? ただの手紙ではないか」

 

「いえ、それは暗号でかかれたものです。そして、そこには、王太子殿下を篭絡し、王国内の混乱を引き起こせと書かれています」

 

 殿下が目を見開きながら、振り向いた。その視線の先には、何も反論も口にしないお姉様の姿があった。

 

「彼女は……、東の国からの間諜です」

 

「まさか、そんなはずは」

 

 お姉様を見るといつもの微笑みは消えうせ、わたしの目をまっすぐに見ていた。その瞳の奥にある感情はなんだったのかわからなかった。

 

「お姉様、何かおっしゃってください……」

 

 手を伸ばし近づこうとした次の瞬間、スカートの裾にたくし上げ、腿から銀色に光る何かをつかみ上げた。

 そして、手を掴み取られ後ろ手に拘束された。

 

 わたしののど元にひんやりとした金属の触感が押し当てられていた。

 わたしたちを中心に兵士の輪ができあがり、いくつもの切っ先が向けられた。

 

「どきなさい!! でなければこの子の命はありませんよ。すぐに、逃走用の馬と食料を用意しなさい」

 

 チクリとした痛みが走り、首筋からじわりと血が滲み出す触感が伝わってきた。

 包囲がゆるむと、首元を押さえられながら会場の外に連れ出されていった。

 

「走りなさい」

 

 冷たい言葉が耳を打ち、お姉様の前を走らされていた。しかし、向かう先は要求した馬がつながれた会場の正面入口ではなく、裏側だった。

 

「え、こちらですか?」

 

「犯人が馬を受け取ろうとしたときに取り押さえるのは、警備の訓練を受けたものなら必ず考えることよ」

 

 裏口にある使用人用の木戸をくぐり外にでると、あたりは騒がしかった。兵士たちが道を行きかい、監視のすき間を縫うように走った。

 

 やがてたどりついたのは路地裏の空き家だった。

 

 お姉様が扉に打ち付けられた板を強引に蹴りやぶり、中に侵入すると乱れた息とほこりっぽい空気が交じり合った。

 路地裏のすき間を走り回り汚れたドレス姿のお姉様をじっと見つめた。

 

「だめよ、まだ逃がさないからね。ここを通報されるわけにはいかないから」

 

 目を細めながら冷たいまなざしを向けてくるお姉様には、いつものあの微笑は浮かんでいなかった。

 

 そこに、兵士たちと思われる数人の足音と、指示を出す声が聞こえてきた。

 

 もしも、ここでわたしが大声を出せばお姉様を捕まえることができる。

 ちらりと表情を伺うと、何かを諦めたように遠いものを見るまなざしでわたしを見ていた。

 

 どうして、そんな表情をしていらっしゃるのですか……。

 

 息を潜めじっとしていると、音が遠ざかっていった。

 

「今、大声を出せば助かったのに、どうしてかしら?」

 

「聞きたいことがあったからです。どうして、お姉様はわざとばれるようなことをなさったのですか?」

 

 お姉様から預かっていたあの本を取り出した。これがなければ、あの手紙の内容はわからなかったはずだった。

 手紙に多く見えた桜という単語のほかに、数字が多く使われていた。本のページと手紙に書かれていた数字を照らし合わせた結果、手紙に書かれた本当の内容を読み解くことができた。

 

 無言のままのお姉様の口を開かせたくて、なおも質問を重ねた。

 

「あの本のことといい、今といい、お姉様は自らの破滅を望んでいるようです。お姉様の考えていることが、わたしにはわかりません」

 

 ためていた感情を吐き出すと、お姉様が仕方ないなといった感じで肩をすくめてみせた。

 

「行きなさい、アンジェリカ。もう王都中に兵士たちの手が伸びているでしょう。ここが見つかるのも時間の問題です。王国の貴族としての責務を果たしてきなさい」

 

「……いやです。いやです。いやです。離れたくありません」

 

 だだをこねる子供を見るようにお姉様が困った顔をしていた。

 

「アンジェリカ、どうしてあなたはそこまでわたしにこだわるのかしら? 友人として接してくるあなたを利用していた裏切り者でしかないのに。だから、あなたはパーティー会場で告発をしたのでしょう。いままでも、あなたのように騙して利用して使い捨ててきた人間はたくさんいたわ。あの手紙を見ていたなら、私がしようとしていたこともわかっているはず」

 

 手紙には、現地協力者に毒物を渡すことで処分すると書かれていた。それが自分を指しているということも知っていた。

 

「ちがいます。お姉様……、わたしはそんなキレイな思いなんて持ってなかった。だって、あのとき、わたしが考えていたことはもっと浅ましいことでした……」

 

 お姉様を告発して、その後王太子に助命を嘆願すれば、お姉様を自分のものにできるのではないかと考えていた。

 

「わたしはただの人形。機関のいいなりになって動くだけの使い捨ての道具でしかない。あなたが見ていた全ては任務を達成するための演技で、“サクラ”という人間はただのはりぼてでしかないのよ」

 

「王都に来て色々なものを見てきてきました。みんなキラキラしていてまるで宝石箱のようでした。でも、その中でも一際輝いていたのがお姉様の存在です。わたしは……、お姉様がほしい」

 

 お姉様は目を見開いて驚いた表情をした後、自嘲の笑みを浮かべた。

 

「そう……、誤算はそこだったのね。結局、人間というものをなにもわかっていなかった。私にはこの仕事は向いていなかったみたいね」

 

「お姉様?」

 

「いいわよ、アンジェリカ。あなたのものになりましょう。でも、なにもない私からあなたにあげられるものなんて何も残っていやしないわよ」

 

 お姉様はいつもの微笑みをやめて、年相応の少女らしい笑みを浮かべていた。

 

「お姉様……、最期にキスをしてください」

 

 お姉様からもらって大事にずっともっていた口紅を取り出した。

 

「アンジェリカ、それは……」

 

「いいんです。わたしがお姉様から必要とされていなかったということは……。本当は、卒業パーティーの後に使おうと思っていました」

 

 止めようと伸ばされた手が途中で静止した。

 

「似合っていますか? 鏡もないのでちゃんと塗れていないかもしれませんが」

 

「大丈夫、とても似合っているわよ。ステキよ、アンジェリカ」

 

 そっと肩を抱き寄せられ、首筋に湿って温かな触感が押し当てられた。それは次第に上がっていき、宝石のような瞳がわたしをジッと捉えた。


 お姉様の動作はゆったりしたもので、上の唇だけを優しく吸ったかと思うと甘噛みをしてきた。それは痛さを伴うがひどく心地よいものだった。

 やがて、舌がはいりこみわたしとお姉様の唾液が混じりあった。

 お姉様にぎゅっと抱きつくと、腰に回された手を回されさらに密着すると、体温が行き交い、お姉様と自分の境界があやふやになっていった。

 薬が回ってきたのかくらくらと頭がしびれ、視界も暗くなってきた。残った意識にあるのはお姉様だけだった……。

 

―――わたしだけのお姉様、わたしだけの、わたしのもの


 

 *


 

 捜索中の兵士たちが路地裏の空き家に入ると、そこには、抱き合うように横たわった二人の少女を発見した。

 

 二人は穏やかな笑みを浮かべたままだった。

 

 なぜ、重罪犯サクラ・イロイダによって人質にとられたはずのアンジェリカ・パルガルが、そのような最期を遂げたのか、知るものはいなかった。

 

 

 王立学園において起きた事件をきっかけに王国と東の国の間で緊張状態が高まった。

 国内での混乱を収める間、学園卒業後に執り行われるはずだった王太子と公爵家令嬢との結婚は延期された。

 そこには、学園の卒業パーティーで起きた事件も起因していると噂されていた。

 

 主犯サクラ・イロイダについて、王国内務省が東の国に問い合わせるがもともといなかった人物とされた。その遺体は学園の片隅でひっそりと建てられた無縁墓地に埋葬されることとなった。

 さらに共謀の疑いがかかっていたアンジェリカ・パルガルの遺体についてもパルガル子爵家が受け取りを拒否したため。同じ場所へと埋葬された。


 

 どんよりと雲が厚く立ちこめる空の下、王太子の婚約者であるパトリシア・グランシエルが墓地を訪れていた。

 そっと花を墓前にそなえると、名前の刻まれていない墓石をジッと見つめた。

 

「あなたの思いは通じたのかしら、私のものは殿下に届きませんでした……」

 

 悲しそうに目を伏せながらそっとつぶやいた声は誰にも届くことはなかった。

 

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