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クラウディ  作者: 蕃茉莉
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第三章 雲と太陽 九:それぞれの空の下で(一)

九.それぞれの空の下で(一)


NC四七四年八月十八日七時四十七分。世界は異様な沈黙に包まれていた。

世界中の人々が、空を見上げている。

雨があがり、明るくなったと思ったら、みるみるうちに雲が消えていく。多くの人は、最初太陽祭だと思い、やがて空全体が青い澄んだ色に覆われていくのを見てあっけにとられた。

家の窓から、路上から、軍事基地から、砂漠から、洋上から。人々は呆然と頭上に広がる青空を見上げる。紫外線曝露を恐れて建物に隠れた人々も、生まれて初めて見る青空から目を離すことができない。

そして、地球が鳴動しようかという大騒ぎになった。SNSでは、クラウディがついに破壊されたと怯える人や、祈りが天に通じたとスピリチュアルな意見を述べる人々、それにスーリア党が雲を晴らしたのだと主張する人々でごった返し、世界中のSNSサーバーがたちまちダウンした。雨が降っていた場所では、太陽の光とともに七色のおおきなアーチが空にかかり、人々の歓声があがった。

 驚天動地の中、スーリア党党首のグオ・メイエがビデオメッセージで呼びかけた。

「私たちは安全な空の下にいます。オゾン層が地球を守ってくれている。どうか落ち着いてください。安全は保障されています。そして少しだけ、クラウディに搭載したシステムについてのお話しを聞いてください」

 落ち着いた口調で語るメイエの背景は、イディの描く青空。

「私たちはいま、ほんとうの空の下にいます。千年前、人類の頭上には安全で恵み豊かな太陽が輝いていた。いま、私たちはそれをとり戻したのです」

 そして、「スーリア」の物語を語った。マイヤ・ルキーチが最初の理論を発表してからの、長年にわたる努力。システムの仕組みと安全性。冷静なメイエのメッセージはSNSで拡散され、またたくうちに世界に広まった。


次第に人々が落ち着きをとり戻していったころ、もうひとつの衝撃的な映像が、世界中を駆け巡った。サラディンを追って砂漠に向かったオマールに同行した、グスタフが撮影した動画である。

砂漠の上空を飛び交う戦闘機、建物の爆発。晴れてゆく空と虹。そして、血まみれになって横たわる男性の遺骸。

「殺害された男性は、みなさんの頭上に広がる青空を呼ぶシステムを開発した技術者でした」

グオ党首は、悲痛な声で告げた。

「彼は誰も殺めたことがない。なのに、なぜ殺されなくてはならないのか。これが民主主義の正義なのか。皆さん、どうか力を貸してください。正義の実現のために」


 環境省のホームページは、青空が広がった午前中のうちに紫外線量は危険域ではないことを公示し、冷静な行動を呼びかけた。

 スーリアを完成させた技術者の死を知った技官キム・テヤンは、アンカレジの環境省庁舎のトイレにかけこみ、号泣した。

テヤンは、一月にクラウディのシステムが改竄されているのを知って以来、システムの解析に熱中していた。プログラムのアイデアと完成度の高さに驚嘆し、

「稀代の天才の作品だ。これはもう芸術だ。僕は、この技術者に師事したい。それがかなうなら、仕事なんか辞めてもいい」

 と、夢中で周囲に語っていた。その夢は、暴力の前に潰えた。


 大統領府は沈黙したままだ。あまりに突然の事態に、マッカーシーはなすすべもなく空を見上げるしかなかった。しかもその空の、なんと澄んで美しいことか。

「完敗だ」

 マッカーシーは首を振った。憑き物が落ちたような心地だった。今まで自分がこだわってきたものが、馬鹿らしいほどちいさなことに思えた。

新しい時代が来るとは、こういうことなのか。自分はそれを理解できなかった。そして自警団の出撃許可証にサインをしたのは自分だ。責任をとるしかない。

おなじアンカレジの空の下、ジョセフは執務室のブラインドを閉め、薄暗い部屋で疲れ果ててデスクの椅子に身体を投げ出していた。いまは太陽を見たくなかった。

自分は自分の役目を果たした。それだけだ。これから世の中がどう変わっていくのかわからないが、今はただ、何も考えず泥のように眠りたい。ただそれだけを思った。


 出勤の支度をしていたダイアナは、家の窓から呆然と空を見上げた。昨夜、夫は初めて連絡もなく家に帰ってこなかった。浅い眠りからの目覚めは最悪だったが、そんなことはどうでもいいような気持ちがする。見たことのない光景に怯えたルーシーが、半泣きで母にしがみついてきた。

「ママ、お空はどうしちゃったの」

 ダイアナは腰を下ろしてルーシーを抱きしめる。柔らかな細い髪からは、乾いたなつかしい香りがした。

「ルーシー、見て」

 そう言って、ダイアナは窓から射し込む陽光を指さした。

「あれが、ほんとうの太陽よ」

 ダイアナの頬を涙がつたう。涙が流れる理由は、わからない。


 オマールとグスタフは、サラディンを乗せて仲間のもとに戻った。夢中になって青空と太陽を撮影していたメンバーが、呆然と立ち尽くすなか、シンディは蒼白になり、「嘘だ」と繰り返した。ふらふらと身体を揺らしながら宙を仰いで独語を繰り返し、やがて絶叫をあげると身を翻し、キャンプを走り去った。

「シンディ!」

ロベルトが追いかけようとしたが、シンディは草に足を取られるのも構わず、闇雲に走って行く。

「よせ」

オマールが、ロベルトを止める。

「逃がしてやれ。俺が殺す前に、逃がしてやってくれ。たのむ」

そう言って、オマールは男泣きに泣いた。



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