第114話 私、学園のしくみを理解する
小学部2年生に進級して、すぐに異能力の検査が全員に行われた。
検査というより、精査というほどに細かく測られたのである。
私はこの検査で、自身の現状の異能を突きつけられ、かなりな落胆した。
今はその話はおいておく。
さて、その学校の検査に寄り、各々の異能がつまびらかになる。
問題はその評価基準である。
それ即ち序列の基準である。通常の勉強の成績は付属であろう。
この学園においては異能が重要なのである。
そしてその異能であるが、何を基準にするかで、評価もがらりと変わる。
妖退治を基準に考えるならば、妖を攻撃できる、あるいは妖からの攻撃を防御できる、この2つが高い評価を得られるのは自明の理であろう。
悔しいかな、私にはどちらの異能も、現段階では皆無に等しい。
とはいえ、日本において、そもそも異能持ち自体が少ないのである。
一族内であれ、異能を持たずに生まれてくる子がいるのである。
異能が微少しか持ち合わせていない者でも、無下されることはないのであろう。
ないと信じたい。
私は担任の先生の言葉を信じるのである!
大事なことなので再度言っておく。
前世の記憶では貴族の家に生まれた落ちたならば、結構な確率で能力持ちではあったが、現代日本においては貴族は存在せず、異能持ちも数が少ないらしい。
そして異能を持つ旧家は閉鎖的で、他家の異能を持つ家との婚姻もあまりないらしい。
そうなると、新たな異能を発現させる者が、生まれるのも難しいのかもしれない。
蛇足になるが、学園には異能持ちを探す為の組織もあるらしい。
私もぜひそこに所属したい。
そうすれば、全国いや外国へも自由に行けるのではないか。楽しすぎる!
ごほん。話がそれてしまった。
先程クラス分けの話をしたが、実際のところ、異能ごとにクラスを分ける程に異能を持つ子はいないとのこと。その年によって多くても2クラスらしい。ただ、あまりに少ないので、異能者を助ける補助クラスとして一般のお子様の入学を認めるとの話が出ているそうである。
お子様の健全な成長において、普通のお子様との交流も大事であると私は思うので、ぜひともその話は進めて欲しいものである。
ともあれ、序列をつけられ、能力別のカリキュラムを組まれるなど長々と話してきたが、結論を言うと、序列はつけられるが、我が学年のクラスは1クラス、これは単に人数がいないからである。
先に挙げたとおり、一般人クラスをぜひとも進めて欲しいところである。
さりとて現状1クラスの予定である。
ならば、結束は固いかと問われれば、否と答えるだろう。
それは先にあげた異能向上カリキュラムが影響している。
私が所属する2年生のカリキュラムー。
普通教科、及び異能の座学については隔てなく受講する。
が、異能の実技、実践授業においてはその異能の特質によって数グループに分けられる。
更に異能の合同訓練では2年と3年、4年から6年に2つに分けられて行われる。その班分けはそれぞれの能力によって決められる。
私はその考えに大いに抗議したい!
異能毎に班分けされたら、自身と違う異能を見学できる機会が激減してしまうではないか!
先に挙げられた教育方針と違うのではないかと!
私はどうにも納得いかず、担任に説明を求めた。
ちなみに担任の先生の名前は、小賀玉という名字である。下の名前は不明である。
長め髪で少しの天然パーマ君のにこやかな青年である。
私は訴えた。
班分けに序列が大いに反映してくるとしたら、類似の者だけで試行錯誤することになる。それではなかなか異能の向上は望めないのではないか?と。
多種多様な異能を目撃、あるいは体験することにより、ヒントを得て、自身の異能を高められるではなかろうか!先生、いかがであるか!と!
小賀玉先生困った子を見るような目で、私に説明してくれた。
座学においては、様々な異能について知ることができる。
また学校内の大きな行事では、自分と違った能力を見ることができるから参考にできる。
それ以上は、自身でつながりを持って行って欲しい。
日常的には、各自で能力をあげるよう励んで欲しいとのこと。
授業はあくまで最低限の補助のみである。
と、マイルドな言葉で先生はおっしゃられた。
つまりは異能を発展向上させたいなら、まずは自身で動けということである。
更に、小賀玉先生の裏の意味を汲むとである。
序列が上の者が下の者を引き上げてやるしくみはない。
自身で励めである。
大変厳しい学園である。
私はぜひとも、序列高位の異能者の力をできるだけ多く見たい!切実に希望したい!
けれど、序列下位の者に、序列高位の異能者が、自身の異能を見せるメリットはあるのかと問われれば、限りなくゼロに近い。
序列下位に時間を取られ、自身の能力の向上が望めないのであれば、学園で学ぶ意味がなくなってしまうだろうと言われれば、ぐうの音もでない。
もっとはっきり言ってしまえば、序列高位者は、異能力を磨き上げた、あるいは異能の知識を大いにお持ちの研究者兼教諭に、学ぶ機会が多くなるのである。
序列高位であれば、目をかけられるだろうからな!
序列制度は、異能を高める為には必要なのかもしれない。
しかしである。
いくら小賀玉、他先生らが、きれい事を並べたとて、子どもの世界において序列は、優劣と同義である。
それは大人の世界よりもシビアで残酷である。
私は少し目がいいだけの異能である。
妖を倒す攻撃力は皆無である。
おそらく、いや確実に序列は底辺である。
その為、他の級友から扱いは雑なものになるだろうことは想像に難くない。
平等といいつつ、不平等なグループ社会の出来上がりである。
担任の言葉の裏を、更に更に深く汲むならば。
自身の異能を向上させ、序列の上位を目指すならば、頭を使い、身体を使い、精進しろと。
我が担任は大変厳しき方であると理解した。
私は納得はしなかったが、学園の姿勢を理解し、小賀玉先生に礼をいい、引き下がった。
担任殿と話せてよかった。
学園での我が身の扱いについては、覚悟ができた。
前世軍経験者の私にとっては、不満はあっても苦痛はなかろう。
大人の意識を持った私にとって、子どものマウントなどまったく無意味なのである。
学園のしくみについては、現状どうすることもできない。
だが、どうしてもここで、もう一度記述しておく!
私は自身の能力の向上、あるいは発芽の為に、色々な異能を見たいのである!
その機会が激減するこのカリキュラムに、大いに抗議する!
負け犬の遠吠えではない!




