側面のお話 <新たな疑問> パトリック視点
「ごめんなさい!痛かった?」
抱き締めた俺の腕のなか、安心したように息を吐いたローズマリーが、そう叫ぶように言って俺から離れた。
なぜなにどうして、俺から離れるのか。
不服に思いつつ視線を落とせば、ローズマリーが泥だらけの傷だらけなのに気づいて、俺は息が止まりそうになる。
けれど、そんな俺の視線の先で、ローズマリーは何かを大切に抱き抱えている。
それはどうやら二匹の仔犬のようだ、とは思うものの、今はそれどころではない。
「ローズマリー。怪我はない?痛いところは?ああ、擦り傷だらけじゃないか。それに、こんなに泥だらけになって」
言いつつローズマリーの頬を撫で、深い傷の無いことを確認して、俺は一先ず安心した。
「申し訳ありません。パトリックさまも、泥だらけにしてしまいました。その指も」
「大丈夫だよ」
自分がそんな状態なのにも関わらず、俺を気遣う。
そんな心優しいローズマリーを改めて愛しく思いつつ、俺は洗浄の魔法を使った。
え?
泥だらけだったローズマリーはもちろん、泥が落ちて汚れてしまった絨毯も、ローズマリーを抱き締めたことで泥が付いていた俺も、洗浄魔法によってきれいになった。
それなのに、ローズマリーが抱いている二匹の仔犬は泥だらけのまま。
魔法が、効かない?
「あら?どうして?」
驚愕する俺の前で、ローズマリーも首を傾げている。
魔法が効かない存在。
それは、つまり・・・。
「お嬢様!」
浮かんだ仮説に眉を寄せる俺の前で、控えていた侍女がローズマリーに抱き付いた。
そんな侍女を受け止めるローズマリーは、部屋をゆっくり見まわして護衛の姿を認め、改めてほっとした様子を見せてから、何やら不思議そうな顔になる。
思えば、ローズマリー自身は、自分が消えてからのこちらのことを知らない。
否、自分がどういうことになっていたのかさえ、体験したこと以外のことは判らないだろう。
後できちんと説明しなければ、とはいえ、俺たちも仮説以外持ち合わせがないから、ローズマリーの体験したこととすり合わせをしなければ、と思っているとローズマリーが侍女の説明に小さく頷いた。
「心配をかけてごめんなさい、マーガレット、シスル。それでは、ウィリアムにもわたくしが無事だと伝えなければなりませんね」
「大丈夫。もう、連絡蝶を飛ばした」
そろそろ、夜が明けるという時刻。
今頃ウィルトシャー級長は、王都に入ったあたりだろうか。
「お手数をおかけしました」
思いつつ伝えれば、ローズマリーが俺へと頭を下げた。
「全然手数なんかじゃないよ。むしろ、君の侍女も護衛も、僕のところへ最初に来なかった、というのが気に入らないくらいだ」
ああ、こういうところが狭量だと思うのに。
思う前に口にしてしまって、俺はローズマリーに呆れられそうだとため息を吐く。
現に、ローズマリーは困ったように侍女と視線を交わしている。
「あの、それは。わたくしがいつも、パトリックさまのご迷惑になることを懸念していることを知っている侍女が、わたくしの意志を尊重してくれたのだと思います」
そして、きちんと俺に説明してくれるのに、しかも、俺のことを思ってだと理解できるのに、それでもそうかと納得できない。
子どもっぽいとは思うが、ローズマリーが絡むと、俺は途端に『俯瞰して』とか『冷静に』とか思うことさえできなくなるので仕方がない。
そんな俺に出来るのは、再発防止のみだと開き直る。
「それこそ、いらない世話だと覚えておいて欲しい。判った?」
言えばローズマリーが気圧された様子でこくこくと頷いた。
その仕草が、物凄く可愛い。
「うん、いい子だ」
なんて言いながらローズマリーの髪を撫で、余裕を装ってそのきれいな柘榴色の瞳を覗き込むけれど、何のことはない。
実際のところ、俺は拗ねていただけだ。
そんなことは絶対、墓までの秘密だが。
「ローズマリーが消えた、と聞いた時には生きた心地がしなかったよ。無事で本当によかった。でも、話は聞かせてね。その、仔犬たちのこととか」
そして当然、そんな内面の葛藤はおくびにも出さず、俺はローズマリーが大切に抱える二匹の仔犬に目をやった。
「くうん」
「くうん」
可愛い声で鳴く姿は仔犬のようで、邪悪なものは感じない。
それに、ローズマリーは魔力を吸いあげられた様子がない。
<惑わせの森>に誘い込まれた訳ではない、のか?
しかしそれなら、ローズマリーは何処へ行っていたと?
それに、この二匹の生き物は何だ?
魔法が効かない存在。
もう幾度も魔獣討伐に参戦している俺は、それが魔獣では有り得ない、という見解に至った。
流石に、討伐対象である魔獣に洗浄魔法をかけたことは無いが、他の魔法で倒せるのだから、魔法が効かない、ということは考えられない。
となると、こいつらは。
「判りました。でも、この子たちを洗ってあげてからでもいいですか?」
思っていると、ローズマリーが伺いを立てるように俺に聞いてきた。
何かを決意したその様子に、ローズマリーもこの二匹をただの犬だと思っているのではないことが判ってほっとする。
ほっとするが、だがしかし。
「その言い方。もしかして、ローズマリーが自分で洗おうとしている?」
「はい、もちろん」
当然、と答えるローズマリーは、自分できちんと責任を持ちたいのだと言って譲る様子はない。
まあ、ローズマリーならそう言うか、と、俺はそんなローズマリーを好きだと改めて思う。
それならば、俺が取る道はひとつだけだ。
「まあ、ローズマリーならそう言うか。僕は、君のそんなところもとても好きなんだしね。でも、僕と一緒に洗うのが条件だよ」
そう言えば、ローズマリーが驚いたように俺を止めにかかるが、これは譲れない。
そして俺は、仔犬の頭をつつく俺を嬉しそうに見つめるローズマリーと共に、仔犬に擬態した何か、を洗うこととなった。
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