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蜀漢滅亡の真因――諸葛瞻という「虚像」と、理念なき国家の末路  作者: えいの
第三章 諸葛瞻の台頭と「国是」の完全放棄

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3-3. 宦官・黄皓との結託(黙認)という致命的モラルハザード

姜維から軍権を剥奪し、自身の息のかかった(あるいは自身の思い通りに動く)者を後任に据える。このクーデターとも呼べる強引な政治工作を完遂するため、諸葛瞻は政治家として、そして何より「諸葛亮の息子」として絶対に踏み越えてはならない最後の一線を踏み越える。

それが、宮廷を腐敗させていた宦官・黄皓こうこうとの結託、あるいはその専横の「黙認」である。

蜀漢という国家の精神的支柱であった父・諸葛亮が、北伐へ赴く直前に皇帝・劉禅に奉った『前出師表』。その中で、国家が滅亡に向かう最大の要因として、血を吐くような思いで皇帝に警告した一節がある。

「親賢臣、遠小人、此先漢所以興隆也。親小人、遠賢臣、此後漢所以傾頽也」

(賢臣を親づけ、小人を遠ざけたこと、これが先漢〈前漢〉が興隆したゆえんであります。小人を親づけ、賢臣を遠ざけたこと、これが後漢が傾き廃れたゆえんであります)

諸葛亮が名指しで警告した「遠ざけるべき小人」の筆頭こそが、皇帝の側近として権力を振るおうとする宦官たちであった。諸葛亮の存命時、そしてその後を継いだ蔣琬・費禕の時代、さらには厳格な董允とういんが宮中を監視していた時代まで、黄皓ら小人が政治の表舞台にしゃしゃり出ることは完全に封じ込められていた。

しかし、景耀年間に入り、これらの重鎮が世を去ると、黄皓は劉禅の寵愛を背景に急速に権力を拡大し、国政を私物化し始める。

この時、朝廷において黄皓の専横を合法的に、かつ圧倒的な大義名分をもって物理的に排除できた人物が一人だけいた。それこそが、丞相の忘れ形見であり、民衆と官僚から狂信的な支持(ハロー効果)を集めていた諸葛瞻である。彼が父の遺訓である『出師の表』を掲げ、「君側の奸(小人)を討つ」と宣言すれば、黄皓など一瞬で吹き飛ばせたはずである。陳寿の『蜀書』諸葛瞻伝にも、彼の当時の役職が「行都護・衛将軍・平尚書事」という、軍政のトップクラスであったことが記されている。

だが、諸葛瞻は動かなかった。陳寿は同じく諸葛瞻伝の評において、彼に対して決定的な死刑宣告とも言える一文を残している。

「内不能除黄皓之弊、外不能制姜維之彊」

(内には黄皓の弊害を除くことができず、外には姜維の強勢を制御することができなかった)

「除けなかった(不能除)」のではない。意図的に「除かなかった」のである。

なぜか。諸葛瞻にとって最大の政敵は、国是である「討賊」を掲げて戦争を続ける前線の姜維であり、彼を失脚させるためには、皇帝の絶対的な信任を得ている黄皓の「承認」あるいは「協力」が不可欠だったからである。

前節で触れた通り、諸葛瞻らが姜維の後任として軍トップにすげ替えようとした閻宇えんうは、黄皓と深く結託して出世した人物であった。「姜維の軍権を奪い、黄皓の息がかかった閻宇にすげ替える」。この人事案は、諸葛瞻(益州の平和を望む宮廷主流派)と、黄皓(権力を独占したい宦官)の利害が完全に一致した「悪魔の契約」であった。

諸葛瞻は、自身の権力基盤を固め、前線の軍部を叩き潰すために、父が「国家を滅ぼす元凶」として最も忌み嫌った小人(黄皓)と手を組んだ。あるいは、自らの政治工作を黙認させる代償として、黄皓が国政を腐敗させるのを意図的に放置(沈黙という名の共犯関係)したのである。

これは単なる政治的無能ではない。国家の魂を売り渡す、致命的なモラルハザード(倫理の崩壊)である。

大衆には「諸葛亮の再来」という清廉潔白な虚像を見せながら、その裏では自身の保身と内向きの権力闘争のために、宦官という小人を利用する。国家のレゾンデートルであった「討賊」は完全に忘れ去られ、蜀漢の朝廷は「姜維(軍部) vs 諸葛瞻・黄皓(宮廷)」という、目を覆うばかりの権力闘争の泥沼へと沈んでいった。

理念を喪失し、トップが小人と妥協して内部闘争に明け暮れる国家に、もはや未来はない。自己防衛本能すら失った蜀漢というシステムは、ここに至って「完全な死」を迎える準備を整えてしまったのである。

だが、この絶望的な腐敗の只中において、たった一人、諸葛瞻とは全く異なる冷徹なアプローチでこの「黄皓という怪物」の手綱を握り、国家の寿命をギリギリで繋ぎ止めようとした孤独な政治家がいた。次章では、勝者の歴史によって姜維と共に「国を滅ぼした戦犯」としてスケープゴートにされた、蜀漢最後の大黒柱・陳祗ちんしの真の姿に迫る。

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