1話:告白未遂と重い感情?
「……好きだ」
黒髪の青年に面と向かってそう言われて、エフィは目を瞬かせた。
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ここは『予言』によって運命が定められている蒸気の街、エルシオン。
色々あってこの街に迷い込んでしまった少女——エフィは、行く宛がないため友人のところに居候させてもらっている。
居候の身としては、家主のために家事という労働力を提供するのは当たり前だ。料理が苦手らしい『彼』のために、食事を準備するのはエフィの仕事だった。
(よし!)
料理と盛り付けを終えて、エフィは振り向く。その拍子に、プラチナブロンドの長い髪がふわりと揺れた。
エフィの視線の先、テーブルに着いて新聞を読んでいた青年が、こちらの動きに気付いて顔を上げる。
短い黒髪に、しっかりとした体格。精悍な顔立ちをした彼は、視線が合うと明るく笑いかけてくれた。
「はいどうぞ、ルーカス」
エフィはてきぱきとテーブルの上に朝食を並べる。
バター付きのトーストと、野菜たっぷりのスープと、焼いたベーコンに、茹で卵。何の変哲もない、ごく普通のメニューだ。
「簡単なものでごめんね」
「いやいや! 可愛いエフィの手料理だぞ? もうそれだけで、俺にとっては金貨でも買えないくらいの価値があるんだ」
ルーカスは勢いよく首を横に振りってから、軽口を叩く。
「はいはい」
また始まった、と思いながら軽く流す。最初の頃はルーカスの言葉に戸惑ってしまったが、これが彼なりの女性への美学なのだと気付いてからは、真剣に受け取らないようにしている。
流されてもルーカスはあまり気にした様子はなく、ベーコンを切り分けて口へと運んでいた。
(作り甲斐があるなぁ)
美味しそうに頬張る姿に、エフィも頬が緩んでしまう。ルーカスがこちらを見て、カトラリーを置いた。
瞬間、真剣な顔になる。普段は笑顔が絶えない彼が見せたその顔に、視線が釘付けになった。
琥珀色の瞳が、じっとエフィを見つめている。
沈黙の後——
「……好きだ」
こちらを見つめるルーカスの口から、真っ直ぐな言葉がこぼれる。エフィは目を瞬かせた。
「好き……?」
「あっ」
無意識の言葉だったのか、ルーカスが目に見えて焦り始める。宙を彷徨った彼の腕にぶつかり、水の入ったコップが傾いた。
「あ、危ない」
咄嗟に手を伸ばし、コップが倒れる前に掴み取る。ルーカスも同じ行動に出たのか、コップを掴むエフィの手に、大きな彼の手が重なった。
「……っ!? わ、悪い!」
ルーカスはぱっと手を放してくれた。ほんのりと顔が赤い。
「あの、好きっていうのは……その」
ルーカスはごにょごにょと言い訳を始め、顔を隠すようにテーブルの料理に顔を向ける。エフィもつられて、そちらを見てしまう。
そして、納得した。
「ああ。ルーカスの食べ物の好みはバッチリ把握してるよ。任せて!」
彼は24歳でれっきとした大人の男性なのだが、子供が好きそうな食べ物や、朝のカフェで出てきそうな軽食を好む。だからなるべく、彼が喜ぶようなものを中心に作るようにしていた。
やはり、作る以上は喜んでほしい。そんな思いからだった。
「えっ」
エフィの言葉に、なぜかルーカスは一瞬固まって、それから苦笑いを浮かべた。
「あー、そうそう、君の作ってくれる料理は最高だからな。毎日幸せだ。エフィはいい奥さんになりそうだな」
「じゃ、温かいうちに幸せを堪能してね」
いつもの軽口に、軽口で返す。
ルーカスは口だけではないようで、嬉しそうに食事を再開する。そんな彼に背を向けて、エフィは手早くもう一人分の料理を盛りつけ始めた。
(ほんとは、そういう仰々しい言葉じゃなくて、素直な気持ちのほうが嬉しいんだけどな)
心の中でこっそり、そんなことを思う。
——好きだ。
先ほどの真っ直ぐすぎるそれが、まだ耳の奥に残っているような気がして、少しだけ落ち着かない気持ちになった。
そうこうしているうちにリビングの扉が開き、もう一人の同居人が姿を現した。赤茶色の髪を緩くひとつ結びにした男性だ。ルーカスと同年代に見える彼は細身で長身。朗らかなルーカスとは纏う空気がまるで違う。落ちつきがあり、無表情で近寄り難い。
出会ったばかりの頃は少し苦手だなと思っていたが、一緒に暮らし始めて、エフィは彼が実は優しいことに気付いていた。
「よお、アリス」
「アリスって言うな」
表情ひとつ変えず、もう一人の同居人はテーブルに着く。毎朝の挨拶のようなやり取りに、エフィは微笑んだ。
「アリステア、おはよう」
「……おはよう」
エフィは彼の前にも、ルーカスと同じ朝食を置く。彼は「ありがとう」と短く言ってから、朝食に手を伸ばす。
アリステアはルーカスとは逆に寡黙で、あまり自分のことを語りたがらない。何を考えているかはわかりにくいが、口角がほんの少しだけ上がっているのを見て、エフィはほっと息を吐いた。
自分の分の朝食も盛り付けて、アリステアの向かいの席に座る。
「アリステアはさ、茹で卵が好きでしょ」
食べながら何気なく会話を振ると、彼が不思議そうに顔を上げた。
「どうして?」
「いつも最後に食べるから」
エフィが笑うと、アリステアは食べる手を止めた。今も、他の料理はどれも満遍なく食べているのに、半分に割った茹で卵だけは綺麗に残っている。
「……あまり、考えたことがなかった」
言いながら、まじまじと茹で卵を観察した。それから視線がエフィに移る。
「でも、君が言うのなら、そうなのかもしれない」
少し、不思議な言い回し。アリステアはあまり生活感がないというか、自分自身や生活に頓着しないところがある。そういう彼の物言いにももう慣れているので、エフィは答えず、ただ微笑みだけを返した。
「いらないなら貰っちまうぞ」
横からルーカスが手を伸ばすような仕草をする。アリステアは皿をルーカスから遠ざけ、青い瞳で彼を睨んだ。
「そうは言ってない。それに」
アリステアは一度、言葉を切る。
「エフィの作ったものを譲るつもりはない」
表情は相変わらず、真剣なままだった。
賑やかだったリビングに、一瞬だけ、沈黙が漂う。エフィは苦笑いを浮かべた。
「えっと、それ何か重くない?」
「お前、なんでそういうこと真顔で言えるんだ?」
エフィとルーカスは揃って突っ込んだ。アリステアは納得いかなそうに僅かに眉をひそめる。
「……他にどういう表情をすればいい?」
多分彼は、本気でわかっていない。
これが、ルーカスの家での日常だった。





こちらが本編です。