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>>>ホルツを誘おう
夏真っ盛りの午後、私はクンストから寮完成の報告を受けてホルツの家を訪ねた。
「ホルツー、いるか?」
「誰だ?あぁウィルか。久しいな。」
ドアが開くと、熱気と絵具の香りが押し寄せてきた。
「今は忙しいか?」
「いや、ちょうどさっき一段落したところだ。」
「そうか。じゃあ飲みに行くぞ。」
「今からか?」
「そうだ。」
「分かった。」
私はホルツと共に中隊の飲み会でよく使うゲミューゼに行くことにした。
「ウィル、ここでいいのか?とても貴族が入るような店には見えないんだが。」
「もっと高級な店の方が良かったか?」
「いや、そんなところに連れて行かれたら、恐縮して酒も料理も喉を通らない。」
「じゃあ、この店でもいいか?ここは私の中隊の飲み会でもよく使う店で、料理が美味しいんだ。」
「そうなのか。ウィルがいいなら俺は市井の飲み屋のほうが落ち着くから、こういう店の方がありがたいが。」
「じゃあ入ろう。」
「あぁ。」
「ホルツは何を飲む?」
「俺はエールで。」
「分かった。女将さん、エールとシードル。」
「はいよ〜」
まだ時間も早く、お客さんがほとんどいなかっため、飲み物はすぐに出てきた。
「ほぉ、やっぱり貴族様はお洒落な飲み物を飲むんだな。庶民が飲むエールなんかは口に合わないんだろうな。」
「いや、実は私は子供の頃に味覚を失っていてな。半年ほど前に味覚が戻ったところなんだ。
しかし、子供の舌の感覚のようで苦いエールが飲めなくなってしまったんだ。」
「すまん。なんか辛いことを聞いてしまって。」
「いや、別に辛いと思ったことは無いよ。ただ、美味しいものを知ってしまった今、また味覚を失うことがあれば辛いだろうな。」
「そうだな。」
「ホルツは何か苦手な食べ物はあるか?好きな食べ物は?」
「俺は実はあまり肉が得意ではないんだ・・・。
前は金がなくて食えなかったというものあるんだが、金があってもあまり口に合わなくて・・・。」
「そうなのか。奇遇だな。私も肉は食べないんだ。」
「そうなのか?貴族様はいい肉をたらふく食っているのかと思っていた。」
「いや、私は口に合わないどころか、肉は一切受け付けないんだ。
だから普段は野菜と豆とパンを食べている。たまに魚介なら食べるが。」
「なるほど。菜食主義ってところか。」
「菜食主義、その言葉いいな。使わせてもらおう。」
いつも肉が苦手だから・・・と言っていたが、菜食主義と言った方がスマートだな。いい言葉を教えてもらった。これからはそう言うことにしよう。
「そうか。」
「この店は野菜料理が美味しいんだ。肉のメニューもあるが少ない。
適当に頼むぞ。」
「あぁ。ウィルに任せる。」
私はメニューから適当に料理を頼んだ。
「ホルツ、持ち歩ける絵、人気が出ているらしいな。」
「そうなんです。ありがたいことに。ウィルには感謝しているよ。」
「いや、私はただその場の思いつきを口にしただけだ。
人気が出たのはホルツが描いた絵がみんなに認められたからだ。」
「そうか、そんな風に言われると嬉しいな。」
「ところでホルツ、前に絵を邸に運んでもらった日に話したことを覚えているか?」
「俺のパトロンになるとかいう話か?」
「まぁそれもだが、もう一つ、作品を展示販売できる場所があって、個人の工房と食堂がついている寮のようなものがあったら、住みたいか?って聞いたのを覚えているか?」
「あぁ、そんな話をしていたような気がするな。」
「その寮が完成した。」
「は?あれは例え話じゃないのか?本当に作ったのか?」
「あぁ、作った。王都ではないが。
王都の隣に私の領地があるんだが、その領都であるクンストというところに作った。王都から馬車で4時間ほどの場所だ。
それで、ホルツさえ良ければ、私の領地に来ないか?」
「・・・あ、いや、急すぎて。なんて言ったらいいか。」
「あぁ、そうだよな。条件が良くてもどんな場所かも分からないところへ移り住むなど、即決できるわけがない。
引っ越すかどうかは考えず、気軽な気持ちでクンストへ遊びにきてほしい。」
「遊びに行くくらいなら・・・。」
「ぜひホルツに見てもらいたい森があるんだ。
クンストの東に森が広がっていて、そこは魔獣が滅多に出ない。
外壁が音を遮っているのか、森に繋がる門を出ると、とても静かで落ち着くんだ。」
「それは行ってみたいな。」
「よし、決まりだな。いつがいい?」
「ウィルは意外とせっかちだな。」
「そうか?まぁそうかもしれん。寮や展示販売施設はできたが、まだあの区画には芸術家が1人しかいない。せっかく作ったから誰かに使ってもらいたいと思って気が逸ってしまった。」
「住むかはまだ決められねぇが、どんなものか見てみたいと思う気持ちはある。森も気になるしな。」
「ホルツの都合がいい日に時間を作ろう。私が案内する。馬車も出そう。」
「いや、そこまでしてもらうわけには・・・ウィルは忙しいだろ?騎士団もあって領地のこともやっているんだろう?」
「いや、私がホルツを案内したいんだ。」
「そうか。じゃあ・・・案内だけお願いする。」
閲覧ありがとうございます。
ホルツは森に佇む妖精の絵を描いている画家です。
ちなみにホルツの名前の由来は、ドイツ語で森です。




