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投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~【Web版本編・200万PV感謝!】  作者: 塩野さち


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第333話 新しい命、新しい時代

【副宰相 フェリクス視点】


『アヴァロン帝国歴179年 11月 ラス・バハール王宮』


 ルースキアとの停戦条約が締結されてから、一ヶ月が経とうとしていた。

 南の要塞都市ラス・バハールにも、ようやく穏やかな時間が戻ってきた。


 王宮の庭園にあるベンチで、僕とサラは並んで座っていた。

 僕の手には、ハーグから取り寄せた『アイスクリーム製造機』で作ったばかりの、真っ白なアイスクリームがある。


「はい、サラ。あーん」


「あーん……ん~! 冷たくて甘いですわ! 口の中で雪が溶けていくようです」


 スプーンで差し出したアイスを頬張り、サラが花が咲いたような笑顔を見せる。

 戦場では凛とした指揮官だった彼女も、今はすっかり甘いもの好きな普通の女の子の顔だ。


「……妊婦さんの体に、あまり冷たいものは良くないかもしれないけどね。でも、栄養はあるから」


 僕が苦笑しながら言うと、サラは口元についたクリームを拭いながらクスクスと笑った。


「フェリクス様は心配性ですね。これくらい大丈夫ですわ。それに、この甘さは……平和の味がします」


 サファリダでの激戦、泥にまみれた塹壕戦。

 それらを乗り越えた後に味わう、ミルクと砂糖の塊。

 確かに、これ以上の贅沢はないかもしれない。


 この一ヶ月、僕たちはまるで失われた時間を取り戻すかのように、甘やかな日々を過ごした。

 ハーグで開発されたこの機械も、本来は戦場の兵士を慰労するためのものだ。

 それが今、こうして愛する人を笑顔にしている。


「あっ……!」


 不意に、サラが小さく声を上げた。


「どうしたの? やっぱりお腹が冷えた?」


「いいえ、違います。……動いたんです。今、蹴りましたよ」


 サラが自分の大きく膨らんだお腹を愛おしそうに撫でる。

 僕も慌てて手を重ねた。

 すると、ポコッ、と力強い胎動が掌に伝わってきた。


「本当だ……! すごい力だね」


「ふふっ、きっとこの子もアイスクリームが食べたかったのかもしれませんね。フェリクス様に似て、食いしん坊かも」


「いやいや、君に似ておてんばな子かもしれないよ?」


 僕たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。

 僕たちは、国家よりも、もっと強くて尊いものを守ろうとしているのだ。




『11月28日 早朝』


 その時は、唐突に訪れた。

 まだ夜明け前の薄暗い寝室に、サラの苦しげな声が響いたのだ。


「フェ、フェリクス様……! た、たぶん、生まれそうです……!」


「なっ!? す、すぐに医者を!」


 僕は飛び起きて、廊下に向かって叫んだ。

 砲弾の飛び交う戦場を歩くときだって、こんなに心臓が跳ねたことはない。

 自分でも滑稽なほど慌てふためいているのが分かった。


「殿下! 落ち着いてください! 男がうろちょろすると邪魔です!」


 侍女たちに背中を押され、僕は寝室から追い出されてしまった。

 バタン、と扉が閉ざされる。


「うぅ……うぅぅっ……!」


 中から聞こえるサラの悲鳴のような声。

 僕は廊下を行ったり来たりすることしかできなかった。


(神様、アヴァロンの神様、ゼナラの神様……誰でもいい、彼女と子供を助けてくれ! えーっと、この際ノクシアさんでもいいや!)


 戦争なら、剣を取って戦える。作戦を立てて敵を倒せる。

 だが、ここでは僕は無力だ。

 ただ祈り、待つことしかできない。この数時間が、どんな激戦よりも長く感じられた。


 そして――。

 空が白み始め、朝陽が差し込んだ瞬間だった。


 オギャァァァァァッ!!


 力強い産声が、王宮に響き渡った。


「で、殿下! お生まれになりました! 元気な男の子です!」


 リーンが扉を開けて飛び出してくる。

 僕は転がるようにして部屋の中へ駆け込んだ。


「サラ!」


 ベッドの上、汗で髪を額に貼り付けたサラが、ぐったりと、しかし神々しいほどの笑顔で、小さな包みを抱いていた。


「……フェリクス様。見てください、私たちの……赤ちゃんです」


 恐る恐る近づき、覗き込む。

 猿のように真っ赤で、クシャクシャな顔。

 小さな手足が、一生懸命に空を掴もうとしている。


「男の子……僕たちの、息子か……」


 震える手で、我が子を受け取る。

 ずっしりと重い。

 たった数キロの重みなのに、そこには世界の全てが詰まっているように感じられた。


(ああ、そうか。このために……)


 父さんが守りたかった平和。僕たちが戦って勝ち取った未来。

 それは全て、この小さな命が、安心して眠れる世界を作るためだったのだ。


「よく頑張ったね、サラ。……ありがとう」


 僕はサラの額に口づけを落とし、そして腕の中の小さな命を見つめた。

 窓の外には、雲ひとつない冬晴れの青空が広がっていた。


 アヴァロン帝国歴179年、11月28日。

 一人の男の子が誕生した。

 彼の産声は、戦乱の終わりと、新しい時代の始まりを高らかに告げているようだった。


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