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俺は幼馴染みから逃走できない

二章?開始です

 五月の超上旬、ゴールデンウィーク直前だ。あの遠足から一週間、つまり、俺と幸崎の言葉の上での対立から、正確には俺の返事はあいつには届いていないだろうから、あいつの一方的な宣戦布告から、七日間が過ぎ去ろうとしていた。そんな中、ゴールデンウィークを目前にした俺のテンションは。


「蒸し暑い。だるい、ねむい、しんどい」


 D(だるい)N(ねむい)S(しんどい)を合言葉に、絶賛五月病にかかっていた。もう、無理。なんで五月なのにこんな暑いんだよ。おかしいだろ。湿気とか凄いし。俺は、部室のガラス張りのテーブルに上半身の体重を預けぐてーと体を倒していた。本当、この部室にクーラーをつけることをオススメする。だって暑いんだもの。神座。


「分かったから。分かったから、神座。それ以上、弱音吐かないで……」

「……どうしてだ。俺は心が弱っている。鬱状態だ。その状態で弱音を吐くなとかお前、鬼畜か……」


 そう言って、反論を試みるが、俺も榊もその言葉に力はない。実際、暑すぎて何も考えられないのだ。心頭を滅却すれば火もまた涼しだって?仙人さん、お帰りはあちらです。貴方は呼んでません。というか、その境地まで至ったんだったら、もういっそのことそこまでの至り方をエッセイにでもしたらどうですか。そこそこ売れるのではないだろうか。知らんけど。


「せんぱぁーい。僕、暑すぎて死にそうなんすけど……」

「安心しろ、古幡後輩。俺も一緒に行ってやる……」

「先輩と一緒ってなんか嫌なんすけど……!?」


 古幡後輩はそうやって俺と三途の川を渡ろうとするのを拒否る。おい、病人には優しくしやがれ。こちとら、少しセンチメンタルになってんだぞ。マイナスチックな思考になってんだぞ。……マイナスチックってなんだ。


「大体、古幡後輩、お前の名前吹雪だろ。吹かせてくれよ」

「んなもん無理に決まってるっすよ……!」


 俺の無茶ぶりに、律儀に反応する古幡後輩。同じく後輩の並譜さんをチラチラと横目で見ながらだが。おい、なんだ。最近、チラチラ見るのが流行ってるのか。五月病のせいかなんか、イライラしてきた。


「古幡後輩。お前ならできる。お前の考え付く、思いっきり寒いギャグを口にするんだ!!」

「それは、全力で断らせてもらうっす!!」

「うん、漫画じゃあるまいし、それは無理じゃないかな……」


 相変わらず声に覇気はない。全人類の最後の良心、楔ですらこれ程の有り様なのだ。万策つきたか。いや、そもそも策を練ってないだろうがと言われれば返す言葉もないのだが。それは察してくれ。


「簪先輩。私も死にそうです……」

「そうか。並譜さん、古幡後輩に頼んだら、団扇でも扇いでくれるんじゃないか?」

「吹雪くん……」

「分かったす。分かったから、そんな目で見ないでほしいっす!」


 並譜さんの懇願するようなうるうるとした瞳に、気圧されたのか、高速で頷く古幡後輩。そして、団扇を並譜さんに対して扇ぐ古幡後輩。その姿はまるでげぼk……。いや、何でもない。気にしないでくれ。別にしもべの様だとか思ってないから。 扇がれる並譜さんの姿を見て、その隣で椅子を普通とは逆に座り、ばてている諏佐原はその様子を見て、瞳を煌めかせる。擬音語でいうと、キャピーンみたいな感じ。なんか、猫っぽい。


「楔ぃー。私も扇いでぇー」


 他の男子には聞かせないような声で、楔に催促する。楔は苦笑して、団扇を部室の奥から取りだし、諏佐原の前まで行く。そして、自分を扇ぎ出した。あの(聖人君子)が扇いでやらないだと……!?それほどまでに諏佐原に迷惑をかけられているということだろうか。うむ、楔のこれまでの苦労が忍ばれる。


「うぇ!?なんで、私に扇いでくれないの!?」

「……去年の夏休み明け、冬休み明けの課題」


 楔が普段より幾らか低い声で、諏佐原に静かに語りかける。諏佐原はその声を聞いて、肩を僅かに震わせる。どれだけ怯えているのだろうか。というか、今日の楔がちょっと怖い。これも暑さのせいだろうか。それとも、幼馴染みにだけ(・・・・・・・・)厳しいなにか別の理由があるのだろうか。それにしても、楔が怖い。


「まさか、あれだけ頼ってくれたのに忘れては、ないよね?」


 いつものような、柔らかい笑みではなく、腹になんか抱えているような、そんな含みのある笑み。腹黒系の笑み。正直、背筋が凍りつくかと思ったぜ。


「神座ー。私も扇いでー」


 そんな諏佐原と楔のやり取りに、背筋が凍る思いを抱いていると、隣からこの部屋の主が再び、俺に声をかけてきた。榊、お前もか。自分で扇ごうとは思わないのか。働け。部室でテーブルに上半身の体重を預けている俺が言うのもなんだけど。


「断る」

「えぇー。いいじゃん。減るもんでもないしー」

「はぁ、榊、お前は分かっていない」


 俺は肩を竦め、わざとらしく大きくため息をつく。全く、幼馴染みなのに、俺のことがちっとも分かっていないな。これが個人差って奴だろうか。違うな。どちらかと言えば個体差だな。榊が、文系を得意にしているのに対して(とはいえ、苦手な強化もほぼ満点クラス)俺は、理系なのである。まだやっていないが、数列とか最高。あの規則性が素晴らしすぎる。


「な、何が分かっていないって言うのさ」

「榊、俺が団扇を扇ぐと、俺のカロリーを使うだろう?だから断る」

「……目に見えないものを減ると言われてもねー。ちょっと説得力にかけるかな」


 俺の返答に大いなる不服があったのか、頬を膨らませ榊。美形は華があっていいですね。だがしかし、俺はそんなことではへこたれない。こっちは、今まで数々の理屈を屁理屈で黙らせてきた男だ。無理を押し通せば道理が引っ込む!俺は!お前には屈しない!


「おいおい?何言ってるんだよ榊。カロリーというのは、熱エネルギーで表すことが出来るんだぞ?つまり、数字という目に見える形で出てきているじゃないか」

「でも、カロリーそのものが見える訳じゃないでしょ」

「ふっ、甘いな榊。そもそも、筋肉が動く時など人体が活動するときに使用される物質は、生物の教科書にも書かれている通り、ちゃんと名前までついている。つまり、俺が動けば、その物質がカロリーとして消費され、俺の体内の熱量が減る!故に、俺は団扇を扇がない!」

「今日も屁理屈は絶好調だね、神座は……。でも、それだけ熱弁したら、消費カロリーもそれなりになるんじゃないの?」


 ぐっ。と俺は返答につまる。確かに今みたいに、あれだけ長々と語ったら、団扇で扇ぐのと同じくらいは消費したかもしれない。いやいや、よく考え直せ俺。冷静に考えたら、どれだけ長い間団扇を扇ぐかも分からなかったんだ。それを考えると、あれだけ熱弁したのも、最終的な数値を考えると、得だっただろう。うん、俺は何も間違っちゃいないはずだ。


「そんな分けないだろう。俺がお前を扇ぐ方が遥かにカロリーを使う」

「うーん、でも暑いしなー。」


 俺の返答など一切聞かず、榊は話を進めようとする。なんだか、嫌な予感。流石に、ぶっとんだことを言うほど、こいつの頭のネジは飛んじゃいないと思うが……。念のために、鞄を近くに引き寄せ、逃げる準備をする。


「そうだ!」


 彼女が、そう言った瞬間、俺は今日の脚力を発揮し、この部室の扉をトップスピードで抜け去る……筈だった。俺の右肩は、榊の細腕によって捕まれている。


「何処へ行こうとしているのかな?神座」

「いや、そのお手洗いに……」

「じゃあ、その鞄は要らないよね」


 目が、目が笑ってねぇ!!このままじゃ俺、殺られるぞ。俺は知識をフル回転させ、状況の打破を思考の中で試みたが、どれも余りにも上手く行かなかった。結論、俺に榊は越えられない。すなわちそれは、俺が榊に従うしかないということを指し示すものだった。

第十一話目です。

完全のストックは出来ていませんが、出来ているところまで。

あと、キャラ紹介みたいなのって、いるんでしょうか……?必要ならば作るかもです。


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