身勝手には身勝手を
俺は風通零、24歳。ネット小説漁りが趣味な無職の生活保護受給者だ。受給者って言っても別に働けない身体な訳でも無いし、特別な事情がある訳でもない。ただ、生活保護で生きていく方が楽だからそうしているだけ。そんなんだから、俺は既に家族から絶縁されているし、それに対して悲観的にもなっていない。どうせ人生は死んだら終わりだ。死んだらいつの間にかチートスキルを貰って異世界転生なんて、現実に起きる筈が無い。だったら、好きなことをして生きている方がいいに決まっている。
「さて、今日も日課のサイト巡りっと。」
俺はスマホに登録してあったブックマークから小説投稿サイトを開く。すると、本来そのサイトでは起きないような強い光が部屋を包み込む。
「ぅおっ!なんだこれ!」
その光は俺のことを覆い尽くし、俺は意識を失った。
「…さい。…きなさい。起きなさい。」
何やら女性の声が聞こえてくる。勿論俺に彼女なんていない。どうせ何かの取り立てだろう。
「あと五分だけぇ…」
俺は寝ぼけながら言う。
「…いいから、起きろ!」
俺は下腹部に激しい痛みを感じて目を覚ます。どうやら誰かに思いっきり蹴り飛ばされたみたいだ。
「ってえな!今月分は払えねえよ!」
蹴り飛ばされて流石に俺は怒り、立ち上がる。目の前には如何にも女神ですよと言わんばかりの格好をした女性が真っ黒い空間に居た。
「やっと起きましたか、カゼトオシゼロ。」
女神っぽい奴は呆れながら言う。だけど、これだけは言わせてもらいたい。
「俺の名前の読みは『れい』だ!なんだよ、風通しゼロって!窓の少ないアパートかよ!」
流石に俺はツッコミを入れる。
「仕方ないでしょう。他所の世界の名前なんて、一発で読める訳では無いのですから。大体何ですか。音読みだの訓読みだの、表音文字だの表意文字だの。私だって忙しいの。別世界の言葉を完璧になんて読めないですよ。」
女神っぽい奴は逆ギレにも受け取れる反応をする。
「ところで、あんた誰?」
俺は本来聞こうとしていた質問を漸く出来た。
「よくぞ質問してくれましたね。私はあなた達の住む世界とは異なる宇宙を生み出した女神、クレシェンドと申します。」
女神っぽい奴は優雅に自己紹介をした。
「それで、なんで俺はあんたの目の前にいるの?」
「あなたは座り続けて作業と就寝を繰り返していた結果、身体に血流が流れずに死んでしまいました。」
「マジ?」
「はい。事実です。」
「で、あんたは俺をどうしたいの?」
俺は女神クレシェンドに質問する。
「率直に言います。私が創ったある惑星を救ってほしいのです。」
クレシェンドは答える。
「なんで?」
「実は、その惑星の中で度重なる戦乱、混乱が続いています。その争いを止めてもらいたいのです。あなたの世界の言葉で言うなら、チート能力を持って異世界転生というものです。」
クレシェンドは俺にお願いをする。
「やだ。」
俺は即答する。
「どうしてですか!」
クレシェンドは慌てる。おそらく、自分の思っている答えが来なくて困っているようだ。
「だって、なんか都合良すぎない?あんたが創った惑星で争いが起きているから止めてほしい?チート能力を与えてやる?身勝手すぎるんだけど。」
「ですが、あなたには人の心が無いのですか!」
「無いよ。第一、俺がそういう奴だって見ていたなら知っているだろ?」
「…なるほど。これだけ身勝手な方なら任せても大丈夫でしょう。」
俺の意見を聞いたクレシェンドは何か納得する。
「おい、何が言いたい?」
「あなたを星の救世主にします。」
「おい、何勝手なことを言っているんだ!」
「あなただって身勝手なことを言っているではないですか。身勝手な人には有無を言わさぬ対応で対処するしかないでしょう。それに、あなただって憧れていたのではないですか?人智を超えた力を持つことに、その力で人からもてはやされることに。」
「そんなことないよ?」
「でしたら何故、同じ内容の小説ばかり読んでいたのですか?」
「ああそれ?アンチレビュー書くためだよ。」
「どうしてその様な事を?」
「だって、そんな人生イージーモードなんてつまらないじゃん。」
「なら、あなたの望みに叶うスキルをその都度譲渡致しますので、どうかお力をお貸しください。」
クレシェンドは頭を下げる。
「女神様が必死こいてど畜生に頭を下げる様って面白いな。いいぜ、ノってやるよ。有り難く思えよ。」
いやあ、偉そうにしている奴を邪険に扱うのって面白いな。
「あ、有難う御座います!」
クレシェンドは涙を流しながら礼を言う。
「取りあえず、言葉が通じないと困るから、言語翻訳のスキルをくれ。」
「…畏まりました。このスキルは常時発揮されますので安心してください。」
俺はクレシェンドから言語翻訳の力を手に入れる。
「それで、その星ってどれ位の言語があるの?」
それは気になる。公用語が国毎に複数あると複数の国との会話で怪しまれるからな。
「言語自体は統一言語を設定してありますので、会話に支障をきたすようなことはありません。」
「そうか。それなら安心した。じゃあ、さっさと終わらせてゆっくりしたいから、早くその星に送ってくれよ。」
俺はクレシェンドに催促する。
「分かりました。それでは、良きセカンドライフをお楽しみください。」
クレシェンドはそう言うと、何か呪文のようなものを唱える。俺の足下は禍々しい黒紫色に光り、気が付くと空の上から落下していた。