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「そう言えば自室と言っていたが、まさか騎士団の寮か?」
「いや、邸の自室だ。」
「邸・・・?もしかして貴族様?」
「一応な。」
「すまねぇ、タメ口で話して。態度も・・・。」
「いや、構わん。そのまま今まで通り接してくれ。私の名前もウィルと呼び捨てで構わない。」
「わ、分かった。」
「もうホルツは私の友人みたいなものだからな。」
「俺、大丈夫かな?夢見てるかもしれない。邸って貴族街だよな?俺、この格好で入って大丈夫か?」
「はははは。ホルツは面白いな。問題ない。私がついているからな。」
貴族街に入る時、ホルツは少し狼狽えた。
ロルトの代理で侯爵家に行った時は、私も緊張したな。
入り口の門番に身分証を提示して。
ん?そういえば、その後は貴族街に入るのに身分証の提示を求められたことはないな。
「ここだ。」
「・・・ここ。」
門の向こうから家令のセバが歩いてくるのが見えた。
「おかえりなさいませ旦那様。」
「ただいま。彼は画家で、私が買った絵を運んでくれたんだ。」
「そうでしたか。絵はどちらに飾られますか?」
「私の自室に飾りたい。
ホルツ、どうした?入ってくれ。」
邸と門を見上げて固まっているホルツに声を掛け、門の中に入るよう促した。
「あの、ウィル様は・・・」
「ウィルでいい。フェルゼン侯爵家へようこそ。」
「侯爵・・・。俺、入っていいのか?」
「あぁ、いいぞ。」
玄関前まで来ると、執事と使用人の男性陣が絵を運んでいく。
ホルツを自室に案内すると、ソファーに座るよう促し、メイドに軽食とお茶を頼んだ。
絵が壁に設置されていくのを眺めていると、メイドが軽食とお茶を運んできた。
「ホルツ?」
「あ、すまない、貴族の邸に入ったのなんて初めてだったから。」
「そうか。遠慮はいらない。好きなだけ食べてくれ。」
「あ、あぁ。」
恐る恐るサンドイッチに手を伸ばして、小動物のようにモシャモシャと食べ始めた。
「おいしい。」
「それは良かった。
で、ホルツに話しがある。食べながら聞いてくれ。
私はホルツの作品が気に入っている。森の話も。人物的にも。だから今後もホルツの芸術活動を応援したいと思っている。
つまり、パトロンになろうと思う。」
ゴホッ
「大丈夫か?」
「あ、あぁ。」
「そこの机にあるペーパーウエイト、その本棚にあるブックエンド、面白いデザインだろ?」
「あ、あぁ。」
「先日、その作品の作家のパトロンにもなったんだ。」
「そう、ですか。」
「あ、定期的に何枚絵を描けとか、ホルツの希望しない絵を描けとか、そういうことはしないから安心してほしい。
きっと、まだ私のことをよく知らないし、怖いし不安だと思う。だから、答えは今すぐでなくていい。」
ポカンと口を開けて固まっているホルツ。
何か、おかしなことを言っただろうか?
コホン、
「旦那様、僭越ながら一言よろしいでしょうか。」
「あぁ。なんだ?セバ。」
「ホルツ様は戸惑っておられます。貴族の邸に連れてこられて、パトロンになりたいなど。縛り付けられると思われても仕方ないかと。」
「そうか。言うのが早すぎたか。
すまない、ホルツ。ホルツをどうにかしようなどと思っているわけではないんだ。」
「はい・・・。」
「パトロンの話は無かったことに。いや、無かったことにするつもりは無いが、一旦忘れていい。
とにかく、今後とも仲良くしてくれると、私は嬉しいのだが。」
「わ、分かりました。仲良く?します。」
「そうか。良かった。
じゃあ今度飲みに誘うよ。市井の飲み屋なら良いだろう?」
「それなら。」
後日、中隊長室にホルツから絵が届けられた。
「あぁ、これでこの絵を遠征先や旅先でも見られるな。」
「それほどまでに気に入ってもらえると、画家として嬉しいよ。」
「いいよな。これ。大きな絵でなくても普通絵は気軽に持ち運びできない。
でもポケットに入れられる大きさなら、どこにでも持って行ける。
気に入った絵だけじゃなく、恋人や家族の絵姿なんかも持ち運びができれば、持って行きたいと思う者も多いだろう。」
「それ!俺が作品として売り出してもいいか?家族や恋人やなんかの絵姿を、ポケットに入れることができるサイズで描くアイデア。」
「あぁ、いいよ。ホルツがやりたいと思うのならやればいい。」
「えっとじゃあ、アイデア料として、売上の1割をウィルに渡す感じでいいか?少ないか?」
「アイデア料?そんなものは要らん。
私はちょっと思ったことを言ってみただけだ。私は画家じゃないから形にすることはできないしな。」
「いや、そういうわけには・・・。」
「私は以前、ホルツのパトロンになってもいいと言った。
その思いは今でも変わっていない。だから、もし気になるのならそれは私からの支援と思って受け取ってくれればいい。」
「そうか。ありがとう。煮詰まっていたが、希望が見えた気がする。」
「それは良かった。ホルツがいい環境でいい作品を生み出すことが、私の願いだ。」
「なんていうか、そんな風に言ってもらえると、今までの苦労が報われる気がするよ。本当にありがとう。」
「いや、私のほうこそ、この絵に癒されているから、この作品を生み出してくれたホルツに感謝しているんだ。ありがとう。」
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