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ブルーの低音  作者: 綾野 琴子
第5章 新たな舞台と再会
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7 オープンスクールの日に

 虹館、多目的ホール。いつもの場所で、いつも通りに皆並んだ所で、終わりの連絡が始まった。

「皆! 今日は暑い中、体育館での演奏お疲れ様です!」

 部長の理沙子が部員を労る。しかし、声が大きくて迫力があったので、部員全員が思わず頭を下げてしまった。

「ちょっと、そんなに畏まらなくていいの!」

 理沙子は目を丸くし、声を張り上げる。それから、理沙子の一歩後ろに佇んでいる柔和な雰囲気の副部長に顔を向けた。

「最初に頭下げたの、ソータでしょ?」

 湊太がつぶらな瞳を目一杯見開く。

「あれ、バレちゃった……ですか」

「皆がお辞儀する前にアンタがお辞儀するの、視界の隅っこで見えたからね! もう、アンタのせいで皆がつられちゃったじゃない!」

「えーと……どうもすみません」

 湊太が、手を後頭に当てながら頭を下げるので、理沙子が「ほらまた!」と突っ込みを入れた。直後、二年生の列から二つの笑い声が聞こえてきた。真琴がよく知っている声だ。

「ハル、トーマ! あからさまに笑うんじゃない!」

 治美と冬馬が同時に口を塞いだ。二人に釣られて笑いそうになっていた部員も、慌てて口をもごもごさせる。

(先輩達って、いつもこんな感じなんだなあ)

 真琴が笑いを堪えながら四人を見比べている所に、理沙子がわざとらしい咳をした。場の空気が静かになったので、話を続ける。

「えーと、色々と失礼しました。では、これからの予定を言います」

 一回言葉を切って、部員達を見渡す理沙子。全員が自分の方を向いているのを確認したかのように頷き、再び話し始める。

「皆、中学生相手にテンション高く演奏して疲れていると思うので、今日はもう解散です。片付けをしてから、自由に帰ってください。それから、明日は普通の部活ですので、四時に集合してください。……以上! 何か連絡のある人、挙手!」

 誰も手を挙げないのを見計らって、理沙子は

「じゃあ、これで連絡会を終わります!」

 と告げる。湊太の柔らかい号令と部員の大きな挨拶で、解散となった。

 皆が各々の楽器の練習場所へ移動していく。真琴も楽器倉庫へ行こうと、玄関に目を向ける。

「あ……」

 思わず声を上げた。目を向けた方向にちょうど、真琴がここ最近気にかけていた人が居たからだ。

 ショートボブの髪型をしたその子――パーカッションの美穂子は、真琴の視線に気付いたのか、此方を向いた。朗らかな笑顔だ。両頬にえくぼが出来ている。

「やっ。お疲れー」

 美穂子は小さく手を上げた。真琴はきょとんとしつつも、つられて手を上げる。

(今日は、いつも通りの美穂子ちゃんだ)

 まじまじと美穂子の顔を見る。美穂子は目をぱちぱちさせ、

「うちの顔、何か付いてる?」

 と首を傾げた。真琴は慌てて頭を横に降る。

「今日は、元気そうで良かったって思っただけで」

「ん? 『今日は』って?」

「えっと……ここ最近、元気無さそうだったから」

 美穂子は意外そうな顔をする。

「あれー。うち、そんなに元気無さそうに見えた?」

 真琴が頷くと、美穂子は照れるように頭を掻いた。それから視線を左上にずらし、口に軽く握った右手を当てる。

「顔には出してないつもりだったんだけどなー。知らない内に、そういう雰囲気出しちゃってるのかな」

 独り言のようにつぶやくと、再び真琴の方に顔を向けた。

「メンバーがA部門とB部門で分かれてから、皆一緒に演奏する事なんて無かったでしょー? 今日久しぶりにパーカス全員で叩けたから、嬉しかったの」

 なるほど、だから今日は元気が良かったのか。そんな事を考えている時に、

「真琴ちゃんはどう? 久しぶりに治美先輩や他のバスパートと一緒になってさー」

 と美穂子が訊いてきた。咄嗟に答える。

「わたしも、同じ気持ち」

「本当に?」

「これは、本当!」

 珍しく声を大きくする。気持ちが一気に高ぶったのだ。

「A部門の人とは、思ったよりも中々会えなくて。話す機会も定演の時より減った気がしてたから……何だろう、寂しかった。だから、今日は楽しかったと思う!」

 真琴の話を相槌を打ちながら聞いていた美穂子は、

「なるほどねー」

 と返したきり、口を閉じた。真琴は、何か変な事を言っただろうかと、首を傾げる。

 静かな時間が数秒流れた所で、美穂子がぽつりとつぶやいた。

「真琴ちゃんは、純粋だよねー」

「え?」

「羨ましいよ、本当に」

 美穂子は笑っていたが、先程までのような朗らかな笑顔では無かった。どこか陰りがあるように、真琴には見えた。

(やっぱり、いつも通りの美穂子ちゃんじゃない?)

 真琴は美穂子をじっと見つめる。一瞬目が合う。だが、すぐに美穂子は目を逸らし、パーカッションパートの人が固まってる方を向いた。

「打楽器を片付けなきゃねー。そろそろ、皆の所に行こうっと」

 美穂子は口を閉じると、束の間だが、遠い目でパートの人達を見つめた。その後にまた真琴の方を向き、手を振る。

「じゃあね、お疲れー」

「あっ……うん」

 真琴が返事をし終えるか終えないかの内に、美穂子は走っていった。真琴は目をぱちぱちさせながら、美穂子の後ろ姿を見る。

 しばらくその場に佇んでぼーっとしていたが、治美の自分を呼ぶ声を聞いて、はっと気付いた。声の聞こえた方に目をやると、開けっ放しの扉の向こう、ロビーに治美が居た。

「マコちゃん! 早くしないと置いてくよ〜!」

 真琴はロビーへと早歩きする。多目的ホールからロビーに移る時にもう一度、パートの人と一緒に話している美穂子をちらりと見る。

(美穂子ちゃんも、わたしと同じ事を考えているのかな)

 再び前を向くと、治美が手を大きく振ってきた。何となくおずおずとお辞儀してから、治美に駆け寄っていった。


「マコちゃん、お願いがあるんだけど!」

 楽器倉庫にて。真琴がコントラバスの胴体をタオルで拭いている時に、治美が話しかけてきた。

 一旦楽器を拭く手を止めて、治美の方に顔を向ける。治美は申し訳なさそうな顔をして立っていた。

「はい、何ですか?」

「今日は、あたしが鍵当番だったじゃん? でも、ついさっき木管低音との打ち合わせが入っちゃって、すぐ行かなくちゃいけないんだよ~。 という訳で、鍵当番代わってくれないかな?」

 両手を合わせ、頭を下げる治美。断る理由は特に無いので、「いいですよ」と返す。治美は「ありがとう!」と声を弾ませた。

「その代わり、明日はあたしが絶対に鍵閉めるから! じゃあ、もう時間だから行くね」

 真琴がこくりと頷くと、治美は「また明日ね〜!」と手を横に振り、元気良く倉庫を飛び出していった。

 呆然と突っ立ったまま、開けっ放しの扉を見る。一人になった倉庫は、やけに静かだった。

「A部門、かあ」

 独り言は倉庫の中で一瞬響き、消えた。後に、自分がごく自然に言葉を発していた事に気付き、何となく気恥ずかしくなった。

 どぎまぎしつつ、扉からコントラバスへと視線を戻した。再び拭き始める。ただひたすらに。

 片付けが終わった後、真琴は倉庫を出て扉を閉め、鍵を掛けた。駆け足でコンクリートの地面を蹴り、職員玄関へと向かう。

 職員玄関に入ると茶色のローファーを脱ぎ、靴の向きを変えて隅に置いた。階段を静かに上がっていく。

 二階に到達した。ここから職員室へは一直線である。真琴はそのまま、踊り場から職員室へ続く廊下へ足を進める。

 数歩歩いた所で、長髪の綺麗な少女が視界に入った。こんな所で会えるとは思ってなかったので、目を見開き、足を止める。

 少女は、窓の向こうの景色――虹館を眺めていた。真琴には気付いていない様子だ。真琴はゆっくりと、少女に向かって歩いていく。

「……先輩?」

 声をかけると、少女は振り向いた。

「あら、真琴ちゃんじゃない! 久しぶりね。元気にしてた?」

 その少女――元副部長の河合美雪は、優しい笑顔を此方に向けた。

「お久しぶりです。えっと、まあまあ元気です。……先輩は、何でここに?」

「私はね、さっきまで教室で受験勉強してたの」

「オープンスクールの日に、学校で、ですか?」

 真琴は不思議に思って、首を傾げた。今日は、中学生が沢山来たのだ。確か、校内見学も行っている。うるさくない訳が無い。とてもではないが、勉強するのに適した環境だとは思えなかった。

「真琴ちゃんの考えている事、解るよ。確かに、静かな環境とは言えなかった。今日勉強しに来た三年生は、数えるほどしかいなかったわね」

 そこまで解っているのに、何故わざわざ学校に勉強しに来たのだろう。考えていると、

「でも、どうしても学校に行きたくなっちゃったのよね。オープンスクールの日は、私にとって大切な日だから」

 と美雪が言ってきた。

「大切な日、ですか?」

「そう。あの人と出会ったのは、ちょうど三年前の、オープンスクールの日だったから……」

 美雪が頬を赤く染め、はにかんだ。真琴は「ある人」と聞いて、一人の少年を頭に思い浮かべる。出会いの話をもっと知りたいと思った。

「もし良かったら……その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」

 美雪は驚いたように目をぱちぱちさせた。その後、微笑みながらゆっくりと頷いた。静かに語り始める。

「ちょっと長くなるよ? えーと、出会ったのは……三年前の、ちょうどここだったのよね――」

 


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