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クラウディ  作者: 蕃茉莉
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第三章 雲と太陽 八:蒼穹(一)

 中にはいると、ひやりとした空気に包まれた。非常灯がぼんやりと闇の中に浮かんでいる。目が慣れると、手探りで歩いているのは細い廊下とわかった。

「七年間放置されていたというのに、きれいなもんだ。さすがは宇宙船の素材だな」

 ノルマン――サラディンはつぶやいて、廊下右側、「電源室」と記された扉を開けるとバッテリーを起動させた。ぱっと廊下の灯がともり、電源室の計器ランプの一部が点灯する。

「すっかり騙されてたぜ」

 グリアンは、まだぶつぶつ言っている。

「それならそうと言ってくれたらいいのに」

「所在を明かさないのは、皆との約束だ」

 くつくつと笑いながら、サラディンは次々に設備をチェックし、一番奥の扉のロックを解除して管制室に入った。

「グリアン、グエン博士から預かった端末をくれ」

 グリアンが、まだふくれっ面をしたまま端末を渡すと、サラディンはコードをつないで電源を入れる。端末のちいさなランプはしばらく明滅を繰り返していたが、やがて通信回路を確保して起動した。壁面のモニターとつないでコールをすると、しばらくして、

「こちら、オキノトリシマ」

 と応答があり、漆黒の肌の男性の画像が映し出された。

「ユッスー」

 グリアンが声を上げる。

「おお、グリアン、無事でよかった。じゃあそちらが」

「ゴビの、ダーシャ・ノルマンだ」

 解析の低い画像のユッスーが、それでも高揚した様子になったことがわかった。

「初めまして、ミスター・ノルマン。ご高名はかねてから承っています」

「ありがとう。グエン博士は」

「すぐにいらっしゃいます」

 ユッスーの言葉が終わらないうちに、ユッスーの隣に白髪の男性があらわれた。

「久しぶりだな、ダーシャ」

「博士」

 サラディンの声がなつかしさに揺れた。

「お元気そうで、なによりです」

「無事でよかった」

 二人は挨拶もそこそこに、システムについての確認を行った。技術上のいくつかの懸念をグエンが伝え、サラディンとの質疑応答を繰り返す。バッチファイルがオキノトリシマから送信され、ゴビ側が解凍し、チェックする。

「オキノトリシマからは以上だ。傍受の危険があるから、この回線は二度と使わない。ゴビから確認はあるか」

 グエン博士の言葉にうなずいたサラディンは、ひとつだけ、と口を開いた。

「倫理について。どうしても、いまここを動かす必要があるということですね」

 グエンがうなずく。

「万一今回我々が勝利できなかったら、事態はまた降り出しに戻る恐れもある。今なら雲が晴れて、その安全性が確認されれば、民意はスーリア党に動くだろう」

 サラディンが、ぎゅっと口を引き結ぶ。

「クラウディにこれ以上民意を待たず手を加えるのが本意ではないのは、私も同じだ。だが、今を逃したら後がない。ダーシャ、頼む」

「わかりました。ゴビからは以上です」

「では回線を遮断する。次は、直接会おう。太陽のもとで」

「了解」

 ご安全に、と互いに声をかけあって、回線が切れた。サラディンはすぐにダウンロードしたファイルのインストールを繰り返す。そして、準備が完了するとグリアンとともに再度電源室に行き、クラウディに指示を出すための設備本体の動力を起動させた。ずん、とトレーラー型の基地が揺れて、部屋の照明が一瞬明滅し、管制室のランプが全灯した。

 クラウディの発雲動作を停止させるシステムの名前は「ナユタ」。はてしなく大きな数を意味する古代語だ。始動すれば空に見えるであろう星の数。そして、太陽を取りもどした地球の限りなく広がる未来への思いをこめて、サラディンが名付けた。

 砂漠でちいさな少女を拾ったのは、キャラバンが固定メンバーになって数年たったころ。人知れず砂漠に眠るシステムの名前をその子供につけたのは、まるで光のような子だと思ったからだ。

 千五百年の時を越えてやってきたちいさなナユタは、利発で好奇心旺盛だった。ナユタに世界の仕組みを教えることは楽しかったし、ナユタの目で見る世界は、サラディンにとって新鮮だった。

 少女との旅を経るうち、いつしかサラディンの中で、知的好奇心の成果であった「ナユタ」は、少女の願いを実現するための希望の象徴へと意味合いを変えていく。それだけに、人類に対して不正な使い方はしたくなかった。だが。

「しかたないな」

 サラディンは覚悟を決めた。罪はすべて俺のものだ。青空と、虹と、そしてオーロラを。「ナユタ」は天空に呼ぶことができるだろうか。

「雲が晴れるまでに、どのくらいかかるんだ」

「クラウディに搭載したプログラムが動き出せば、ほんの数時間だ。だがその前に、やることが色々ある」

 サラディンは、モニターから顔も上げずに応じた。

「七年も砂の中に埋もれていた。しばらく動かしてないから、細部のチェックも必要だ。動力とシステムの安定が確認できしだい、クラウディと回線をつないでテストをする。本番はそれからだ。三日はかかるかな」

「三日で動くのか」

 グリアンは目を丸くした。

「作るのは面倒だが、動作は一瞬さ。こちらが動けば、相手も俺たちの存在に気づく可能性が高い。できるだけ短時間でやっちまわないといけないからな。あんたにも働いてもらう」

「もちろんだ。俺は何をすればいい」

 サラディンは、ポケットから車のスターターを取り出してグリアンに投げた。

「とりあえず、車両を非常ゲートから車庫の中に入れて、充電をしておいてくれ。いつでも逃げ出せるようにな。それと、後ろに積んである食糧とかをこっちに運んでくれ。中に作業着が入ってるから、着替えておけ。ぶつけるなよ」


 おなじころ、ウィグルの自警団基地で、通信士が上官に通信の傍受を報告していた。

「不規則な衛星通信を傍受しました。北緯四三.六二、東経一〇五.四二から北緯二〇.四二、東経一四六.○八へ」

「内容を聞き取れるか」

「内容は暗号化されていてわかりませんが、データが後者から前者へ送られています。何らかのプログラムと思われます」

 通信隊長は位置を地図へ引き当てた。

「ゴビの廃坑跡近くと、こちらは、船舶か」

 軍事衛星の画像を確認すると、ちいさな島がある。さらに拡大すると、建造物と、アンテナらしきものが見えた。

「こんなところに」

 隊長の表情が険しくなった。

「アンカレジと、それと公安第四部に報告しろ。ゴビ砂漠の不審な動きはすべて公安に報告するよう通達が来ている」


「いつの間に、こんな設備を」

 公安調査チームのジョセフ・ベッレは、地図を見ながらうなった。BATの車につけた発信機の行き先と衛星通信が発せられた場所が一致することも判明した。

「間違いない。このオアシスと南洋の孤島が、奴らの拠点だ。」

 ジョセフは情報を整理し、リベラ中将に報告した。

「わかった」

 中将の顔が戦意に紅潮する。

「大統領の承認は得ている。ただちに部隊を編成して殲滅作戦を実行する」

 中将は、すぐに実戦部隊の部隊長を招集し、作戦会議を開いた。

「やつらの拠点は二か所だ。洋上の基地は無人攻撃機を使って破壊し、そののち船を使って包囲する。砂漠の基地には有人戦闘機による攻撃を行い、建物と設備を破壊したら、突入する。それによって双方の基地に潜む技術者たちを捕らえる。キーマンは、この」

 壁面のモニターに、白衣を着た二人の写真が映し出された。

「グエン・タイリとダーシャ・ノルマン。二つの基地に分散して潜んでいる可能性が高い。発見したら二人を捕らえろ」

 そして、高らかに告げた。

「只今より、クラウディシステム防衛のための敵方殲滅作戦を開始する」

 八月十六日十八時十七分。部隊長たちが一斉に立ち上がり、敬礼した。


 現地部隊の指揮を執るアンドレ・ガルニエ大佐とフリッツ・ベンゲン大佐の二人は、八月十七日の昼前、アンカレジからサウスチャイナ行政区の自警団基地に相次いで到着し、すぐに部隊編成に取り掛かった。

「こちらのほうが先に準備が整いそうだ」

 管制塔で、南洋攻撃担当のガルニエ大佐が、ゴビ攻撃担当のベンゲン大佐に告げる。

「まずは南洋にむけて我々が出撃していいか。海上部隊のほうはもう少し編制に時間がかかるが、こちらも準備が整い次第出撃する」

「そうだな。実行は早いほうがいい。我々は人員の調整があるから、あと少し時間がかかりそうだ。先に出てくれ」

「博士たちをどうする」

「我々は、同時進行だ」

 ベンゲン大佐は、攻撃機の燃料補給を見守りながら言った。

「基地を攻撃したのち、降下包囲して敵を捕らえる」

「こちらはまず基地の破壊だな」

 ガルニエ大佐が腕組みをした。

「捕らえるのは後回しになるが、周囲の船舶が近寄れないよう、海域に警告を出して監視する。そうすれば洋上の孤島からの脱出は不可能なはずだ」

「そうだな」

「攻撃で相手が死傷する場合もあるだろうが、そこはどうする」

「それは仕方ない」

 ベンゲン大佐が冷然と答えた。

「基地を破壊して、中の敵を無傷で捕らえるのは困難だ。事態の緊急性と優先順位を考えると、相手の生き死には問われまい。まずは設備の完全破壊。そして二人を逃がさないことだ」

「うむ」

 うなずいて、ガルニエ大佐は現場の状況を確認するため、管制室を出た。

残ったベンゲン大佐は少し考えたのち、副官に

「サウスチャイナ陸戦部隊に連絡を取れ」

 と命じた。副官が連絡を取ると、管制室のサブモニターに陸戦部隊長が映し出された。役職と名前を名乗ったのち,ベンゲン大佐が要請した。

「貴殿の部隊に応援を願いたい。当方の攻撃から逃げ出す者がないように、援護いただけないだろうか」

「承知した」

「感謝する。攻撃は明日朝を予定している。援護のやり方は任せる。脱出者の生死は問わない。ともかく、だれ一人逃がさないでほしい」

「相手はクラウディを破壊しようとしている人類の敵と聞いている」

 陸戦部隊長はにやりと笑ってうなずいた。

「何が何でも、逃がすわけにはいかないな。頭上の作戦を、指をくわえて眺めているのもつまらないと思っていたところだ。喜んで援護する」

 そして、通信を切ると陸戦部隊長は部下を招集し、作戦への参加を告げた。

「航空部隊の攻撃を援護する。明日早朝から基地の周辺に潜んで、逃げてくる者があれば撃ち殺せ」


 サラディンのいる砂漠基地の動力が安定したのは八月十七日の朝。微細なシステムの入れ替えや設備の保全を行い、動作の確認を繰り返すうち、基地に二人が着いてから三十二時間が経過していた。時折寝袋にもぐりこんで床で仮眠を取る以外、ほとんど端末に張りついてシステムを見守り続けたサラディンは、その朝も起き上がるなり端末に向かい、動力が安定していることを確かめるとすぐに次の操作を開始した。地上三万五千kmを周回するクラウディにビーコンを送り、根気よく主機を探していく。

「なかなか、うまくいかないな」

 つぶやきながら、サラディンは少しずつ方向を変えながら信号を送り続ける。

「よく続くな」

 サラディンの指示のもと、配電盤やスイッチの回線に故障がないか確認していたグリアンが、感心しながらカフェインの入ったドリンクを端末の横に置いた。サラディンのほうは髭も伸び放題のまま。グリアンがデスクに置いた食べ物や飲み物を機械的に飲み込みながら作業を続けること七時間。クラウディのひとつから信号が返ってきた。

「きた」

 サラディンがつぶやき、素早くキーボードとボイスインプットを使って次々と指令を送る。壁面のランプが忙しく明滅を繰り返し、八月十七日十三時五十一分、「ナユタ」とクラウディは交信を開始した。


 八月十八日の七時○○分。篠突く雨を叩き切るように、サウスチャイナ行政区の自警団基地から無人攻撃機五機が飛び立った。攻撃用ドローンを搭載した無人機は、五十分後にオキノトリシマ上空に到達し、基地を取り囲むと一斉にドローンを放出した。

 基地のクルーたちが攻撃に気づいたのは、とうに攻撃機に囲まれてからだった。グエンと六人のクルーたちは、なすすべもなく必死で建物から退避し、岩に身を隠しながら雨に滑る崖を駆け下りて海岸近くの岩穴や窪地に隠れた。瓦解する建物からグエンをかばって頭部を砕かれたボフミルは、チャーリーの背中で絶命した。

「ゴビとの通信が傍受されたのか」

 グエンが唇をかんだ。

「軽率だった」

 無人攻撃機は、基地や倉庫、桟橋など、島の上のあらゆる設備を破壊し尽くすと、ドローンを回収して頭上から撤退した。

 攻撃機が撤退すると、身体を動かせる者が桟橋と反対側にある洞窟に行き、隠してあった非常用ボートを取り出した。そして、オキノトリシマのすぐ東にある小島に向かう。港を持たない小島には、海洋調査船の倉庫がある。そこに避難して、互いに怪我の手当をした。

「私のせいだ」

 シートにくるまれたボフミルの遺体に、島に生えていた緑の葉を添えて、グエンは痛恨の表情でうなだれた。南風が強い。嵐の予兆。

「ゴビは、無事でしょうか」

 ユッスーがつぶやく。雨に濡れた包帯に、血が滲んでいた。

「通信が傍受されたのだとすれば、ゴビも危険だ」

 高波のうねる灰色の海のかなたに目を向けて、グエンは、ダーシャ、とつぶやく。

「頼む。間に合ってくれ」

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