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第6話【テラ編】カゴから出した鳥を、また別のカゴに入れてどうする?

【第6話:カゴから出した鳥を、また別のカゴに入れてどうする?】



「おい、何だこの騒ぎは。道が花びらだらけで滑るじゃないか」


テラは窓から顔を出し、飾り立てられた街の様子を不機嫌そうに眺める。

街道を走る馬車の車輪の音をかき消すように、街からひときわ騒がしい鐘の音が響いてきた。


「政府の高官の息子と、この地の領主の娘イナンナという方の結婚式だそうです」


御者台から、セレネが街の掲示板や人々の噂を冷静に分析して答えた。


「あの大聖堂を見てください。あそこが会場です」


テラが視線を向けると、巨大な聖堂の前に豪華な馬車や着飾った男たちが大勢集まっていた。

そのまま通り過ぎようとしたテラだったが、聖堂のバルコニーに現れた花嫁の姿が目に入った瞬間、思わず身を乗り出した。


「……おい。あの花嫁の目を見ろ。あれは幸せな女の目じゃない。絶望して、自分の心が死ぬのを待っている目だ」


柔らかな金髪の隙間から伏せられたそのエメラルドのような瞳が、深い森の底のような、暗い緑に沈んでいたからだ。


『よせよテラ。呼ばれてもいない式に首を突っ込むのは――』


「いいや。私は嫌いだと言ったはずだ!男の都合で、女の子の笑顔が消されるのはな」


「……了解しました。〝勇者、現地の不当な婚姻を察知。緊急人道支援の必要ありと判断〟と記録しておきます」


セレネはそう言うなり、凄まじい手綱さばきで馬の腹を蹴った。


「緊急突入します。舌を噛まないでください!」


――ドォォォォォォン!


静寂に包まれた神聖な空間に、凄まじい破壊音が響き渡る。

セレネの操る馬車が、聖堂の重厚な扉を粉砕して式場へと乱入したのだ。


「な、なんだ!?誰だ貴様は、神聖な儀式を汚すとは!」


高官の息子が叫ぶ中、テラは馬車の屋根から軽やかに飛び降り、聖剣を鞘ごと床に叩きつけた。

その衝撃だけで、新郎を守ろうとした護衛たちが次々と吹き飛んでいく。


テラは呆然と立ち尽くすイナンナの元へ歩み寄り、その細い腰を引き寄せた。


「そこの花嫁……イナンナと言ったか。お前、このおっさんと一生同じ飯を食いたいか?」


「……でも、私が拒めば、父の領地は政府に没収されて……」


祭壇の脇で、真っ青な顔をしたイナンナの父が声を荒らげる。


「そうだ。バカな真似はやめろ、イナンナ!お前が我慢すれば、私の地位と贅沢な暮らしは守られるんだ!」


「……ケッ。そんな紙切れ一枚の権利、私がこの男共のツラと一緒に切り刻んでやる。……今は、お前の心がどうしたいかだけを言え」


イナンナのエメラルドの瞳に、初めて小さな光が宿った。彼女はテラの胸に顔をうずめ、震える声で精一杯応えた。


「……助けて。……私、自由になりたい!お父様の着せ替え人形は、もう嫌!」


「……この恩知らずめが!」


「上出来だ。その言葉が聞きたかった!」


テラはイナンナを軽々と抱き上げると、再び馬車へと飛び乗った。


「待て!その女は私の所有物だ!許さんぞ!」


高官の息子が、埃まみれの白い正装に身を包み、脂汗を浮かべてわめくが、テラは一蹴した。


「所有物?笑わせるな。この子は、この子自身のものだ。……セレネ、出せ!」


テラが叫ぶと同時に、セレネは手綱を握りしめ、わずかに顎を引いて合図を返した。


「あばよ、最低の結婚式だったぜ!テラ・クラァァァッシュ!!」


――ズドォォォォォォンッ!!!


追っ手に向けて、聖剣から強烈な光の壁を放って足止めをする。

その間に、セレネは華麗なドリフトで街の外へと馬車を脱出させた。




しばらくして、街から遠く離れた静かな湖畔で、セレネは馬車を止めた。


「……さて、追っ手はもう来ないな」


イナンナはテラから貸し出された上着を羽織り、落ち着いた様子で湖を見つめている。


「この先に私の知り合いの女主人がいる〝アフロディーテ〟って酒場がある。そこなら政府の手も届かないし、お前を歓迎してくれるはずだ」


「……本当に、よろしいのですか?私はもう、何のお礼もできません。領主の娘としての地位も、何もかも捨ててしまったから……」


「お礼ならもうもらったさ。お前のその、宝石より綺麗な笑顔だ」


テラはイナンナの顔をくいと持ち上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「泣いてる花嫁より、笑ってる家出少女の方が私の好みなんだよ。あんな、娘を借金のカタに売るような親父のことは忘れちまいな」


イナンナの顔が赤く染まる。彼女はテラの手に自分の手を重ね、名残惜しそうに唇を噛んだ。


「いつか……私が立派な一人の女性になったら、またお会いできますか?」


「ああ。その時、もしお前がもっといい女になっていたら、今度はデートに誘ってやるよ。……じゃあな、イナンナ。自分の道を、自分の足で歩け」


テラはイナンナが町へ続く道を進むのを見届け、馬車の御者台に腰を下ろした。


『いいのか?せっかく助けたんだ、そのまま自分の馬車に囲っておけばよかっただろ』


「馬鹿を言うな。カゴから出した鳥を、また別のカゴに入れてどうする」


「……そのセリフ、かっこいいので〝勇者の崇高な精神性〟として強調して記録しておきます。ただし、馬車を壊した分は給料から天引きしておきますね」


「おい待て、そこは給料と関係ないだろ!っていうか、馬車を壊したのはお前だろうが!」


「……さて、今日も平和な一日でした。次の目的地へと向かいましょう、テラ様」


セレネは涼しい顔で手綱を握り直し、馬車は夕日を背に、再び魔王領を目指して走り始めた。

テラの叫び声が、静かな湖のほとりに響き渡っていた。





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