第393話 白亜の館にてフェリクス療養中~ライルの助言~
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴183年 5月21日 帝都ハーグ 白亜の館 晴れ』
帝都ハーグの高級住宅街に建つ、広大で美しい『白亜の館』。
窓から温かな春の陽射しが降り注ぐその一室で、僕はフェリクスのお見舞いに来ていた。
急性胃炎で倒れたフェリクスは、皇宮からこの自宅へと移り、今はフカフカのベッドの上で静かに療養を続けている。
少し顔色は良くなったようだが、その表情はどこか沈んでいた。
「……父さん。僕、やっぱり皇帝の素質ないのかなぁ……」
フェリクスが、ぽつりと弱音をこぼす。
真面目すぎるがゆえに、ベッドの上でも国の心配ばかりしているのだ。
「う~ん、そうだねぇ。もうちょっと、適当にやってみたら?」
「は、はあ。適当、ですか……?」
「そうそう。全部を自分で抱え込もうとしないで、もっと現場の人間を信じる感じでさ! 上がドンと構えてるほうが、下のみんなも働きやすいと思うんだよね!」
僕が笑って答えると、フェリクスは少しだけ目を丸くしたあと、フッと肩の力を抜いた。
「……現場を信じる、ですか。なるほど。父さんの言う通り、それがいいのかもしれませんね」
彼なりに、何か腑に落ちるものがあったらしい。
そんな親子の会話を温かく見守っていたのは、フェリクスの愛妻であるノーラちゃんだった。
彼女は、綺麗に剥いたリンゴが乗ったお皿をベッドの脇に置くと、ふわりと微笑んだ。
「すみません、ライルおとうさん。私は少しルーカスの様子を見てきますので、もう少しフェリクスの相手をしていてくれますか?」
「えっ。僕もルーカスを、いい子いい子したいなぁ」
僕が素直に口を尖らせると、ノーラちゃんは「あははっ」と楽しそうに笑った。
「ライルとうさんは、本当にルーカスがお好きですね」
「え~~~っ! だって、可愛い孫だよ? 目に入れてもいいくらいさ!」
いま、孫のルーカスは四歳だ。
アヴァロン帝国歴179年生まれで、いまが183年だからね! 日に日に大きく育っていく姿を見るのが、おじいちゃんとしての最高の楽しみなのだ。
ノーラちゃんが部屋を出ていくと、開いたドアの隙間から、外で遊ぶ子供たちの元気な声が聞こえてきた。
この白亜の館の庭はとても広いので、近所の子供たちの遊び場として大人気だ。今もルーカスは、友達と一緒に庭を駆け回っている。
(ああ、平和だなぁ……)
僕が窓の外を眺めながら感傷にひたっていると、ふいに、部屋の隅にあるタンスの影が、ゆらりと不自然に濃くなった。
そこから、ぬっと這い出すように、黒づくめの男が姿を現す。
(この気配は、ユーディルだな)
彼は帝国の影として暗躍する、優秀な部下だ。
表向きは帝都総合商社の総帥である。
「やあ、ユーディル。久しぶりだね」
「……お久しぶりです、ライル様。至急、ご報告せねばならないことが」
ユーディルは片膝をつき、いつになく重く、緊迫した声を絞り出した。
「聖都アウグスタにて……ピウス七世猊下が、階段から落ちて亡くなられました」
「……ええっ!? あの、ピウスさんが!?」
僕は思わず立ち上がった。
ベッドの上のフェリクスも、信じられないというように息を呑んでいる。
あの優しくて偉大な教皇様が、まさかそんな事故で亡くなってしまうなんて。
「はい。そして……原因となったシスターが『死んで償いをする』とひどく取り乱してわめいておりまして。現在、ノクシア様がお止めになっている状況です」
ユーディルの報告に、僕は頭を抱えた。
ノクシアが止めているなら最悪の事態は防げるだろうが、聖都は大混乱に陥っているはずだ。
「女神教の運営はどうなっているの? え~っと、次の教皇を選ぶ『コンクラーベ』だっけ? とか、あと、ピウスさんの葬儀とか。誰が仕切ってるんだい?」
「それが……現在、女神教の教会を実質的に仕切っているのは……ライル様とノクシア様のご息女、アウロラ様であります」
「……えっ、ええええええ~~~~~っ!?」
僕は今日一番の、特大の驚きの声を上げてしまった。
僕とノクシアの娘であるアウロラが、あの巨大な女神教のトップに立って仕切っている!?
「つきましては、アウロラ様から『お父さん、手伝って』と、ライル様への伝言を賜っております」
「う~ん……アウロラにそう言われちゃ、仕方ないな。父さんとしては、見過ごせないよ」
僕は腕組みをして、一度だけ深く頷いた。
「そういうわけだから、フェリクス。僕、ちょっと聖都アウグスタに行ってくるよ!」
「と、父さん! アウロラのピンチに駆けつけるのはいいとして、僕が休んでいる間の、皇帝の政務は誰にやらせるんですか!?」
フェリクスが慌てて毛布を跳ね除けようとする。
たしかに、皇帝代理である僕がいなくなれば、国政がまたストップしてしまう。
「う、う~ん……そうだ! レオにやらせてみよう!」
「レ、レオ兄さんに!?」
「うん! レオも自分で自動車会社の代表をしてるから、組織を動かすのは得意なはずだ! きっと大丈夫さ! じゃ、あとは任せたよ!」
僕はフェリクスの制止の声を背中で受け流し、大急ぎで白亜の館を飛び出した。
◇
数時間後。
僕は、聖都アウグスタへと向かう長距離列車の貴族車両に乗り込んでいた。
車窓からは、帝都の美しい街並みが飛ぶように後ろへと流れていく。
(あ~あ、できればルーカスと、もっとお庭で遊びたかったなぁ……)
僕は革張りの座席に深く沈み込みながら、ぽつりとぼやいた。
予期せぬ大きな時代のうねりに巻き込まれながら、僕は出立の準備を整え、一路、悲しみに包まれる聖都へと向かうのであった。
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