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太鼓の少女  作者: 森新児
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第42話 最終回 闇の奥へ

 リリリ、と草むらで秋の虫が鳴いている。

 時間は夜の十時だった。

 僕はひさしぶりに、自分の家に帰ってきた。

 一座の仲間とともに。


(こんなとき何ていえばいいんだろう?)


 と戸惑いながら声をかけた。


「こんばんは」


 声をかけるとすぐ玄関から白いTシャツに茶色いスカートを履いた母と、赤い水玉のパジャマを着た妹が出てきた。


「……お兄ちゃん」


「待って」


 こちらに駆け寄ろうとする妹を手を上げ制した。


「きちゃだめだ。母さん、僕の話聞いてる?」


「帝国呪術班ってところから連絡があったわ」


 母はクールな表情を変えずに語った。


「あなたが事故で死んだって。学校にも同じ連絡があったわ。わたしは信じなかったけど」


「そっか」


「お兄ちゃん、そのきれいな人は誰?」


「この人はコウ。僕のパートナーだよ」


「初めまして」


 コウは二人に頭をさげ、うしろにいる五郎さんとオー姉さんとチーちゃんも頭をさげた。


「うちの子がお世話になってます。みなさんどうぞ上がって」


「ああ、いや」


 以前と同じようにまったく人見知りしない母に断りを入れた。


「僕たち旅の途中なんだ。ある人に頼まれある土地の厄を祓いに行く。だから行かなきゃ」


「これから演奏するの? うるさいっていわれるわよ?」


「平気。僕らの奏でる音楽は、僕らの音楽が必要な人間の耳にしか聴こえない。だから文句なんて誰にもいわれないよ」


「それなら安心ね。じゃ、こっちにきなさい」


 おいでおいでと手招きされて近づくと、母は僕を小さい頃のように抱きしめた。


「母さん」


 母の優しさを感じて、ちょっと涙が出た。


「あなた今幸せ?」


「うん。幸せ過ぎて怖いくらい」


「そう。それならいいわ」


 母はようやく僕を解放した。


「お二人にさしあげます」


 コウは母と妹にてのひらサイズの貝殻をそれぞれ渡した。


「何か困ったことがあったら貝殻に『助けて』と声を吹き込んでください。その声が、わたしたち全員の耳に聞こえます」


「その貝殻携帯電話より性能いいよ。電波より霊波のほうが圧倒的に強いんだ」


 僕は二人に約束した。


「『助けて』って声が聞こえたら必ず助けにくる」


「ほんとに聞こえるの?」


 妹はもらった貝殻にゴニョゴニョ小声で何か囁いた。すると


「わたしも大好き!」


 チーちゃんが陽気に叫んだ。

 妹が貝殻に小声で


「わたしマイケル・ジャクソンが好き」


 と吹き込んだのだ。

 妹は大喜びした。


「ほんとに聞こえるね!」


「じゃ、行くよ。二人とも元気で」


 僕は母と妹に手を振り、家から去った。


「寝る前に歯を磨きなさいよ」


 母がいつも通りの小言をいう。

 僕は苦笑しながら頷いた。


「じゃ、やろう」


 五郎さんの合図で僕らは歩きながら、客寄せの演奏を始めた。

 今夜は川沿いの神社でプレイする。

 僕が一座と初めて会ったあの神社だ。

 振り向くと妹が僕が奏でるギターの音の華麗さに驚いていた。


(どんなもんだい)


 五郎さんとの特訓で、僕のギターの腕前は急速に進歩していた。


(もうオイルを差してない自転車なんていわせないぞ)


 そう思いながら最後にもう一度二人に手を振った。

 母と妹も手を振り返した。

 二人とも笑顔だ。

 やがて音に誘われ、三々五々人々が家から出てきた。

 みんな無言でぞろぞろ僕らのあとに続く。


「今夜は大入りね」


 順調に増える聴衆を見て、オー姉さんが嬉しそうに笑う。

 僕はコウを見た。

 コウは僕の視線に気づくといった。


「きれいで優しいお母さまね」


「ありがとう」


 コウに家族を褒められすっかり嬉しくなった。

 一座についてくる人がどんどん増えてゆく。

 コウの太鼓も、五郎さんのギターも、オー姉さんのアコーディオンも、チーちゃんのブルースハープも、すべての音が上機嫌に笑ってる。

 そのとき夜風が柔らかく僕の頭を撫でた。


「今夜は調子いいね」


「お母さんに会ったからよ」


 風に転生した子供たちの楽しそうな囁きが、耳をくすぐる。


「君も楽しんでる?」


 ギターを弾きながらコウに尋ねた。


「ええ。涙が出るほど楽しいわ」


 太鼓の少女の笑顔が輝く。


(ああ、この笑顔を守るためなら)


 これからずっと闇に生きても、悔いはない。





 さあ、君も僕らの音楽を聴きにおいでよ。

 孤独な君を音楽で癒してあげる。

 そして僕らといっしょに演奏しよう。

 え、楽器ができない?

 そんなの気にしなくていいよ。

 タンバリンやカスタネットを適当に叩けばいいんだ。

 一座はみんな君を大歓迎するよ。

 ねえ、僕らといっしょに旅をしよう。

 知らない土地を歩くのは楽しいぜ。



 大丈夫さ。

 何も心配いらない。

 僕とコウと五郎さんとオー姉さんとチーちゃんが命を懸けて、君を守って見せる。

 光のない世界をともに旅しよう。

 孤独な君と、孤独な僕らが家族になるんだ。

 清潔な、輝ける闇の中で。

 誰一人欠けることなく。

 互いに手を取り合って。

 そうやって真夏の夜の夢のように美しい時間を生きよう。

 永遠に。【完】


 ~・~・~


 『太鼓の少女』に最後までおつきあいくださり感謝します。

 若書きで未熟な作品ですが、予想以上に多くのかたに読んでいただき感激しました。

 僕とコウも大喜びしています。

 二人に代わってお礼申し上げます。

 本当にありがとうございました。


 次作は7月5日(日)朝5時、一話完結の読み切り短編シリーズ

 『ウッディとレイン』

 を投稿します。

 異世界ファンタジーです。

 どうぞお楽しみに!


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