第116話 私、叫ぶ。お茶会でなく、図書室へ行かせて欲しいと
入学式がおわり、身体測定、異能測定もこなし、クラスの席次も決まり、実技訓練のグループ分けも終わり、いよいよ授業と相成った。
異能以外の座学は、問題なくこなすことができる。これは1年の時と同様である。
いくら世界が違うとはいえ、大の大人が、小学2年生の勉強ができないなどありえないのである。
とは言うものの、言語はまるきり違うのであるから、晶露様との毎日の学びがなければ、多少苦戦したかもしれない。
が、日々の努力は裏切らないのである。
私は今や日本語はほぼマスターしているのである。
その為、いかなる書籍でも読みこなしてみせると宣言しよう!
私は高鳴る気持ちを抑えつつ、放課後になるのを待った。
迎えの車が来るまでのほんのひと時でも、校舎の気になる場所を見学するぞ!と勢いこんでいた。
真っ先に来たいところは、言わずと知れた、図書室である!
2年になって、どのような内容の本が閲覧可能になるのであろうか。
もう少し細かくいえば、閲覧制限がかかっているのは、妖や異能関連の書籍だ。
その分野でどの程度知識の解禁がされるのか!
私が期待で胸を高鳴らせ、図書室へと向おうと思ったところで、呼び出しがかかった。
かかってしまった!なんであろうか!
私の図書館行きを邪魔するものは!
見知らぬ上級生から差し出された一通の封筒。
それは招待という名の出頭命令であった。
学園内における一族の合同お茶会のお誘いである。
お茶会、前世の記憶からお茶会とは、子ども内でも政治の場であり、社交の場であり、マウントの取り合いの場であった。
とても有意義な時間を過ごせる場ではない気がする。
しかし断れる筈もなく。私は渋々出席することになったのである。
それにしても急すぎないか!?今日の今日であるぞ!
意図的なものを感じるが、仕方があるまい。
私は波風を立てたくないのである。
しかし、具体的に語るにはあまりにも内容がない、ごほんごほん、いや、顔見せ程度であったため、
今からは端的にあった事実だけを語るに留めるのである。
それは私にとっては大して興味がないことを意味している。
この五識学園において、多くの異能を輩出する旧家には、優遇措置があるらしく、その各旧家毎に温室と呼ばれる集会所が与えられているらしい。
我が一族もその例にもれず、温室が与えられている。
私は招待状を持ってきてくれた上級生のおそらく一族の1人であろう子に連れられて、私は我が一族の温室へと出頭したのである。
私を席に案内すると、上級生の子はさっさと離れていった。
本当に義務で呼びに来ただけなのであろう。
ご足労おかけしたな。
しかしである。この場の雰囲気、はっきりいって、好きではない。
前世の貴族のお茶会の雰囲気とそっくりである。
「気が重い」
この一言に尽きる。
友と呼べる知人は居らず、1人で所在なげに座っている、私。
これはいわゆるぼっちと呼ばれる立場かもしれぬ。
それも致し方ないのである。
能力が底辺であるのにも関わらず、若君の筆頭婚約者候補なる我が身にたいして周囲はどう接すればよいのか、様子見をしているのもあろう。
一族で望んで私に近寄る者は、今のところいない。
能力においては下、立場では上、というのはやはり微妙なのだろう。
まだ幼い身でありながら、もう政治的考えが浸透しているとは、前世とひけをとらないほどである。
なお、1年生の時にはお茶会への招待はなかった。
おそらく、学校での序列が決定しなければ、お茶会への参加資格はないのであろう。
私はずっと呼ばれなくてもよかったのであるがな。
そして始まった一族の集会。
案の定、私にとっては一ミリも学ぶところがないものであった。
その為、内容説明についてはばっさりと省略させていただく。
ちらりとでも参加者の異能の披露があったならば、私はここで滔々と語り倒したであろうに。
ただの言葉の駆け引きのみであったのは、誠に残念である。
今回のお茶会の主な目的のみをここに記しておくとする。
それは新たに学校での序列付けが終わった小学2年生の、学園における一族の序列付けであった。
能力値の高いもの、その基準は妖に対する有効な手段を持つ者である。
つまりは攻撃性が高く、妖を効率よく退治できる能力を持つ者が序列順位が高くなる。
そして座る席も、若君が座すテーブルに近くになる。
学園側のような建前は存在しないのである。
したがって、私は筆頭許嫁候補でありながら、若君のテーブルから一番離れたテーブルに移動させられることになった。
最初に案内された席も、若君からは離れてはいたが、更に遠くに移されることになった。
筆頭許嫁候補という肩書きは、ここでは通用しないということなのであろう。
若君も何も言わない。近くに侍りたいなら、力をみせろということか。
私は遙か遠き席次で全く構わない。
その方が役割もなかろう。
私としても己がやりたいことを優先させることができるというものである。
しかしである。
同じテーブルに座っている子たちの視線はなんとかならないものか。
敵意、反感、軽蔑、恐れ。
気にしないとはいったものの、終始それに晒されるのは疲れるのである。
これが後5年続くのか。うんざりしてしまうのもまた仕方がないものである。
とは言うものの、このお茶会なるものも、頻繁に行われるものではないらしい。
正確を期すならば、お茶会は割と行われるらしいのであるが、序列下位の者たちは呼ばれないとのことである。
それは朗報である。
面倒ごとは、しがらみに付随する。
私は晶露様との出会いから、この学園に通えるようになった。
それは重畳である。
前世の知識がある私にとって、普通の小学校に通うよりも、興味深いものがたくさん学べるだろうからである。しかし面倒事は極力避けたい。
したがって、お茶会への招待は無用なのである!
私はそれ以外を存分に満喫して行く所存である!
大海、高級なお茶菓子があっても、今後参加したいとは思わなかったようです。




